蒼井優

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「ぶっ飛び×トンでも」かと心配もしたが

 蒼井優が主演したTBS系の金曜ドラマ『Tシャツが乾くまで』(以下、『T乾』)。第1話の世帯平均視聴率は6.9%で、第2話で少し下がりましたが、以後、視聴率はほぼ右肩上がりで、9月11日放送の最終話(第10回)は9.3%でした。TVerでの無料配信再生数もまた右肩上がりで、累計再生回数は第8話までで3,400万回を突破。毎週、話題を呼んだだけでなく、数字上もかなりのヒットになりました。

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 脚本は生方美久のオリジナル。蒼井優が演じる瀬尾咲子は結婚情報誌の編集者です。信州で起きたバス事故後、松山ケンイチ演じる夫の充が行方不明になり、同じバスに乗っていて亡くなった園田あずさ(夏帆)の夫の樹生(中島歩)と出会って、ささやかな交流を続けるなか、1年後に充が突然帰宅します。この事故や失踪で揺さぶられた2組の夫婦の人間模様が描かれました。

蒼井優

 咲子にバツ4の過去があったことが、第9話(9月4日放送)で明かされ、それを夫の充も知らなかったことから、「ぶっ飛び×トンでも」の方向に進むのかな、と心配もしましたが、最終話はとても穏やかに進んでホッとしました。と同時に、あえてあちこちにぶっ飛んだ設定を取り入れながら描かれた、小さいけれどとても大事なことの意味も、見えてきた気がしました。

 第9話では、充は咲子に嫌われないように気を遣い、咲子は咲子で、充がまた失踪してしまったらどうしよう、と怯えるあまり気を遣う日々が描かれ、咲子は居心地の悪さを感じた挙句、ついに「別れよう」と切り出しました。それを機に、それぞれがかかえていた秘密なども打ち明けられ、なにかが変わっていく感覚、わずかであってもプラスの方向に変わっていく、という感覚が得られたのでした。

人間はなかなか変われないけれど

『T乾』の根っこの部分で描かれていたのは、人は変わらない、変われない、生い立ちや持って生まれた特性を引きずって生きていくという、一種の宿命論のようなことだったと思います。だから、昔から失踪癖がある充は、咲子と交際中にも海外出張だと偽って姿を消したし、結婚後も突然いなくなってしまいました。一方、咲子も離婚歴があるどころか、同じことを4回も繰り返していました。

 失踪中の充が滞在していた実家の両親もそう。彼の両親は元来、子供にまったくの無関心だった、と説明されていましたが、最終話で咲子に「どうだった? 親と暮らしてみて」と聞かれ、充は「年はとってたけど、なにも変わってなかったよ。人って変わんないんだな、と思った。もう他人だと思ってたから、距離感はつかめてた。客観的に親のこと見れて、いい機会だったよ」と答えました。わが子に無関心で、充の失踪癖の原因にもなったと思われる親の姿勢だって、何年たっても変わらないのです。

 しかも、人は変われないだけではないというのです。最終話で園田樹生が、で咲子コインランドリーに伝えた言葉が印象的でした。「人間関係ほど不可逆なものはないですよ。知って、知る前に戻れませんって!」。

 でも、この最終話で、人間関係は必ずしも不可逆なだけではない、ということも描かれていたし、そこに希望が見えたようにも思うのです。

 充は園田の妻のあずさと月に1回、おたがいの悩みや本音を語り合う関係でしたが、同じバスで信州へ行き、あずさだけが事故死します。そんなことがあっただけに、2人は不倫関係も疑われ、その疑惑を深めたのが、あずさのもとにあった水族館の入場券2枚と、充のもとにあった花火大会のペアチケットでした。なぜなら樹生は水族館が、咲子は人混みが苦手で、それなのにあずさと充がともに、それぞれのパートナーが苦手なもののチケットを持っていたのだから、疑いが生じるのも無理はありません。

 しかし、水族館のチケットは、樹生とあずさの息子の翔(久保田薫)が、家族で水族館に行きたがっているので、まずは翔を樹生の妹に預けて夫婦で予行練習するために、あずさが買っていたことが判明します。花火大会のペアチケットも、充は咲子が花火を好きなのを知っていたので、咲子が苦手な人混みを通らないでも済むチケットを、咲子のために買っていたのでした。

「ちょうどいい距離感」の先にあるもの

 最終話にして、疑惑のチケットという伏線は回収されましたが、咲子が充からチケットに関する真相を聞かされたときの表情は印象的でした。充は「この席、人混み通らなくても行けるんだよね。別ルートあって。席も隣との間隔あって、そういうとこならさっちゃん、行けるかな、と思って」と説明し、チケットが充の愛情の証なのだとはじめて知って、咲子は目にみるみる涙を湛えました。

