あいみょんのタトゥーに「音楽性と合わない」と批判的な声…アーティストに“品行方正”を求める倒錯
要するに、小学校の校訓みたいな、「なかよく元気な◯◯っ子」だとか「心やさしくたくましく」といった最大公約数的な理想像を、ただその曲が良い、好きだというだけの理由で、アーティストに押しつけているわけです。
これを、「あいみょんのためを思って」といったもっともらしい表現を装って、タトゥーをたしなめるような大人の進言を与えるといった構図が、この一件の最も不快で姑息な一面をあらわしているのです。
ミュージシャンやアーティストの存在意義は、一にも二にもかっこいいことです。善良な市民や、愛すべき隣人となることではありません。それは、時代が変わり、ビジネスモデルがシフトチェンジしようとも、大きく揺らぐことのない根本です。
そう考えると、あいみょんはネット世論という「善良な市民」の声からごくごく常識的な批判を引き出したという点で、どうしようもなくアーティストであると証明したと言えるのでしょう。
かくして、日本で一番ギブソンJ-45の似合う女性ミュージシャンは、強かったのです。
文/石黒隆之
【石黒隆之】
音楽批評の他、スポーツ、エンタメ、政治について執筆。『新潮』『ユリイカ』等に音楽評論を寄稿。『Number』等でスポーツ取材の経験もあり。X: @TakayukiIshigu4
