主演・坂口健太郎、『湯を沸かすほどの熱い愛』以来、10年ぶりの完全オリジナル脚本となる中野量太が監督を務める映画『私はあなたを知らない、』が公開中です。

監督と初タッグとなる坂口が演じるのは、狂おしいまでに”家族“という幸せの形を追い求め、愛する人を殺めてしまうという重い罪を犯してしまった孤独な青年。あの日一体何があったのか?何を思っていたのか?封印した記憶と真実に触れた時、心が揺らぎはじめるー。愛とは、憎しみとは、そして人を赦すこととは何か。日仏共同製作で描く、感動のヒューマンサスペンスです。

本作へのこだわりについて中野量太監督にお話を伺いました。

【あらすじ】西山夕平(28)は天涯孤独の身。粛々と働き、自分の中で決められたルーティンで生活をし、たった一人のその環境を寂しいとも感じずに生きてきた。職場にやってきた新しいパート職員・紗月と出会うまでは。彼女と出会い、生きる喜びを得て夕平の毎日は輝いていった。そしてある日、紗月から自分の5歳の娘・朝子を紹介される。彼女は実はシングルマザーだった。紗月と朝子との生活で、これまで知らなかった“家族”という幸せの形に触れ、夕平は心を開放していくが・・・。

※記事の後半に物語の内容に触れている部分があります。大きなネタバレではありませんがご了承ください。

──映画とても素晴らしかったです。原案、脚本、監督を務められていますが、どの様なことから企画が走り出したのでしょうか?

『湯を沸かすほどの熱い愛』の時にご一緒した深瀬プロデューサーと、そろそろまた映画を作りたいなという話をしていた時に、僕は1つやりたいネタを持っていたんですね。7、8年前、ネットのニュース記事で、家族に恵まれなかった男が、シングルマザーと5歳の子供と出会って親しくなるも、最後に殺めてしまうという事件を目にしたんです。それがずっと引っかかっていたんですよね。その事件を基にしたわけではなくて、そこから物語を広げていこうと考えました。
もう1つは、僕は「殺人」というテーマをずっと避けてきたのですが、チャレンジしてみようと思いました。人が人を殺めるということが、毎日世界中で起こっていて、自分の中で、その日常に慣れちゃっていることが嫌だなと。そんな時に僕に何が出来るのかと考えた時に、たった1つの命が殺められることで、どれだけの周りの人々に影響があり、何が起こるのかということを丁寧に描くことが、作家としての役割なのではないかと個人的に思ったのです。
何かを正しい・正しくないとジャッジするのでは無く、2人(夕平と紗月)の間に事件が起これば、周りにどう影響があるのか、それが何十年続いていくのかを丁寧に作りたいなと。そこで企画がスタートしました。

いつもは一人で脚本を書き上げてしまうことが多いのですが、今回はプロデューサーたち、会社のスタッフなど、色々な方に読んでもらって意見を聞きながら作りました。途中で「殺人」というものが分からなすぎて、「やめましょう」と言ったこともあります。苦しみながらも無事に書き上げることが出来たので、みんなにも本当に感謝しています。

──人が1人亡くなることの恐ろしさ、事件のやるせなさを感じつつ、監督の作品だからなのか優しい時間がたくさん流れていました。

最初から完全にサスペンスにしようと思ったつもりはなくて、人間関係、人物描写を丁寧に描きつつエンターテイメントとして成立させるように作っていったら、結果的にサスペンス寄りになっていきました。
前半の幸せな時間をしっかりと描かないと殺人はただの“記号”になってしまうので、ああいった日常の幸せなシーンを作ることが得意ではあるので、しっかりと時間をとっています。

──夕平というキャラクターは、劇中で起こるあらゆる出来事に対して「彼は辛いだろうな…」と思いつつ、「でも絶対殺人はダメだしな…」と観ている自分の中でも感想がグルグルするというか、描き方が絶妙でした。

