元ロッテ球団幹部が明かした幻の“前田健太”ドラフト1位指名「指名の予定で動いていたが…」
ダイエー球団代表、ロッテ球団社長、オリックス球団本部長などを歴任した瀬戸山隆三氏(72)が、東大卒の元ロッテ投手で、ソフトバンクの球団幹部を経て現桜美林大教授の小林至氏(58)のYouTube「小林至のマネーボール」に出演。ボビー・バレンタイン監督をめぐる“お家騒動”を語った。
メッツ監督などで手腕を発揮し、ロッテでも1995年シーズンに指揮を執りリーグ2位に押し上げていたバレンタイン氏を2004年に再び監督として招へいする。
瀬戸山氏は「重光昭夫オーナー代行(当時)の手腕で契約したのですが、編成権を与え、優勝したら年俸倍増、ファーストクラスのチケット代など約束してしまった」と振り返った。
2005年にリーグ2位から日本一を達成。西岡剛、今江敏晃ら若手も成長し、人気球団に押し上げたが、バレンタイン氏の年俸の増加や同氏が連れてきた10人を超えるスタッフの経費など人件費が高騰。球団経営は依然として厳しいままだった。
さらに編成面への介入も甚だしかった。トレードを独断で決めてきたり、ドラフト1位指名選手まで替えてしまった。
瀬戸山氏は「(2006年の)ドラフトは1位で前田健太を指名する予定で動いていたが、大嶺祐太を1位で獲りたいと言い出した」と明かし、広島との競合覚悟だった前田を諦め、大嶺を高校生ドラフト1巡目で指名することになった。
決定的だったのは2007年6月に独断で発表した独立リーグ・四国アイランドリーグの球団買収発表。これに本社が憤慨したという。
瀬戸山氏は「2005年まではうまく協力していただいていたが、年俸の件のみならず編成面など不愉快な思いをし始めたのだろう」と振り返った。
その後も溝は埋まらず、2009年シーズンを最後にバレンタイン氏は監督を退任した。

