「軍拡競争」でも「安全保障のジレンマ」でもない…台湾有事リスクを爆上がりさせる“2つの可能性”
※本稿は高橋杉雄『世界戦争論 次の大戦争をどう防ぐか』(SB新書)の一部を再編集したものです。

■「現状」についての合意がない危うさ
激しい対立があったが戦争にならなかった、冷戦期のことを考えてみよう。冷戦期には米国とソ連は直接戦争することはなかった。その大きな理由は相互核抑止である。キューバ危機を最後に食い止めたのは、米ソがともに抱いていた、核戦争を本当に戦うことの恐怖であった。
加えて、1975年のヘルシンキ宣言により、国境線についての現状を合意できたために、「現状とは何か」を共有し、お互いにそれを打ち破ろうとしないことをひとつの暗黙の前提とすることで、対立しながらも共存していくことができた。
台湾海峡有事を防ぐことを考える上で非常に難しい問題は、この「現状とは何か」についての関係国の合意が存在しないことである(※1)。
■「現状を変える」方法をめぐる深い溝
まず、米国も日本も含めた関係国が合意している現状とは、中国を代表するのは中華人民共和国であるということである。日米ともに中華人民共和国を外交的に承認し、台湾(中華民国)との公式な外交関係を持たない。
同時に、日本も米国も、台湾海峡を巡る問題については平和的に解決することを支持しているとしている。一方で中国は軍事力を行使しての統一を排除していない。
つまり、中華人民共和国が中国を代表するという「現状」についての合意は明確に存在しているものの、「現状を変える」とすれば平和的手段に限ると考える日米と、武力を行使して「現状を変える」ことも排除していない中国との間に深刻な立場の違いがあることになる。
(※1)笹川平和財団における「核脅威の増大と抑止のあり方」事業研究会で同財団の福田潤一主任研究員より聴取、2024年2月27日。
■冷戦に「安定」をもたらしたヘルシンキ宣言
ここで改めてヘルシンキ宣言について説明しておこう。ヘルシンキ宣言は、戦後の国境線と勢力圏の固定化を米国および西欧諸国に認めさせたいソ連および東欧諸国と、人権・自由・人的交流を東側に認めさせたい西側のせめぎ合いの上で成立した。
ここで重要なのが、第1バスケットと称される安全保障についての合意で、そこで国境の不可侵や武力による威嚇・行使の禁止が合意された。つまり、その時点でのヨーロッパの国境線を「現状」として認めただけでなく、それを変更するために武力を用いないことで合意したのである。

ヘルシンキ合意それ自体は拘束力のある条約ではなく、あくまで政治的な宣言だが、それでもこうした原則で合意できたことは大きい。
これを振り返って台湾を巡る状況と比較すると、「現状は何か」の合意が存在していないことの意味がより明確に理解できる。そもそも中国は台湾を国家として認めていないので「国境の不可侵」についての合意が成立するはずはないし、武力行使の可能性を中国は排除していない。
■中台間で「安全保障のジレンマ」は生じにくい
一方で、中国と台湾の間には国力に大きな差があり、また両者の戦略目標も非対称であるため、台湾海峡において「安全保障のジレンマ」が生じる可能性は低い。この点は重要である。
安全保障のジレンマが生じにくいのであれば、台湾やその支援国による抑止力の強化それ自体が、相手側の不安を過度に刺激し、戦争を誘発する可能性は限定的だと考えられるからである。
もちろん、戦争を防ぐためには軍事力と外交を組み合わせる必要がある。しかし、「現状とは何か」について中国と台湾、あるいは関係国の間で十分な合意が存在していない以上、現状変更を物理的に阻止しうる軍事的抑止力の構築を、より重視する必要がある。
■「中国がこう思ったら有事」2つのパターン
さまざまな前提を踏まえて考えると、台湾海峡有事を防ぐためには以下の2つの可能性を局限していく必要がある。
第1は、中国に「軍事力を行使しなければ台湾が独立し、了解されている現状(中華人民共和国が中国を代表する)が打破される可能性がある」と思わせないことである。こうすることで、中国が「追い込まれた」と感じて武力統一オプションを選択するのを避けることができる。
台湾が一方的に独立を宣言する場合にはこうしたことが起こる可能性がある。米中国交正常化からいままで維持されている戦略的曖昧性には、台湾が一方的な行動をとるのを防ぐ効果がある。
■地域全体での抑止力の強化が重要
第2は、中国に「軍事力を行使すれば確実に勝てて、統一に成功する」と思わせないことである。これまでは戦略的曖昧性の原則の下、米軍の介入の可能性があると中国に認識させることで、中国に「戦えば勝てる」と思わせないできた。
ただ中国の急激な軍拡でこの点は変化しつつある。中国の海空戦力およびミサイル戦力は非常に強力なもので、「少なくとも短期戦ならば勝てる」と中国が認識する可能性は決して低くない。この点から、地域全体での抑止力の強化は非常に重要になってきている。

