フリーアナウンサー・神田愛花『あなたは私派? それとも?』

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リアクション

8月中旬、ヨーロッパを中心に皆既日食が観測された。それで思い出したNHK時代のエピソードを書こう。

’09年7月22日午前9時過ぎ。私は東京から南に約1250km、硫黄島近くの太平洋上にいた。日本では46年ぶりに観測される皆既日食を生中継でリポートするべく、皆既日食観測ツアーの豪華客船に乗船していた。

この仕事は、「″タレントのようなリアクションが取れるアナウンサーをお願いします″と制作から要望があった。だからオマエ行け!」と上司の室長に言われ、引き受けた。NHKアナウンサーが″タレントっぽさ″を求められるなんて何事か。番組統括に狙いを聞きに行った。

統括からは、専門家も同行し、難しい解説などはその方が担うということ。過去の中継よりも臨場感のある、生で見ているリアクションを大切にした中継にしたいと説明を受けた。

たしかに過去の中継は″静″だった。どれも日食に背を向け、用意したコメントを淡々と喋るスタンス。(これならスタジオにいてもできるのでは!?)と思った。

統括の狙いが腑に落ち、私も覚悟ができた。だが万が一を考え、先輩方と同様に中継用コメントも準備して臨んだ。

当日。硫黄島付近には雲一つない青空が広がっていた。他の中継場所は雨で、綺麗な皆既日食を捉えられるのは私の中継だけになった。失敗は許されない。

中継が回ってきた。居場所や乗船客の様子などを伝えると程なくして、ポコポコと無数の小さな雲が現れ始めた。「太陽に月が近づいてきたことで太陽光が届きにくくなって気温が下がり、雲が発生し始めた」と専門家。そして急激に肌寒くなった。それまでコバルトブルーに輝いていた大海原も、光が届かないことで深みを帯びた青色に変わった。それらの変化がものすごく速く、無我夢中で伝えた。

専門家が「グラスで観ましょう」と言った。観測用メガネをかけて太陽を観ると太陽の中にすっぽりと月がハマり……ゆっくりと丸く輝く輪っかが現れた。

私は口をまん丸に開き、ものすごく大きな声で、「オ-!!!」と発した。「オー! オ-!! オ-!!!」と止まらなかった。何か言わなきゃと思ったが、「オー!!」しか出なかったのだ。

宇宙の広さを実感し、小さな存在の私の言葉なんてどれも相応しくないと思った。こんな光景を前にして頭で考えても意味がない!(とにかく自分の心に従わなきゃ!)という判断をしたのだ。

局に戻り、まず番組統括へ挨拶に行った。満面の笑みと大きな拍手で出迎えてくれ、「とても良かった! あんなにすごい皆既日食を目の当たりにすると、人は言葉が出なくなるんだね。それほど感動する光景だということがよくわかった!」と仰ってくださった。自分の判断は間違っていなかったと、嬉しくなった。

評価は賛否両論

続いてアナウンス室へ行くなり、室長に呼ばれた。きっとお褒めの言葉をもらえるはず、とヘラヘラしながら室長室に入ると、サッとドアを閉められた。そして、「NHKアナウンサーが″オー!!″はないだろ。準備はしたのか!」と言われたのだ。

胸がギュッと苦しくなった。(私は間違っていたのか? そりゃ「オー!!」で伝わるわけないか。せっかく貴重な現場を任されたのに責任を果たせなかった……)ドドドッと音を立てるように反省と情けなさに襲われ、数日立ち直れなかった。

その1週間後、70歳を過ぎたお爺様から一枚のハガキが届いた。そこには、「貴女の中継に大変興奮しました。『オー!!』というNHKアナウンサーらしからぬ言葉は、そこにいる人でないと出てこない言葉。いかに感動したのかが伝わってきて、自分もその場にいる気持ちになれました。ありがとう」と書いてあったのだ。

時が止まったように感じた。一度もお会いしたことのないお爺様が、あの時の私の心理を理解してくださっているなんて。(伝わる人には伝わったんだ。やっぱり私は間違っていなかったんだ!)この時から私は自分の信念と現場での心の動きを大切に、これからもアナウンサーとして伝えていきたいと思えたのだった。そしてこの思いは今も強く持っている。

組織で働いていると、似たような経験がある方も多いと思う。あなたは私派? それとも室長派?

かんだ・あいか/1980年、神奈川県出身。学習院大学理学部数学科を卒業後、2003年、NHKにアナウンサーとして入局。2012年にNHKを退職し、フリーアナウンサーに。以降、バラエティ番組を中心に活躍し、現在、昼の帯番組『ぽかぽか』(フジテレビ系)にメインMCとしてレギュラー出演中

『FRIDAY』2026年10月2・9日合併号より

イラスト・文:神田愛花