【穂積 昭雪】静岡の中学校運動会で”毒大福”を提供した「業者の無知」…子ども含む44人の犠牲によって日本の衛生観念は変わった

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猛暑とゲリラ豪雨に見舞われた2026年の夏、麻布十番納涼まつりでは当日販売された「冷やしカニラーメン」による食中毒事件が発生し、78名が被害に遭った。食中毒の恐ろしさを改めて思い知った人も多いだろう。

実は、今から90年前の1936年(昭和11年)、静岡県ではさらに凄惨な食中毒事件が起きていた。

5月10日、静岡県立浜松第一中学校で行われた運動会の終了後、参加した生徒や家族、職員に紅白の大福餅が配られた。当時は甘いものが貴重な時代であり、皆が大喜びで口にしたが、その夜から次々と激しい腹痛や高熱、下痢を訴える者が続出する。わずか2日後には患者数は1000名を超え、17名もの死者を出す阿鼻叫喚の事態となった。

原因が大福餅であることは明白だったが、製造業者は食材の腐敗を強く否定。さらに「二・二六事件」からわずか3ヵ月後という不穏な時代背景もあり、全国紙はこれを単なる食中毒ではなく「何者かによる無差別毒物混入事件」である可能性が高いと大々的に報じる事態に発展したのである。

一体なぜ、中学校の運動会で“毒大福”が配られることになったのか?

前編記事〈“毒大福”が配られた静岡の中学校運動会、阿鼻叫喚の地獄に…44人が死亡、2000人以上が体調不良に陥った「世紀の食中毒事件」〉から続く。

デマが広がり始めた

全国紙で浜松の食中毒事件が報じられるなか、5月13日前後には大福餅を口にした死亡者に対し異例の「葬式禁止」が言い渡されている。すでに40名以上の死者が出ている一方、警察はこの段階で原因が解明できず、死亡者全員の死体検案を実施したためであった。

「葬式禁止」まで出されると、やはり市民間での不安は増していくものである。

次第に「学校の重役が責任をとって自殺した」「誰かが毒を入れるのを見た」「大福餅を4個以上食べたものは確実に死ぬ」「白餡の大福は無害だが、黒餡には毒が入っていた」といった事実無根の流言が飛び交うことになった。

凄惨な食中毒事件の真相

そんななか、5月15日についに真相が報じられることになった。この事件の原因は「ゲルトネル氏腸炎菌」であると陸軍軍医学校が発表したのだ。

ゲルトネル氏腸炎菌とは現在の「サルモネラ菌」のことであり、鶏・豚・牛などの動物の腸管のほか、河川や下水道などに生息している細菌である。

サルモネラ菌には強い感染力があり、汚染された食べ物を胃に入れた場合、平均12時間前後で吐き気や腹痛、下痢などの症状が発生する。現代においては「卵の殻や生肉を触ったら手を洗う」「十分な加熱によりサルモネラ菌は死滅する」といった衛生観念が広く知れ渡っており、飲食業界ではサルモネラ菌による食中毒はかなり抑えられている。

では、なぜ静岡県立浜松第一中学校の運動会で提供された大福餅からはサルモネラ菌が検出されたのであろうか?

原因は、大福餅を製造した菓子業者「三好野」の製造過程にあったようだ。

5月19日の読売新聞では「大福の餡は三日前から作り置きしており、その間にネズミの糞尿からサルモネラ菌が繁殖した」という説を取り上げている。また地元紙の静岡民友新聞では「天井を這っていたネズミの糞が餡の鍋に入ってしまったのではないか」とする説を取り上げており、両紙とも三好野の衛生環境に問題があったことを指摘している。

ちなみに、流言にあった「黒餡には毒が入っていた」という話は、当たらずとも遠からずといったところで、「白餡に比べて黒餡はネズミの糞と色が同化しやすい」という事情から、黒餡による被害者が多かった=黒餡に毒が混ぜられた、と考えられたようだ。

被害者を偲ぶ慰霊碑

浜松の事件の原因が、サルモネラ菌由来による集団食中毒だったという事実は東京でも大きく伝えられた。警視庁は東京中の菓子店に対して「店の製造能力以上の注文を受けるな」「防鼠、防塵の徹底」「長期の保存厳禁」などを言い渡しており、しばらくは東京でも食中毒への警戒が強まったという。

静岡県立浜松第一中学校における集団食中毒の最終的な被害者数は、死亡者44名、体調不良などを引き起こした罹患者は少なくとも2000名以上、と日本の衛生管理の歴史に残る大事件となった。

事件から90年が経過した2026年。この大規模な食中毒事件についてはほとんど忘れられているが、静岡県立浜松第一中学校=現在の静岡県立浜松北高等学校では被害者を偲ぶ慰霊碑が現在も残っている。

これは事件発生から1年後の1937年(昭和12年)5月10日に建立された慰霊碑で、亡くなった同校の生徒29名とその家族15名の名前が刻まれている。

考えてみれば、今夏ニュースとなった麻布十番祭りの「冷やしカニラーメン」の事案も、サルモネラ菌を由来とする集団食中毒であった。

発生時期こそ90年も違うが、業者側の衛生管理の甘さが引き起こす食中毒は、時代が変わってもなお人間の生死を左右する脅威なのである。

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