唐田えりかが韓国人役、知英が日本人役でW主演! 映画『過怠』27年2.5公開&特報解禁
【動画】ひとつの“過ち”が引き起こした運命の波紋-映画『過怠』特報
『海猫』『余命』など、家族や愛、人生の機微を描いてきた作家・谷村志穂が、最先端の生殖医療を題材に、ひとつの“過ち”から動き始める二つの運命を描いた同名小説を映画化。
監督は、『熱のあとに』(24)で、愛することの切実さと人間の心の奥底に潜む狂気を鮮烈に描き出した山本英(あきら)。映画は、最先端の生殖医療を背景に、日本と韓国、二つの国にルーツを持つ二人の女性の人生が交錯していく様を描いていく。
そんな彼女のもとに、ある日、自分自身の出生にまつわる思いもよらない事実が浮かび上がる。それは、最先端の生殖医療をめぐる、ひとつの“過ち”から始まったものだった-。
タイトル「過怠(かたい)」は「あやまち、かしつ」を意味する言葉。血のつながりとは何なのか。本当の家族とは何なのか。そして、自分はいったい何者なのか。生殖医療によって生まれたひとつの“過ち”が、やがてふたりの人生に大きな波紋を広げていき、それぞれが抱えていた人生の記憶を浮かび上がらせていく。
二人のの主人公、ジヒョンと菜々子を演じるのは、唐田えりかと、KARAのメンバーとしてグローバルに活躍し、俳優・歌手としても日本・韓国両国で活躍する知英。韓国人のジヒョン役を日本人の唐田が、日本人の菜々子役を韓国人の知英が演じるという、異例のキャスティングが実現。“日本人”“韓国人”という国境を越え、互いの役を担う二人の俳優。この異例のキャスティングが、「自分は何者なのか」という本作のテーマを鮮やかに映し出している。
ティザービジュアルには、同じ車の後部座席に並びながら、それぞれ異なる方向を見つめるジヒョンと菜々子の姿が収められている。淡いブルーに包まれた二人の間には、作品タイトル「過怠」の文字と“The Intertwining”(絡み合う)の言葉。“生まれる前に運命が”“入れ替わってしまった--。”というコピーが添えられ、出生をめぐって交錯する二人の運命を印象的に写し出している。
特報では、心の奥底には言葉にできない思いを抱えながら日常を過ごすジヒョンの姿や、母との関係にどこか埋められない距離があることを吐露する菜々子の姿が印象的に切り取られ、「受精卵の取違いが…」と静かに紡がれる言葉とともに、二人の女性のそれぞれの時間が交錯し、物語の輪郭が少しずつ浮かび上がる様が描かれている。
映画『過怠』は、2027年2月5日全国公開。
キャスト、原作者、監督のコメント全文は以下の通り。
<コメント全文>
■唐田えりか(ジヒョン役)
今回、韓国人の役を初めて演じさせていただき、韓国語の発音など、準備の段階から新しく挑戦することがたくさんありました。
ジヒョンは、自分の出生に隠された事実を知り、「自分は誰なのか」「家族とは何なのか」と向き合っていきます。
私自身も「自分だったらどうするだろう」と考えながら演じました。菜々子とジヒョンが、それぞれ答えを探していく姿を、ぜひ見届けていただけたら嬉しいです。
■知英(菜々子役)
私が演じた菜々子は、日本で生まれ育ったけれど、実はDNAは韓国人だった女の子です。自分は本当はどこにいるべきなのか、そして、何が自分自身をつくっているのか--さまざまな葛藤を抱えています。
演じていく中で、菜々子にとって、唐田さん演じるジヒョンとの出会いは、「もう一つの家族」に出会うことでもあるんだと感じました。そこで起きてしまった出来事は悲しいけれど、その出来事があったからこそ生まれた出会いもある。そんな二人の物語を、ぜひ劇場で見届けていただけたら嬉しいです。
■谷村志穂(原作者)
医療は日進月歩、そこには人間の叡智、努力、野心、患者を救いたいという願い、多くの医療従事者の思いが込められています。そして、人間が行う営みには、必ずと言っていいほど、過ちも生じます。小説「過怠」では、この作品のテーマである一つの、許されない過ちに、医療の側からアプローチしていきました。
一方映画では、主人公たちの「この先どう生きていくか」が、丁寧に描かれている。脚本家の鈴木すみれさんが、主人公たちと同年代の瑞々しい感性を生かし、山本英監督が選ばれた色彩や陰影には、映画ならではの魅力がありました。主人公たちのこれからの幸せを、誰もが祈り、応援したくなる作品ではないでしょうか。
■山本英(監督)
谷村志穂先生の「過怠」を読ませていただいた時、物語ももちろんですがそこに描かれる人々の機微がとても美しかったことをよく覚えています。
生活の中から漏れ出る、その人の痕跡のようなもの。映画でもその美しさを描いていけるよう素晴らしいキャスト、スタッフの皆さまに囲まれながら一緒に努めていきました。
韓国と日本、二つの国を通して運命が入れ替わってしまうのですが、そのことにより現代に生きる私たちが感じる国としての遠さをより実感しながら撮影していきました。

