『ドラゴン・メトロ-地龍鉄道-』/馬伯庸・著/大恵和実・訳

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【書評】『ドラゴン・メトロ-地龍鉄道-』/馬伯庸・著/大恵和実・訳/早川書房/2750円

【評者】澤田瞳子(小説家)

 皇帝によって統治される大唐帝国の都、長安。それは牛筋皮のねじれを利用して飛ぶ天策府空軍の飛行機や道教の法力によって守られる華やかな都市だ。十字路に立つ紅緑灯籠、空を駆ける紙鳶に道を駆ける加長羊車。栄華を極めるそんな街の地下では、数百頭の龍が鎖につながれて隧道を行き交い、「地下鉄」として人々を運輸する。

 スチームパンクならぬ牛筋パンク、大唐時代の長安を舞台とする歴史改変SFジュブナイルである本作は、地下鉄--いや地龍の1匹である甜筒と将軍の息子である10歳の少年・哪吒の友情を縦軸に、都を襲う邪龍との戦いを横軸に構成される。そこに空軍のエースパイロットと皇帝の妹の淡い恋や、都の防衛を巡る将軍と道士の権力争いなどが絡み合い、古今が華やかに入り混じる独自世界に読者を連れ去る。

 とはいえ本書の魅力を更に複雑なものとしているのは、物語の底流に存在する悲しみだ。鯉は奔流をさかのぼり、巨大な滝を乗り越えて、龍に化身する。都の軍隊や道士はその途端、龍たちを捕らえ、地下で使役すべく長安へ連行する。大空を飛ぶために生まれた龍は、陽光すら射さぬ地下を駆けることを強いられ続ける。そんな中で唯一、空を飛んだ経験のある甜筒の絶望はより強く、多くの龍たちの哀しみとあいまって、都にかつてない大禍を招く。

 つまり都を襲う災いは龍たちから自由を奪った代償であり、人間の貪欲さのもたらした結果。ならばいったい誰が、どうやってその災厄を消し得るのか。パイロットたちの死闘、道士たちの文字通りの驚天動地の最終兵器発動、そして1匹と1人の戦いの果てに生まれる新たなる長安の姿は、穏やかな自由と希望に満ちている。圧倒的な想像力の中に生きとし生けるものの渇仰を描く、数々の命の戦いの物語である。

※週刊ポスト2026年9月25日・10月2日号