(左から)大原麗子さん、田中裕子、蒼井優

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大原麗子さんの傑作CM

 サントリーウイスキーのCMは、国内トップレベルのクオリティを誇る。出演する女優も、第一線で活躍する人物ばかり。現在は、TBS「Tシャツが乾くまで」によってファン層を広げた蒼井優(41)が出演している。過去には、ハスキーボイスのあの人も出ていた。【高堀冬彦/放送コラムニスト、ジャーナリスト】

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 ビールのCMは、どれも活気と躍動感に満ちている。たとえば、キリンビール「晴れ風」のCMは、今田美桜(29)が祭りに行ったり、花火を見たり。ビールが、屋外や昼間でも飲みやすい「動」の性質を備えているからだろう。

(左から)大原麗子さん、田中裕子、蒼井優

 ウイスキーは、夜の深まりとともに味わうのが似合う「静」の酒。CMも情感豊かなものが多い。特にサントリーウイスキーのCMがそうだ。

 同社ウイスキーのCMというと、まず思い出すのは大原麗子さんである。1977年から1990年までの約80本に出演した。大原さんは当時、30代前半から40代前半だった。

 本人は当初、出演を渋った。当時は女優がウイスキーのCMに出ることが稀だったせいでもあるのだろう。それをスタッフが口説き落とした。

 大原さんのCMで特に評判が高く、今も語り継がれているのが、1980年から87年まで放映された「レッド」のCM「すこし愛して、ながく愛して。」である。このコピーは糸井重里さん(77)たちが考えた。どんなCMだったのか。代表作を振り返ってみたい。

 和服姿の大原さんが、山へ出掛ける夫の登山ザックに、衣類をせっせと詰めている。だが、夫のある言葉を思い出し、急に腹を立て、ザックを蹴った。

「しばらくは手酌だな。この次は2人で平らなところへ行こうよ」

 夫は自分を残してでも山へ行きたいのに、手酌を嘆くふりをしているからだ。また、具体的な計画などないにもかかわらず、夫婦での旅行を持ち出したためである。

 もっとも、最後はレッドを夫のセーターにくるみ、そっとザックに入れる。締めくくりは大原さんのハスキーボイスによる「すこし愛して--」だった。わずか30秒だが、観る側を惹き付けるドラマに仕立てられていた。

 多くのバージョンがつくられたものの、大原さんのキャラクターは共通していた。身勝手な恋人や夫に苛立ちながら、好きだから離れられない。監督は市川崑さんが務めた。「ビルマの竪琴」(1956年)などを撮った巨匠である。照明、美術、音楽のいずれもが最上級だった。

 もう1つ、やはり評判の高かった作品を紹介したい。今度の相手は恋人である。大原さんは落ち込み、ふて寝している。恋人とケンカをしてしまったからだ。「今度は私が悪かった」とつぶやく。恋人からの電話を待ちわびていたところ、やっとかかってきた。

 大喜びで受話器に飛びついたものの、つい「あら、生きてたの」と憎まれ口を叩いてしまう。強がりだ。電話を切ると、ため息を吐き、また落ち込む。

 大原さんの演技力が極めて高いからこそ、傑作となった。大原さんは口調、表情、仕草、立ち振る舞いによって、与えられた役柄になり切れる人だった。

 大原さんは仕事面では厳しい名優・高倉健さんからも愛された。健さんの相手役というと、映画では倍賞千恵子(85)が思い浮かぶが、ドラマでは大原さんだった。健さん唯一の連続ドラマ、TBS「あにき」(1977年)では、兄に扮した健さんを思う、健気な妹に扮した。

 NHKのスペシャルドラマ「チロルの挽歌」(1992年)では健さんとダブル主演。健さんの妻ながら、別の男性と駆け落ちする女性を演じた。ダブル主演扱いを、キャリアが10年長い健さんが受け入れたのだから、相当のものである。大原さんの他界から17年が過ぎた。

田中裕子の演技力

 1994年にも傑作CMが生まれた。「オールド」の「恋は、遠い日の花火ではない。」である。このCMは男性編と女性編があり、男性編には知性と気品が隠しきれない長塚京三(81)が登場し、女性編には田中裕子(71)が出演した。

 当時の田中は40歳前後。あるバージョンの田中は、弁当屋で働いていた。頭に三角巾を巻き、服装も地味。そこへ白衣を着た青年がやってくる。常連である。

 田中は「毎日うちの弁当じゃ飽きちゃうでしょう」と明るく声を掛けた。だが、青年は神妙な面持ちでこう答える。「弁当だけじゃないから」。田中は急に表情を硬くし、青年を見た。最後に「恋は、遠い日の--」というナレーションが流れた。

