34歳で単身海外移籍「家族に苦労を…」 元ドラ1を甦らせた台湾での1年半「ネットじゃ絶対わからない」--吉田一将
元オリックスの吉田一将、都市対抗野球に13年ぶり出場…復活の裏に台湾の1年半
東京ドームで開催中の都市対抗野球に、13年ぶりの出場を果たした元ドラフト1位右腕がいる。オリックスでプレーした吉田一将投手は、2021年オフに戦力外となり退団。独立リーグや台湾プロ野球でのプレーを経て、今季から社会人野球の世界に戻ってきた。自らを生き返らせた、台湾での1年半を振り返ってくれた。
吉田は今年、仙台市を本拠とするマルハン北日本カンパニーに入社し、パチンコ店に勤務しながら野球を続けている。チームのエースとして都市対抗予選を戦い、敗れたものの、好投に注目したJR東日本東北(仙台市)に補強され東京ドームへ。オリックスに指名された2013年、JR東日本(東京都)で決勝まで進んで以来、実に13年ぶりのことだった。
ここで見せた8回無失点の好投は、台湾で過ごした1年半がベースになっているという。吉田はオリックスを戦力外とされ、2022年に独立BCリーグの新潟に入団。徐々にボールの力を取り戻し、チームがNPBの2軍に参加するようになった2024年には、新たにNPB2軍に参加したオイシックスの勝ちパターンで奮投。すると意外なところから移籍の誘いがあった。
台湾・高雄を本拠地とし、プロ野球に新規参入1年目の「台鋼ホークス」に8月から移籍すると、15試合にリリーフし防御率0.57の好成績。2年目の契約を勝ち取り、先発として起用されることが決まった。吉田はオリックスでは1軍226試合に登板したが、先発は24試合しかない。それも2年目までに集中しており、約10年ぶりのチャレンジだった。
「自分のプロのキャリアで、先発ってほとんどやってなかったんです。1年間ローテで回ることがほとんどなかったので。今までと違う調整方法とか、投球もリリーフとは変わってくる中で1年間通してやれたことで、引き出しは本当に増えました。国は違っても、プロの1軍は1軍。そういう舞台でやれたのは本当に財産になりました」
34歳からの海外移籍…文化の違いもサラリ「しょうがないじゃないですか」
新興チームで吉田は13試合に先発し3勝6敗、防御率5.10。台湾の外国人枠制度は選手にとって厳しく、8月31日の時点で1軍に残れないとその後のシーズンは2軍でしかプレーできない仕組みになっている。吉田のシーズンは一度ここで終わったものの、最後の1か月も半ばコーチのような役割をしながら台湾で過ごした。「投げている感覚や変化球と、この年齢でも新しい発見があったんです」。この1年で磨いたツーシームが、久々に戻ってきた都市対抗にもつながっている。
「台湾での最後の方にすごくいい形になってきて、それが今年生きてるんですよね。バッターもほとんどわかってないと思うんですけど、かなり投げているので。ちょっとでもバッターが『あれっ?』と思ってくれれば、他の球種も生きますからね」
34歳で挑んだ海外移籍を、単身赴任で乗り切った。「家族には苦労をかけたと思います」と口にするが、外の世界に出てみることはメリットしかなかったという。
「何でもそうですけど、行った人にしか分からないことって絶対あると思うんです。なんというか、ネット上の情報だけじゃ絶対分からないところがある。どんな年齢でも新しい経験をさせてもらって、シーズンをやり抜いたのは本当に良かったなと言うしかないですね。プラスしかないので」
「暑いのは参りましたけど」というが、食事面にはうまく適応できた。それでも文化の違いは厳然としてある。例えば、トイレでトイレットペーパーを流せないのもそうだ。「うわっとは思いましたけど、しょうがないことじゃないですか。そこは割り切って、いかに試合で結果を出すかに意識を集中して常にやってきたので」。
台湾の1年半で、吉田の野球選手としての寿命は間違いなく伸びた。そして今も、新たな目標が生まれている。「都市対抗は本当にいいところです。今度はマルハンの選手にも、絶対経験してほしい。できれば自分が現役で投げている間に。燃え尽きたとかも全然ないですし」。今度は自チームで東京ドームにくる日を目指し、勤務も野球も全力投球だ。
(THE ANSWER編集部・羽鳥 慶太 / Keita Hatori)

