「節税効果を最大化」のはずが…経営者が「小規模企業共済」の掛金を“満額”にすると生じる課税リスク【税理士が解説】
小規模企業共済は、社長や経営者の退職金作りに有効な制度であり、掛金を上限の満額に設定することで最大の節税効果を得られます。しかし、出口における税金の計算構造を理解していないと、受け取り時に税負担が生じるリスクも存在します。本記事では、税理士法人グランサーズ共同代表の黒瀧泰介氏が、掛金の「満額設定」によって100万円超の税負担が発生してしまう税務上の原因や、複数の退職金受け取り時に抵触しやすい複雑な年数ルールの実態について解説します。
積立時に得られる節税効果… 「小規模企業共済」の仕組み
小規模企業共済は、国が用意した小規模企業の経営者、役員、あるいは個人事業主のための退職金制度です。中小企業基盤整備機構が運営しており、事業の廃止や役員の退職時に、それまで積み立ててきた資金を退職金として受け取ることができます。
加入できる条件は、常時使用する従業員数が卸売業、小売業、サービス業であれば5人以下、製造業や建設業であれば20人以下が目安となります。
小規模企業共済の最大のメリットは、積立時における高い税制上の優遇措置です。月々の掛金は1,000円から7万円まで、500円刻みで自由に設定でき、支払った金額の全額が「所得控除」の対象になります。
仮に上限の満額である月7万円を掛けた場合、年間で84万円を所得から差し引くことができます。課税所得が2,000万円の経営者であれば、年間の税負担を約42万円軽減できます。これを30年間継続すると、累計の節税額は1,281万円に達します。
さらに、積み立てた資金の7割から9割を上限として、最大2,000万円まで無担保かつ無保証人で融資を受けられる貸付制度も用意されています。一般貸付の金利は年1.5%と低く設定されており、審査を通過すれば申し込み当日の即日融資を受けることも可能です。
掛金の「満額設定」で100万円超の税負担が生じる理由
積立時の節税効果を最大化できるため、「掛金は常に満額の7万円にするべきである」と考えがちです。
しかし、ここには注意すべきリスクが存在します。それは、受け取り時の税金である「出口戦略」を考慮していない場合に発生します。
共済金を一括で受け取る場合、税務上は「退職所得」として扱われ、「退職所得控除」が適用されるため、基本的には有利です。たとえば、30年間共済に加入して積み立てた場合、退職所得控除の枠は1,500万円となります。
受け取り額が1,500万円以下であれば、課税所得は0円となり、1円も税金がかかりません。さらに、枠を超えた場合でも、超えた部分の金額をさらに半分(2分の1)にした額のみが課税対象となる手厚い仕組みになっています。
しかし、月7万円の満額で30年間掛け続けた場合、元本の合計だけで2,520万円に達し、さらに運用益が上乗せされます。この場合、受け取り時の総額は1,500万円の退職所得控除の枠を超過します。
控除枠からはみ出た部分に対して課税が行われるため、条件によっては出口で100万円を超える税負担が発生し、結果として手元に残る資金が目減りする懸念が生じます。
iDeCoの併用で税金対策…「月3万5,000円」の積立手法
この出口における100万円規模の税金負担を避けるためには、目標とする退職所得控除の枠から逆算して、毎月の掛金を調整する手法が効果的です。
30年間の加入で退職所得控除枠が1,500万円となる場合、運用益を考慮すると「毎月の掛金を3万5,000円前後」に抑えることで、将来の受け取り総額をほぼ1,500万円以内に収めることができます。これにより、出口での税金を完全に無税に抑えつつ、全額を手元に残すことが可能になります。
では、もともとの希望であった「月7万円の積立による節税メリット」を維持するためには、どうすればいいのでしょうか。その解決策として、小規模企業共済を無税枠の3万5,000円に抑え、残りの3万5,000円を「iDeCo(個人型確定拠出年金)」へ移し替えて併用する手法が推奨されます。
iDeCoも小規模企業共済と同様に、掛け金の全額が所得控除の対象となり、受け取り時には退職所得控除が適用されます。さらに、小規模企業共済の予定利率が1%と手堅く設定されているのに対し、iDeCoはさまざまな運用商品のなかから自身で選択して非課税で運用できるため、複利効果を活用して効率的に資産を増やすことが期待できます。
