≪ 〝攻め〟と〝守り〟の同時進行で! ≫ 日産自動車社長・イヴァン・エスピノーサのNISSAN再生策
人生を生き抜くうえでのあなたのモットー、信条は何か? という質問に、「モットーの1つはトライ(挑戦)することです」という答えがイヴァン・エスピノーサ氏から即座に返ってきた。
「わたしがこれまでやってきたのは、『新しい事に挑戦することを絶対に恐れない』ということです」
日産自動車社長兼最高経営責任者(CEO)に就任したのは昨年(2025年)4月のこと。2024年度、2025年度の両年度で最終赤字決算となり、経営統合を目指したホンダとの協議も決裂して、社内が混乱している時の就任であった。
エスピノーサ氏はメキシコ生まれ。同国のモンテレイ工科大学を卒業後、2003年にメキシコ日産に入社。商品企画を担当。タイ日産時代はASEAN(東南アジア諸国連合)での商品開発を担当し、その後メキシコなどラテンアメリカや欧州でも商品企画を担当した。
日産本社ではグローバル商品戦略・企画部門の責任者も務め、2018年常務執行役員、2019年専務執行役員に就任という足取り。
「わたしは生まれも育ちもメキシコなんですね。それで、エンジニアの一家です。祖父も父もエンジニアでした。子どもの時から周りに車がいっぱいあったんですよ」
車の修理をする父親を手伝い、オイル交換やブレーキパッドの交換をするうちに車づくりに興味が湧いて、「メカニカルエンジニアとしてのキャリアをスタートさせた」のだという。
日産のメキシコ進出は早かった。1960年代からメキシコ市場の開拓を始め、1966年(昭和41年)に初の海外生産拠点となる工場を設立。
「わたしの国、メキシコでは日産は力強い会社として定評があるんです。今は首位の座です。60年以上、メキシコで事業をしており、日産車が街中を走る光景をずっと子ども時代から見てきたんです」と氏は語る。
そして、10代半ばの時に自動車雑誌で日産を代表する車、「フェアレディZ」を目にした時の感動をこう述べる。
「車はきれいで、特に外装デザインは他にはない独特なデザイン。中はもう新しい技術が満載で、飛行機のコックピットみたいで、本当に衝撃的でした」
低価格帯でありながら、ドイツの高級車と競争できるような車の出現に、10代の若者は胸をときめかせた。「これが日産の真実だと思いました。『技術の日産』だと」─。氏は日産に入社する動機となった思い出を語る。