 この言葉を考えたのは、資生堂宣伝部出身のコピーライター、小野田隆雄氏(84)。同社時代には「ナツコの夏」(1979年)などを考え出したヒットメーカーだ。

「恋は、遠い日の--」の意味はこうだろう。恋とは過去の思い出や、遠くで眺めるだけのものではなく、いくつになっても心の中にある。

 こんなバージョンのCMもあった。田中が商店街内に自転車を停め、修理を試みている。機械オンチらしく、悪戦苦闘している。そこへ、20代とおぼしき青年がやって来た。「あの、直しましょうか」。顔見知りらしい。

 その言葉に甘えた田中は、「ついてないねー」と嘆く。だが、青年は「いや、オレついてます」という。田中は「えっ」と軽く驚く。青年は「なんでもないです」と誤魔化した。田中は恥じらう。

 田中は日本を代表する大女優である。田中も「あなたへ」(2012年)など3本の映画で健さんと共演している。公平かつ透明性のある審査で知られるキネマ旬報ベスト・テンで、主演女優賞も助演女優賞も獲った。年輪を重ねた姿で、また同社ウイスキーのCMに出たら、話題になるだろう。

蒼井が引き継ぐ

 現在は蒼井優が出演する「角瓶」のCMが流れている。蒼井が初登場したのは昨年7月。丘の上にある小さなバーの新店主になったという設定だ。関係者の間では「『はじまり』篇」と呼ばれている。以下、30秒CMの内容を紹介する。

 蒼井のバーに初めて来た客の染谷将太(34)が、やや気後れしながら「1人なんですけど……」と言った。蒼井はカウンターの中から「どうぞ」と応じる。こちらも少し硬い表情だった。名優2人の共演により、初対面の客と店主が醸す、よそよそしい空気感が再現された。

 店内には常連客が2人いた。うち1人はRADWIMPSのボーカル・野田洋次郎(41)。ギターを弾きながら「ウイスキーが、お好きでしょ」を歌っていた。サントリーウイスキーのCMと切り離せない楽曲だ。もっとも、染谷とは目も合わせない。もう1人の常連客である小林聡美(61)も染谷に冷ややかな視線を向けた。

 直後に染谷は蒼井に向かって、「思い切って、寄り道したんです」と、来店した経緯を語る。蒼井は「寄り道、大事です」と笑顔で答えた。

 これを聞いていた小林と野田が、染谷に対し、「ようこそ」と初めて声を掛ける。知らないバーへ入ることを「寄り道」と称した染谷を気に入ったらしい。最後に蒼井も「ようこそ」と言った。染谷も常連に加わることを示した。現在は4人全員で花火を見る「『花火』篇」などが流れている。

 たった30秒で、ドラマに仕立てているのだから、感心するほかない。サントリーの宣伝部は広告界の名門だ。CM賞の最高峰であるカンヌ広告映画祭(現在のカンヌライオンズ)や、国内で最も権威があるACC賞の各グランプリに何度も輝いている。

 バーの女性店主を主人公とする角瓶のCMには長い歴史がある。2008年から始まったハイボール復活のCMで、初代店主を務めたのは小雪(49)。洗練された大人の店主だった。2011年途中に菅野美穂(49)へ交代し、2014年からは井川遥(50)が3代目店主を務めた。

 小雪店主の時代から「ウイスキーが、お好きでしょ」は使われていた。この楽曲は1990年、「サントリークレスト12年」のCMで採用された。最初に歌ったのは石川さゆり(68)。CMソングで終わる予定だったが、好評を博したため、翌91年に石川がSAYURI名義でレコーディングした。

 2代目店主は菅野美穂である。2011年途中から14年まで務めていた。ちょっとドジだが、親しみやすい店主だった。3代目店主の井川遥は記憶に新しい。人気だったため、2014年から25年まで11年も務めた。蒼井店主は4代目なのである。

 良質のCMは文化だ。人間模様が凝縮されている。思い出にも残る。

高堀冬彦(たかほり・ふゆひこ)
放送コラムニスト、ジャーナリスト。1990年にスポーツニッポン新聞社に入社。放送担当記者・専門委員として、1994年のNHK連続テレビ小説「春よ、来い」のヒロイン途中交代や、1999年のフジテレビ「愛する二人別れる二人」のやらせ問題などを特報する。2015年に毎日新聞出版へ入社し、サンデー毎日編集次長を務める。編集者としては「小池百合子都知事の真実」などを担当した。2019年に独立。元・放送批評懇談会出版編集委員。

デイリー新潮編集部