2026年12月にはiDeCoの掛金上限額の引き上げが予定されているため、両者を組み合わせた資産形成の自由度はさらに高まります。
役員退職金の受け取りで抵触しやすい「厳しい年数制限ルール」
小規模企業共済、iDeCo、そして会社から支給される役員退職金のすべてを組み合わせる場合、税務調査において退職所得控除の枠が削られないよう、受け取りのタイミングに細心の注意を払わなければなりません。
実は、退職所得控除は小規模企業共済だけで個別に使える特別な枠ではなく、iDeCoや役員退職金のすべてで「同一の1つの枠」を共有するルールになっています。
何も考えずに同じタイミング、あるいは近い時期に複数の退職金受け取りを行うと、控除枠が重複して相殺され、手取りが大きく減少するリスクがあります。具体的には、以下の厳しい年数ルールが定められています。
10年ルール(2026年1月改正)
iDeCoに代表される確定拠出年金を先に一時金で受け取り、その後に会社の退職金や小規模企業共済を受け取る場合、受け取りの間隔が「10年以内」であると、退職所得控除の枠が大幅に削られます。かつては5年以内という制限でしたが、2026年1月の税制改正によって10年以内へと期間が延長され、より厳格化されました。
20年ルール
逆に会社の退職金を先に受け取り、あとからiDeCoを受け取る場合、間隔が「19年以内」であると、控除の枠が削られてしまいます。実質的に20年もの長い期間を空ける必要があり、一般的な現役引退のスケジュールを考慮すると現実的ではありません。
iDeCoが絡まない場合のルール(5年)
iDeCoを組み合わせず、小規模企業共済を先に受け取ってから会社の役員退職金を受け取る場合であれば、従前通り「5年間」の間隔を空けるだけで、それぞれの退職所得控除の枠を削られることなくフル活用できます。
退職所得控除を最大限に活用する「5年刻み」の出口戦略
これらの複雑な税制ルールを完全にクリアし、手取り額を最大化させるための、多くの経営者に推奨される「5年刻み」の具体的な受け取りスケジュールは以下の通りです。
ステップ1(60歳時点)
iDeCoを「年金(分割)」として受け取るまずは60歳でiDeCoの受け取りを開始します。この際、一括の一時金ではなく、あえて「年金」の形式で分割して受け取ります。10年ルールはあくまで「一時金」で受け取った場合にのみ発動する縛りであるため、年金形式であれば影響を回避できます。さらに、60歳から65歳までは国の公的年金が支給されない無給期となるため、この期間に設定されている公的年金にかかる控除の非課税枠である年60万円にiDeCoの受給額をはめ込むことで、税負担を低く抑えながら資金を引き出すことができます。
ステップ2(65歳時点)
小規模企業共済を「一時金(一括)」で受け取る次に、65歳になったタイミングで小規模企業共済を一時金として一括で受け取ります。通常であれば社長を引退しなければ退職金は受け取れませんが、小規模企業共済には「15年以上加入していれば、社長の地位を退くことなく、現役のまま65歳で満額受け取れる」という特別な救済ルールが存在します。
ステップ3(70歳時点)
会社の役員退職金を「一時金(一括)」で受け取る最後に、70歳で会社を引退し、役員退職金を一括で受け取ります。ステップ2で小規模企業共済を受け取ってから「ちょうど5年間」が経過しているため、iDeCoが絡まない場合の5年ルールをクリアし、会社の退職金にかかる退職所得控除の枠も削られることなく、100%フルに恩恵を受けることができます。
出口を見据えた受け取りプランが資産防衛につながる
小規模企業共済は社長や経営者にとって有益な退職金準備ツールですが、安易に満額を掛け続けて出口を放置すると、将来的に多額の課税を課される事態になりかねません。
iDeCoとの併用、そして「iDeCoを年金で受給、65歳で小規模企業共済、70歳で役員退職金」という5年刻みの受け取り設計をあらかじめ構築しておくことが、手元に残る資金を守る唯一の道です。
自社の役員退職金の規模や自身の人生設計に応じて、最適な受け取りプランを事前に構築し、税金対策の漏れがないよう着実に備えを進めていきましょう。
黒瀧 泰介
税理士法人グランサーズ共同代表/公認会計士・税理士