 ちなみに、充の愛情を知ったからって、離婚は取りやめにはなるわけではありません。咲子と充はいまもおたがい好き同士ですが、咲子は家族にこだわって疲れるのをやめたくなったのです。彼女は充に「おたがいに居心地よくて、ちょうどいい距離感でいられる人とだけ一緒にいようよ。充ともそうなりたい。だから家族、やめよう」といいました。

 それでも、思っていたよりもずっと深い愛情を、相手が自分にいだいていたと知ったとき、人間関係は「不可逆」だという常識を超えて、少しさかのぼったように見えました。あるいは、「不可逆」ではあっても、以前より上等な関係に変換されることはあると思います。そんな瞬間が描かれたのではないでしょうか。

 また、咲子は充の失踪中に樹生と出会って、「おたがいに居心地よくて、ちょうどいい距離感でいられる人」の大切さを知ったわけですが、それは樹生にとっても同じでした。そして樹生は、亡くなったあずさと充の関係も、好ましくは思えないながらも理解できるようになります。

 そして、「ちょうどいい距離感」の人が近くにいると、距離が近いばかりに気を遣ってしまう関係が、居心地悪く感じられたりもします。でも、それだけではありません。「ちょうどいい距離感」の人が近くにいるからこそ、人との距離が近いことの価値にも、あらためて気づくというものです。

小さな希望に感じられた救い

 咲子と充が一緒に買ったはずの家から、充が財産分与もせずに出ていくことや、充がオーナーであって働き先でもある喫茶店「ひこうき」を、従業員の矢野直人(高橋文哉)に簡単にあげてしまうことなど、ありえない状況もあちこちに見られました。しかし、そのあたりをリアルに描き出すと話がややこしくなるので、あえて単純化し、肝心な「心の機微」を描くための装置にしたのでしょう。

 充は家を出ていく前、咲子とはじめて洗濯の共同作業をします。衣服だけでなく、シーツにブランケット、枕カバーにカーテンまで全部洗って、それらが乾くまで一緒にいることにします。この作業を通しても、2人の関係は、以前より上等なものに変換されたような印象を受けました。「ちょうどいい距離感」の人とのあいだでは得られないものの価値に、ここでも2人は、いままた気づいたのではないでしょうか。

 さて、別れたあとの咲子と充がどうなったのでしょうか。詳細はわかりません。ただ、ラストシーンで咲子が料理を作っていて、いったん出したカボチャを「今日、これ、いらないや」といって冷蔵庫に戻したのは、どう考えても充と共に食事するからでしょう。充の苦手な食べ物といえばカボチャなのですから。そしてピンポンが鳴ると、咲子は「はい」に続けて、満面の笑みを浮かべながら「お帰り!」といいました。そこでドラマは終わりましたが、充が帰ってきたに違いありません。

 充は家を出たあと、バスの車中で隣に座る少年に「どこ行くの? 大丈夫、大人になると帰る場所、増えるから」と話しかけました。充は咲子と別れたけれど、咲子のことも「帰る場所」だと強く認識していたのです。そして咲子も、それが一時の客としてなのか、ふたたび生活を共にするためだかはわかりませんが、充を家に迎え入れ、そのために食事の用意もしています。

 失踪癖がある男とバツ4の女。「ちょうどよい距離感」を超えて近づくと、やっぱり関係が続かないし、そこにある種の宿命のようなものも感じられなくはありません。でも、やっぱり2人が近い距離で、いままでにないくらい長い年月をすごしてきた意味はあったのです。だからこそ、別れ際になにかを感じとることができました。たぶん2人は、変われないなにかを引きずりながらも、着実に関係を、以前より上等にできているのだと思います。

 ところどころに劇的な要素を置きつつも、基本的には凪のような展開のなかで描かれたのは、小さな希望だったと思います。そこがとても心地よく感じられました。

香原斗志(かはら・とし)
音楽評論家・歴史評論家。神奈川県出身。早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。音楽、美術、建築などヨーロッパ文化にも精通し、オペラを中心としたクラシック音楽の評論活動を行うほか、歴史的な視点を応用し、経済から文化まで現代のさまざまな社会状況にも言及。著書に『カラー版 東京で見つける江戸』『教養としての日本の城』(ともに平凡社新書)『イタリア・オペラを疑え!』(アルテスパブリッシング)など。

デイリー新潮編集部