シカと自動車や鉄道が接触する事故も増加しているが…(yosh / PIXTA)※写真はイメージ

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シカは万葉集にも詠まれるように、古くから人間とかかわりを持つ動物だ。

しかし、そのシカは今、農作物を荒らし、森林を破壊する厄介な動物として扱われている。そして、実際、シカによる被害は増え続けている。

果たして、私たちはシカとどう対峙すればよいのだろうか。(ライター・石川未紀)

シカの捕獲数は1日2000頭

73万8700--。

この数字は、2024年度のニホンジカ(以下「シカ」)捕獲頭数である(速報値)。1日あたり、約2000頭が捕獲されていることになる。

実は、シカによる被害は野生鳥獣の中で最も多い。農作物の被害額は79億円、森林の被害面積は年間約4000ヘクタールに上り、そのうち約6割をシカによる被害が占める(いずれも2024年度)。

さらに、森林地帯の植物をシカが食いつくすことによる土砂災害の危険性も指摘されている。

環境省と農林水産省は、2013年から「抜本的な鳥獣捕獲強化対策」を共同で取りまとめ、「ニホンジカ、イノシシの個体数を10年後(2023年)までに半減」することを目標としたが、いまだ達成には至っていない。

これらの情報を並べても、都市部で暮らす人たちには、ピンとこないかもしれない。シカは、ほぼ画面越しで見る動物。奈良公園などで悠々と歩くシカを見れば、人間と共生できる愛らしい穏やかな草食動物に映る。

時折、都市部にシカが迷い込めば、マスコミが大きく報道し、視聴者はその顛末(てんまつ)を固唾(かたず)を飲んで見守る。

その一方で、全国では日々およそ2000頭のシカが捕獲されている。都市部で暮らす人たちには、にわかには実感しにくい数字かもしれない。

交通機関や都心部でも被害が

シカによる被害は、農作物や森林破壊に限らない。

国土交通省の資料によれば、動物による鉄道事故は、2003年には81件だったところ、2024年には1293件に増加している(なお、この数字にはシカ以外の動物も含まれる)。

また、2025年度の兵庫県における、シカによる輸送障害件数は100件を超えていた(2026年3月時点)。これは本州以南の都道府県では最多の件数だ。また、首都圏の鉄道でも、シカによる「ロードキル(交通事故)」が発生しており、遅延も発生している。

車によるロードキルもある。たとえば、2025年度、北海道のエゾシカのロードキル件数は過去最高を記録している。

エゾシカは北海道に生息するニホンジカの亜種で、日本列島に生息するシカの中では最も大きいとされる。

本州などに生息するニホンジカは、エゾシカに比べると小柄ではあるものの、大型哺乳類には変わりなく、ひとたび接触すれば大きな被害を受ける。

【グラフ】全国の高速道路における野生動物の「ロードキル」処理件数(2024年度、国土交通省の資料から)

人身事故もある。2024年には、京都府福知山市でオスジカの角に突かれたとみられる男性が死亡した。

穏やかに見える奈良公園のシカでも、特にオスの発情期(秋)には、かまれる、角で突かれる、シカ同士のけんかに巻き込まれる、手荷物をとられるなどのケースも発生している。

また、直接触れることで感染症のリスクもあるため、奈良市では注意喚起を行っている。

国の「3つの施策」と、電鉄会社等の取り組み

このような状況のなか、農林水産省では鳥獣被害対策として、3つの柱を立てている。

1. とる(捕獲・個体群管理):農地周辺等での鳥獣の捕獲(わな・銃器による捕獲)
2. まもる(侵入防止対策):農地への進入を防ぐ侵入防止柵の設置・管理・追い払い
3. よせつけない(生息環境管理):農作物残さ等の管理や放任果樹の伐採、緩衝地帯の整備

これらに加えて、農林水産省は、シカを捕獲する⼈材育成・確保に向けた取り組みも行っている。

また、鉄道会社など民間企業においても、シカとの接触を避けるために、線路沿線への侵入防止ネットを設置したり、ライオンの糞からの抽出成分を含んだ液剤を線路沿線に散布したりするなど対策を進めている。

対策は進んでいるものの、その成果は冒頭に記したように、まだ道半ばだ。

推移を冷静に見つめること

ここまでシカの個体数が増加し、生息域を広げてきた背景には、温暖化により積雪が減り、越冬できる地域が広がったことや、農業放棄地の増加などによって人の手が入らなくなった場所が増えたこと、ハンターの減少・高齢化など、さまざまな要因があると考えられている。

捕獲したシカの処理については、鳥獣保護管理法によって定められており、処分の現状は捕獲現場での埋没処理が最も多く、焼却処理、食肉利用と続く。ただし、自治体によって対応は異なり、捕獲数が多くなれば、その負担も大きくなる。

抜本的解決には、国レベルの対策が必須だが、市民でもできることはある。

一例をあげると、京都府の笠井大輝さんらは、大学の「地域の課題解決」に取り組むゼミで、捕獲されたシカの9割は廃棄されるという事実を知り、衝撃を受けたことから、「シカの命を無駄にしない」と決意した。

そして、仲間と「株式会社RE-SOCIAL(本社:京都府笠置町)」を立ち上げ、シカの皮細工品の販売やジビエ(野生鳥獣肉)料理店の運営などに取り組んでいる。

国としてもジビエの利用を推進している。捕獲された有害鳥獣のジビエ利用量は、2024年度には2016年度と比べて2.1倍に増加した。

ジビエにも肉の安全性確保などの課題があり、処理施設や人材の不足も続いている。しかしながら、こうした取り組みが地域に広がれば、シカの命を無駄にせずに済み、埋没処理による森林環境への影響も抑えられる。

都市部生活者としても、むやみにシカの数を増やさないために、山林と人間生活圏の境界線を侵さないようゴミの放置や安易な餌付けを避けるといった配慮が不可欠だ。

今年4月、環境省による発表では、2023年度末におけるニホンジカ(本州以南)の推定個体数は、中央値で約230万頭だった。

シカの数は依然として多く、人間のみならず、森の生態系まで壊しかねない。そして、森林破壊による地滑りなどの被害が発生すれば、被害を受けるのは人間だけではない。生態系をどう維持していくかは、極めて重要な課題なのである。

シカとかかわりが薄い都市部の人たちは、「かわいそう」「害獣だから処分せよ」の二元論に陥りがちだが、シカは長期的には増減を繰り返してきた動物だ。

私たちに求められているのは、単なる同情や排除ではなく、データに基づいた適切な「個体数管理(マネジメント)」とそれを維持するための地域社会・行政の継続的な取り組みへの理解を深めていくことではないだろうか。

■石川未紀
フリーライター&編集者、社会福祉士。2023年、「世界共通トイレをめざす会」を立ち上げる。著書に『私たちは動物とどう向き合えばいいのか:不都合で困難な課題を解決するために』(2025年、論創社)。