最初は殺人というものが難しくて分からなくて、その中でどう主人公を作っていくかと考えながら、夕平にずっと寄り添って考えていました。夕平の感情が全く分からないということは決して無くて、この状況だったらこうなるかもしれない、と思って書いていました。自分の中の感情を使って、夕平は僕の分身だと思いながら作っていたので。
もちろん殺人は許されないことで、人間は理性があるから止めることが出来る。だけれどそれをどうしても超えてしまうということが、この時代にはあって、僕の中にも何かそういう可能性はあるんだろうなっていうのは思いながら作りました。

──夕平の、紗月と出会う前の暮らしについての描写がとてもリアルに感じたのですが、監督もそうした「孤独」を感じたことはがあるのですか?

めちゃくちゃあります。毎日一人で、時々高い食パンを買うのが楽しみというのは、10年前ぐらいの僕ですから。その時にパン切り包丁を初めて買って、感動したんですよね。なので夕平の暮らしは昔の僕の経験がちょこちょこ入っています。

──坂口さんと堀田さんのお芝居も本当に素晴らしかったです。

僕は今夕平みたいな人ってたくさんいると思うんです。コミュニケーションを取るのが面倒くさいというか、取らなきゃ傷つかないという過ごし方をしている人。でもやっぱり寂しさもあるわけで。「夕平は特別な人じゃない」、「でも夕平にはどこか愛情が足りなかったんだ」という話を坂口さんには細かくしていきました。
夕平は結局素直すぎる。素直すぎる人間が実は一番怖いんですよね。怖いというか、“しんどい”ことが多い。
坂口さんは今回初めてご一緒したのですが、作品を拝見していて、もちろんカッコ良いのだけど、弱々しさ、寂しさ、憂いを持っている方だなと。その部分を上手く使ってくれれば、夕平にピッタリはまるだろうなと思いました。ご本人はめちゃめちゃ明るい方なんですけど。

紗月はすごく難しい役だと思っていて、1歩間違えれば、あざとい感じに見えてしまうけれど、そうではなくて、紗月は幸せになろう、娘の朝子を幸せにしてあげようと一生懸命頑張っている人だから。そんな話を堀田さんにしていました。

──朝子役の早瀬さんは大変なシーンも多かったと思います。とても素敵でした。

面会のシーンが出来るか出来ないかが肝になると思っていたので、オーディション時にもやってもらって。彼女は、難しいシーンをなんとかこう自分のものにしようと奮闘してくれて、この方だったら朝子を一緒に作っていけるなと思いました。難しい役柄ですけれど、現場でもたくさん話をして、励ましながら撮影していました。

この後から、物語の結末に触れるインタビューとなります

──本作でパン切り包丁が印象的に使われていますが、監督ご自身が使って感動したものだったのですね。

殺人を描くことがしんどくなっている時に、人を傷つけた包丁がパン切り包丁だったらどうなるのかな?と考えました。ちょっと曖昧さがあるじゃないですか。これで殺せるのかな?という。あれが出羽包丁だったら、もう完全に殺意があると思いますけれど、パン切り包丁だったら?という。
映画の中ではパン切り包丁を殺意のあるなし、正しい正しくないのキーワードとして使っています。

──本当に観た方の数だけ感想があるし、最後に対する見解も異なると思います。

夕平に殺意があるのかないのかは、本当に分かれるんですよね。どちらだと感じましたか?

──私は「無かった」と感じました。紗月が転がり落ちる瞬間に「夕平は自分を殺すつもりは無かったんだ」と思って欲しいという、願望でもあるのですが…。監督の中ではどちらかが明確にあるのですよね?

もちろんあります。いつか僕の結末に対する考えと、どう脚本で描いていたのかをお話する予定ですので、感想戦というか、皆さんと映画の話が出来たら嬉しいなと思います。

──私もとても楽しみしています。今日は素敵なお話をどうもありがとうございました!

『私はあなたを知らない、』
全国劇場にて絶賛公開中
(c)IDKYPs./Pyramide Productions
配給:クロックワークス