「正しい情報」を得るにはどうしたら良いのか? 竹田ダニエル×石田健【対談】

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アメリカ在住のジャーナリスト・研究者の竹田ダニエルさんが、ニュース解説メディア『The HEADLINE』編集長の石田健さんとひも解く、インターネットとテックの進化がもたらす社会問題の「リアル」。

急速に変化するインターネット環境において、「正しい情報」を得るにはどうしたら良いのか? 最前線にいるお二人が、竹田ダニエルさんの新刊『デジタル社会の歩き方』上で特別対談を行ないました。

Amazon〈若者文化ジャンル〉ではベストセラー1位を獲得し、発売後即重版となった大反響の本書に収録された対談を特別に公開します。

インターネット・イズ・リアルライフ

竹田 ネットメディアを運営しながら、テレビやラジオなど、新旧のメディアを使って情報発信をされている石田さんにお話を伺いたくて対談を依頼しました。

石田 「デジタル社会の歩き方」、めちゃくちゃ面白かったです。

竹田 ありがとうございます! インターネットが生活の大部分を占めているにもかかわらず、ネットが人間に与える影響についての議論があまり日本社会ではされていませんよね。この状況に危機感を感じて、本書を書きました。「AIで仕事が奪われる」などという煽りネタは注目されるけど、プラットフォームの変化がコミュニケーションに与える影響についてなど、細かい取材や観察に基づいた記録は日本ではほとんどありません。その役割を果たせたらという思いで連載を書いていました。

石田 時代性を捉えていますよね。先日24時間ニュースメディアMTS(Monitoring the Situation)に投資したアンドリーセン・ホロウィッツが「インターネット・イズ・リアルライフ」だと発信していました。インターネットはニッチなコンテンツとしてこれまで扱われていましたが、今は逆でインターネットから現実が生まれている。インターネットこそがリアルライフだという話は、賛成しようが反対しようが事実です。まさにそれを本書でも書いてくれている。

竹田 本当にテクノロジーの進化のスピードが速すぎて……。今起きていることを切り取って書いておかないと、流れも見えなくなるし、テクノロジーが生活に勝手に浸透していくだけで、ユーザー側は抵抗もできない。

石田 「AIと法」「AIと倫理」についての議論は、いくら動きが速いといえど1年単位くらいでちゃんと重ねていくべきなのに、メディアだけでなく研究者側も追いついていない。そんな中、ダニエルさんの本のようにある種「遅いメディア」を使ってモニタリングしていくことはとても重要です。

正しい情報とメディアの形

竹田 私もですが石田さんも「正しい情報を得るにはどうしたらいいですか」という質問をよくされませんか? フェイクニュースや煽動記事が溢れている中で、自分で考えることに限界を感じている人が多いのはよく理解できます。日本では、そもそも情報の精査の仕方についてや論理的に考えるための教育がされていないことも関係していますか?

石田 「どのメディアを見て正しい情報を得ていますか」という聞かれ方をしますが、「正しい情報」が何かよりも、情報を精査する方法論やプロセスが大切ですよね。メディアはXでもいいし、Wikipediaでもいい。最悪、ジョー・ローガンでもイーロン・マスクでもいい。だけど、情報を見るときに「なんでこの人はここでこういう話をしているのか」を考えたり、どこがファクトでどこがオピニオンなのか、分解して考えるそのプロセスのほうを大事にしています。でもみんなショートカットで答えを得に行こうとするから……。

竹田 イシケンさんがメディアの運営を始めた当初と、インターネットが激変した今と、何が変わったと思いますか?

石田 5~6年くらい前、まさにコロナ禍にYouTubeとテキストでスタートしたその頃は、説得できている手応えがありました。だけど今はスピードが速すぎて、ネガティブな感覚を持っているかも。

竹田 私も同じです。コロナの時に日本語で最初に記事を書いたのが2020年の春。記事を書き始める前は、英語の記事のリンクをTwitterに貼って、内容を日本語に翻訳したり自分の感想を加えて発信していました。最近はそもそも意見を投稿すること自体に抵抗がある人が増えていると思う。SNSに「善意のある人たち」がいなくなってしまったことが大きい。