また、第二期トランプ政権が発表した国家防衛戦略には興味深い一節がある。台湾を含め第1防衛線で中国の膨張を阻止する必要があることを強調する一方で、中国の体制変革は求めないことにも言及したのである(※2)。
これは中国共産党を打倒して民主化を目指すことはしないことを含意していると考えられるが、これまで米国のアジア戦略の中で公式に明言したことはなかった。米国は台湾を防衛を重視してさまざまな努力を実行するが、それはあくまで台湾を防衛することに留まるものであり、中国共産党政権との共存は可能であることを伝えたと言うことでもある。
(※2)Department of War, “2026 National Defense Strategy,”(January 23 , 2026), p.10.
■予想外の場所から戦争が始まることも
ただ、いくつかのリスクも挙げておくべきであろう。ここでは2つ挙げておきたい。
ひとつは、歴史を見ると、大戦争は予想外の場所から始まることが決して少なくないことである。第一次世界大戦は当時の対立の主要軸であった独英や独仏の対立ではなく、バルカン半島情勢がきっかけとなって起こった。第二次世界大戦も最初の戦いはドイツとポーランドの間で起こった。
そう考えると、台湾を最前線として米中の対立が展開しているいまも、もしかしたら別の場所から戦争が始まる可能性には留意しておく必要があるように思われる。例えば南シナ海で武力衝突が起こり、どうせ戦争をするならば台湾侵攻も同時に実施してしまおう、と中国が考えるような展開である。
■アメリカが犯した「しくじり」の歴史
もうひとつは、歴史的に見て、米国は時に抑止可能な戦争の抑止に失敗していることである。有名なのは1950年に始まった朝鮮戦争である。1950年1月12日、米国の国務長官だったディーン・アチソンが、米国の防衛線はアリューシャン列島から日本、琉球諸島を通過してフィリピンに延びると演説した。有名な「アチソンライン」演説だが、ここには朝鮮半島が含まれていない。そして5カ月後の6月25日に朝鮮戦争が始まった。

北朝鮮がアチソンライン演説を根拠に侵攻を決めたのかどうかは確定できていない。しかしながら、アチソンラインによって米国は韓国を防衛する意志はないと解釈される余地が生まれたことは間違いないし、少なくとも朝鮮半島を含めた形で演説していたらまた違う歴史をたどった可能性は否定できない。
■「意図しないメッセージ」の恐ろしさ
別の重要な例が湾岸戦争の前のイラクのクウェート侵攻である。1990年7月25日、イラクのフセイン大統領は米国のグラスピー駐イラク大使と会談した。
この時にグラスピー大使は、自分はイラクとの良好な関係を追求するよう大統領から直接の指示を受けていることと、イラクとクウェートとの紛争はアラブ諸国の問題であり、アメリカは特定の立場をとらないと伝えたとされる。フセイン大統領はこれを以て米国はイラクのクウェート侵攻を黙認するであろうと考えた可能性が高いと考えられている。
もしこの時、米国が明確に反対していたらイラクはクウェート侵攻を行わなかったかもしれない。そうなったら湾岸戦争もイラク戦争も、そしていま展開している米国とイランの戦争も起こらない全く別の世界線が展開していたであろう。
これらのメッセージはいずれも相手の侵略を容認するという意味で発せられたものではなかった。しかしながら意図しない形でそのように理解されてしまった可能性がある。台湾を巡る問題においても、このような形の「意図しないメッセージ」が伝わってしまう可能性は否定できない。そう考えると、あらゆるメッセージを慎重に計算して送らなければならないのである。
■戦争は始めるより、終わらせる方が難しい
『世界戦争論 次の大戦争をどう防ぐか』第1章で述べたように、戦争は1カ国が決めれば始まる。しかし終わらせるには交戦国すべての合意が必要となる。また、戦争には膨大な損失を伴うものであるから、多くの交戦国は損失に見合う利得を得ようとするだろう。戦局が悪くてそうした利得を得られていない国は、勝利を得られるまで戦争を続けようとするかもしれない。
このように、一度戦争が始まってしまうと終わらせるのは極めて難しい。そのことはロシア・ウクライナ戦争でたびたび停戦協議が試みられているものの戦争終結への具体的な見通しが立っていないこと、またイラン戦争の停戦にも難航していることからも明らかであろう。
■台湾海峡有事の収拾は非常に困難
なお、台湾海峡有事のシナリオを考えると、戦争終結はさらに難しいと考えられる。まず、戦争目的の設定が極めて困難である。中国の統治体制そのものの転換は現実的な戦争目的になりえない一方で、1991年湾岸戦争のように単に「原状回復」を目標にするだけでは、台湾側の甚大な被害や米国などの人的・物的損害を考えると、関係国の世論が納得しない可能性がある。

だとすると、戦争目的は「中国の体制転換」と「単純な原状回復」の中間に設定される可能性があるが、そこには、台湾の戦後の政治的な地位をどうするのか、言葉を換えれば「一つの中国」政策をどうするかという重大な問題がある。中国はこの点を譲ることができないだろうし、米国もまた、多大な死傷者を出した後では現在とは態度が変わるかもしれない。
いずれにしても、戦争が始まった後でも、この点について米中が共通理解に至らなければ、戦争を終結させることはできないし、場合によっては非常に高いレベルへの戦争のエスカレーションが起こるリスクもあることは銘記しておく必要がある。
こうして考えると、やはり戦争は防がなければならない。始まった戦争を終わらせることよりも、始まっていない戦争を抑止することの方がおそらくまだ難易度が低いであろうからである。
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高橋 杉雄(たかはし・すぎお)
防衛研究所防衛政策研究室長
1972年生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了、ジョージワシントン大学コロンビアンスクール修士課程修了。1997年に防衛研究所に入所、現在、政策研究部防衛政策研究室長。国際安全保障論、現代軍事戦略論、日米関係論が専門。共著書に『新たなミサイル軍拡競争と日本の防衛』『「核の忘却」の終わり- 核兵器復権の時代』、編著書に『ウクライナ戦争はなぜ終わらないのか-デジタル時代の総力戦』、著書に『現代戦略論』など。
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(防衛研究所防衛政策研究室長 高橋 杉雄)