石田 それは完全に同意ですね、みんな諦めていますよね。インターネットを「良い空間にしていこう」という空気が完全に最近の5年くらいでなくなった感じはある。

竹田 2020年は、リモートワークが中心になって、オンライン上でのコミュニティが「サードスペース」的な役割を担うと注目された時ですよね。世界中の人といろいろな手段で繫がれて、働き方や生活様式もこの未曽有のタイミングを機に変革しようという気概が社会にはありましたよね。懐かしい、Clubhouseとか(笑)。インターネットの可能性を大きく感じていた時期ではありましたが、みんなが「ノーマル」な生活に戻るとともに、インターネット上では革命どころか、良いほうには変わらなかった。

石田 そういう点も含めて現実社会に近づいているんじゃないかなって思うんですよね。いきなり街を歩いていて、隣の人に「この問題、どう思いますか」と聞いても「いやちょっと興味ないっす」みたいになると思うの、現実社会では。インターネットもそうなりつつあります。一方で現実社会では法律やコンプラなどの制度があるけど、インターネットでは完全に失われている。好きに喋るし好きに物を投げるし。インターネット・イズ・リアルライフだけど、現実社会で整備されているものがインターネットにないのは、明確な欠陥ですよね。

無関心とメディア

竹田 Substack問題はご存じですか? 日本にはニュースレターを購読するという文化がそこまでないけれど、アメリカではかなりメジャーになっています。ウォール・ストリート・ジャーナルなどの大手新聞社は必ず読者に向けてニュースレターを出していますが、Substackは日本でいうnoteみたいな感じで、誰でも始められるサービスです。最近軒並み発生している新聞社のレイオフでフリーランスになった敏腕ジャーナリストたちはSubstackで読者を集め、かなり収入を得ている人もいます。でも同時に起きているのが、配信側と受信側の「Substack疲れ」。ジャーナリストはビジネスマンじゃないから、Substackで文章を書いておしまい、ではなく、マーケティングも編集も自分でしなきゃいけないとなると、アウトプットのクオリティを維持しながら、コンスタントに続けられる人は限られているんですよね。やはり新聞社のメリットは、チームで取材・編集・出版・マーケティングまでを完成させられる点にあって、Substackは簡単には「信頼できる情報源」の完璧な代替としては成立しません。

今の時代、情報にアクセスしやすいし情報が溢れています。全てのニュースを追おうとすると焦りが生まれるし、戦争や犯罪などストレスフルな情報も当然多い。自らのメンタルヘルスを保つためにも、情報を意図的に遮断している人も増えています。今は「ログオフ」をすることが贅沢な時代とも言われており、例えばスマホをオフにして週末を過ごしたり、自然に触れる時間を意識的に作ることも流行の一つになっています。SNSアプリ自体が広告収入で成り立っているので、できるだけ長くユーザーをアプリ上に滞在させるような、ベースが不健康な設計になっていますしね。

石田 本当にその感覚でいます。資本主義、特にスタートアップ文化は、とにかく成長第一主義。ログインさせ続けて、永遠にタイムラインを見させようとします。成長、拡大しましょう、という流れから意図的に距離を置かないと生きていけない。逆にいうと、さきほどのジャーナリストの話のように「どんどんサブスクライバーを増やしましょう」となれば、「こんなニュースがありました」「新しい生成AIが出ました」のような、ただ新しい情報を垂れ流しているだけのウォッチャーが出来上がってしまうだけで、結局そこに何もインプリケーションが生まれない。

竹田 日本は逆に、まずは「ニュースに関心を持たせる」ことからスタートしなければいけない課題があるように思います。

石田 英語圏はオーディエンスの絶対数が日本より多いから、単純な割合として日本人がニュースに興味を持っていないように感じるのかなとも思っていたんだけど。やっぱりそれを差し引いても少ないですか?

竹田 アメリカは人よりいろいろなことを知っている、ウォッチしていることに社会的価値がまだあるんですよね。でも日本では政治や社会について言及すること、もしくは関心があること自体が「意識高いやつ」と揶揄されるきっかけになることも多い。「知らない」ことが恥なわけではないという社会性を感じます。

石田 それはなんでなんだろう。

竹田 「無関心」でも普通に生きていけるからじゃないかな。

石田 日本が「無関心で生きていける」というより、無関心だとアメリカでは生きていけないのが大きそうだよね。

竹田 確かにそう。もちろん国民性とかカルチャーの違いでもあるけど、アメリカは自分の権利を主張し続けないと人権なんてすぐに奪われるから。ニュースへの関心が死活問題。

石田 先日、高市さんが武器輸出を解禁したじゃない。これは戦後の平和主義からの脱却という意味で、岸田さんの「防衛費増額」や安倍さんの「安保法制」と並ぶくらいインパクトが大きいニュースだと思います。でもアルゴリズムの問題もあるでしょうが、誰も話題にしてなくて……。5年後、10年後に、みんな初めて気づくんじゃないかな。その時に「あの時、関心を持たなかったのはなんでだったんだろう」と言うんじゃないかな。「戦後80年間のリベラルな秩序」と俺がよく言っているけど、戦後最強のアメリカにチャレンジする国が現れなかった恩恵を最も受けてきたのは間違いなく日本だと思っていて。だから無関心でも生きてこられた。

竹田 アメリカは子供の頃からとにかく「何でもいいから意見を持ってなきゃだめ」という教育をされます。授業でも手を挙げなきゃいけないし、質問しなきゃいけないし。良いか悪いかは別として、人と違うことを言うほうがユニークでリーダーシップがある、みたいな価値観。日本は人と同じように静かにしているのが善とされる文化ですよね。メディアの無関心は朝の情報番組のコンテンツにもあらわれていませんか? コメンテーターをやっているイシケンさんがどう思うのか気になります。

石田 「安売り」「ポイ活」「大食い」。これによって日本のテレビ番組は成り立っていて、それは政治や経済のキーマンが関心を持っているトピックとは乖離してるよね。アメリカだと、ウォール・ストリート・ジャーナルで取り上げたニュースをネットで扱って、それをオールドメディアCNNが番組にする。ジャーナリストと編集者が出てきて議論するとかね。日本ではネットとテレビが分断されています。

テクノロジーの進化と影響

竹田 SNSの怖いところだけど、自分のタイムラインにずっと出てきているものが、思想の近い人だとしてもその他の人のタイムラインには全然出てこない、ということが最近顕著に起きています。その変化に気づかない人がほとんどですが、知らないうちに違う情報の世界に生きているんだろうな、と。例えば音楽でいえば昔は、「みんなが知ってるヒット曲」という共有体験があったけど、今はそういう曲もどんどん減っている。ラジオを聞かなくなって、サブスクで自分が好きな曲を選ぶようになって変わったのと同じように、SNSでフォローするアカウントやエンゲージするコンテンツの違いによって、アルゴリズムが完全に人々を「情報」によって分断しています。

石田 そうだね。

竹田 テクノロジーの進化によって、変わって良かったことや、危険だと思うことはありますか? 自分の研究分野でいうと、AIによる子供の教育への影響は社会的にも大きなテーマになっています。生成AIの動画やショート動画を見すぎてドーパミンに依存している子供たちのことを指す「ドパガキ」というネットスラングが揶揄として日本語でも広まっていますが、刺激の強いデジタルコンテンツを見て育った、集中力の低い子供たちとそうじゃない子供の学力や基礎知識の格差がますます広がっていくだろうということが懸念されています。

石田 同感です。インターネットがあまりにも身体化されすぎていますよね。とはいえ英語圏では、いまだにSubstack含めて言語が高く評価されていると思っていて、論争や喧嘩も含めてだけど、言語によってメタ的に理解したり認知する価値が引き続き共有されているなと思いますね。日本では、それが急速に無くなっている感覚があり、それを一番危惧しています。

竹田 動画に変わっているということですよね。

石田 動画に変わっているし、Xもスクロールしているだけで、眺めているだけ。どんどん身体化しています。一方、Xで自動翻訳が始まりましたけど、グローバルに人と繫がれるというテクノロジーの素晴らしさも加速しているなと思いますね。本当にわけがわからないことを言っている人が世界中にいる驚きを感じたり、わかり合えないけど陰謀論も含めて知見が広がっていく感覚がある。インターネットで言語の領域を増やしていくことは、賛否あると思いますが、やはり必要なんじゃないかな。

リアルなシリコンバレー

竹田 サンフランシスコに住んでいると思うのが、テック推進派とそうじゃない人の分断が大きくなっていること。スマホを持たない生活を、勝手に進んでいくテクノロジーへの抵抗の一種として行う人も増えています。今後、データセンターが燃やされるような過激な抵抗も出てくると思う。テック推進派の人間は、お金儲けのために貧しい地域を犠牲にすることになんの躊躇いもなかったり、映像クリエイターや作家などがAIに代えられてしまったり、多くの人がAIによって職を奪われることをむしろ良いことや、仕方がないことだと思っている。実際にサム・アルトマンをはじめとしたAIリーダーたちがはっきりとそう発言しています。日本ではいまだに「シリコンバレー=イノベーションの聖地でかっこいい」と思われがちだけど、本当は差別や抑圧の歴史の上に成り立っているところでもあります。

石田 イノベーションの聖地というナラティブは、いま良くも悪くも揺らいでいるよね。たとえば、パランティアがAIと軍事を結びつけていることが良いイノベーションかという議論もあるし、他方で彼らからするとコンシューマー(消費者)向けのゲームアプリこそが、イノベーションを生み出せないシリコンバレーの象徴だったわけで。一方、いまAnthropicやGoogleなどは、AIを用いた創薬領域に進出しており、少なくとも子供をドーパミン中毒にさせるよりは、まだ社会的に意義があるトライをしている面もある。そこは希望かもしれないし、ポジティブに受け取ってはいる。

竹田 テクノロジーを通して社会に大きな影響を与えたい、というロマンを持っているエンジニアは多いですよね。彼らにAIの悪影響について疑問を呈しても、「AIはガン治療に使われてもいるから、たとえ裸の写真をディープフェイクで流出させられたとしても、誤差の範囲内だ」と答えが返ってくる。この人たちにとっては、誰かの人生に大きな悪影響を与えてしまうことも、広い目で見たら「誤差」なんですよね。未来への良い影響は否定しないけど、実際に、AIとのやり取りの中で「本物の人間と話している」と錯覚してしまって自殺する人などが出てきている中で、シリコンバレーの「Move Fast and Break Things」の理論を引き継いだまま、とにかく早く開発して、何かが壊れたり被害が出たとしても誤差だ、仕方がない犠牲だという考え方は危険すぎると思います。

石田 なるほど。この話はウォッチャーじゃない、議論の牽引者が必要ですね。本当はメディアが担うべきです。だから大食いとか100円均一の話をしててもしょうがなくて。日本はそこが圧倒的に足りていない。

日本のメディアとインターネット

竹田 日本はパワージャーナリストのような人の影響力が少ないのかな、匿名感が強いですよね。

石田 俺もそれは問題だと思っていました。メディア側が反省するべきです。名前と顔を出してバイラインで書くことは日本では「お前にはまだ早い」と言われることもあるそうで、なんだかなあと。俺も「君はジャーナリズムを分かってないね」と説教してくるおじさんに出会いますが、可哀想だなと思って見てます。そういう人は、会社や媒体をいかに守るか、同業者(おじさん同士)にいかに嫌われないか、そこにしか意識が向いていません。本当に重要な問題を議論していない。

竹田 日本は、何か一つ起きると全国で話題になりますよね。例えばイシケンさんが、フジテレビの事件の記者会見の時に切り込んだ発言をしたら、インターネットで話題になりました。みんなが何も言わないせいで、何かを言った人が、良くも悪くも目立ちます。そういう意味では、手応えを感じやすいのかなと思う面もあります。

石田 それはあるかもしれません。コミュニティが小さいことの良さなんだろうね。

竹田 イシケンさんが身を削って、メディア運営する意義はどんなところにありますか?

石田 お金の面では、メディアはコスパが悪いですね。短期的な収益よりも中長期に効いてくる方だと考えています。シンプルに好きなんです。何が起こっているかを理解することが。知らなかったことや研究に触れて「こんなことを考えてる人がいるんだ」という発見の面白さが好き。それを効率よく得られるのがインターネットだから。ポジティブもネガティブも両方ある、そこがネットに残された良さなのかもしれません。

【竹田ダニエル『デジタル社会の歩き方』/特別対談より】

石田健(いしだ・けん)

ニュース解説メディアThe HEADLINE編集長。1989年、東京都生まれ。日テレ系『Day Day.』はじめテレビやラジオなど多数の番組でコメンテーターを務める他、J-WAVE『JAM THE PLANET』パーソナリティも担当。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程(政治学)修了後、創業した企業を東証プライム上場企業に売却して現職。テクノロジーや人権イシュー、政治思想、東アジアの近現代史などに関心。著書に『カウンターエリート』『なぜ、それは不適切なのか』がある。

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