「誰でもやられる可能性がある」岩手の豪雪地帯で“山の生活のプロフェッショナル”がクマの犠牲に… 打ち砕かれた“人とクマが築いてきた何百年の安寧”、それでも変わらない生活
5月20日、岩手県の豪雪地帯、西和賀町で集落のリーダー的存在だった85歳の中島達郎さんがクマに襲われて亡くなった。中島さんの親戚で町議会議員でもある高橋敏樹さんは、「5月20日を境に西和賀の人の脳みそがガラッと変わったのは確かだ。クマに対する意識変革の日になった」と語る。ノンフィクションライター・中村計氏が、西和賀町でのクマをとりまく変化をレポートする。(文中敬称略)【前後編の後編】
【写真】岩手県西和賀町は奥羽山脈の最深部、秋田県との県境に位置する人口約4500人の町
パトカーや救急車の音で知った異変
その日、達郎は日の出から間もない朝5時頃にわらび採りに出かけた。わらびの採集期は5月下旬から6月までで、ちょうど旬の季節が巡ってきたところだった。
豪雪地帯の西和賀町で採れる「西わらび」はあくが少なく、とろっとした柔らかい食感が売りの地域の特産品である。
達郎の家は谷沿いに伸びる集落のいちばん奥にあった。目の前に川が流れ、両脇に山が迫っているという、奥羽山脈の麓の典型的な立地だった。そして、やはり山際の多くの土地が耕作放棄地になっていた。
自宅から、さらに200メートルほど奥に入ったところにわらび畑はあった。わらび畑といっても休耕田に自生していただけで、特別な手入れをしていたわけではない。
達郎は妻との二人暮らしだった。7時を過ぎても夫が戻らないことを心配した妻が畑の方へ様子を見に行くと、遠くにクマが見えたため慌てて引き返してきた。そこから達郎の親戚数人が駆けつけ、改めて捜索に行ったところ、わらび畑の奥の藪の中で倒れている達郎と、傍らにいるクマを発見したのだという。
達郎の家の隣家(隣といっても150メートルほど離れているのだが)で民泊宿を経営している工藤裕は、午前8時過ぎ、けたたましいサイレンを響かせて家の前を走り去るパトカーや救急車の音で異変を知った。
「達郎さんも奥さんも前日、会ったときは元気だった。だからケガかなんかして倒れたのかなと思って。しばらくしてから達郎さん家の前まで行ったら、親族のみなさんが集まっていて、クマにやられたかもしれないって話でした。そこから警察の人とかも何のアクションも起こさないので、家族は『早ぐ助けに行けばいいのに』と言っていましたね。でも、動かねえから命ねえべって判断されちゃったのかな」
猟友会のメンバーがやってきたのは午前10時頃だった。彼らが現場の方へ入っていくと山間に何発もの銃声が響き渡った。高橋が渋面をつくる。
「(クマに)当たらなかったみたいだな。後日、誰かの弾が当たったとか、血を流してるクマを見かけたとかいう噂もあったけど、ガセだろな。こういう事故が起きると、あることないこと、いろんな噂が飛び交うんだ」
「見ない方がいいと思います」
銃声がやむと、道の奥から一台のワゴン車が出てきた。工藤が回想する。
「窓にはカーテンが引かれていて、おそらく遺体を運んできたのだろうなと思いました。僕は遠くから聞いていたんですけど、警察官みたいな人が歩いてきて『ご遺族の方ですか?』と。本来は(遺体を)確認してもらった方がいいんですけど、見ない方がいいと思いますみたいなことを言われていましたね」
それくらい遺体の損傷が激しかったのだ。父親への思いを包み隠すように長女が語る。
「葬儀のとき、ある人が『達郎君は勇敢に戦ったんだな』って言ってくれた人がいて。そのときは思わず涙が出ましたね。おそらく、戦ってないでしょうけど。はははは。怖かっただろうなー、とは思いますよ。だから、誰も見てないからわからないんだけど、自分の中では思い込むようにしてるんです。一回(一撃)で逝った、って。いでーとか思う暇なく」
達郎の死は、身内だけでなく集落全体にも深い影を落とした。普段から達郎を師と仰いでいた工藤が語る。
「達郎さんは、山の生活のプロフェッショナルだったんですよ。ブルドーザーで雪をどけてくれたり、頼むと何でもしてくれて。クマも注意はしていたんでしょうけど、恐れてはいなかった。そういう人はクマにも襲われないと思ってたんですけど……。そんな達郎さんがやられたから、町中がショックを受けた。誰でもやられる可能性があるんじゃないか、って」
事件後、町中は厳戒態勢になっていた。高橋が当時の様子を振り返る。
「ピリピリしてたな。会えば達郎さんの話になって、『まんずお互い、気ぃづけて歩くべな』って。夜道を1人で歩いてても暗がりがあると怖いしな。家の戸も開けっぱなしの家が多かったけど、閉めるようになったり」
クマか、わらびか
事故から時間が経ち、町は日常を取り戻しつつあるようにも映る。だが、工藤はこう釘を刺す。
「達郎さんが亡くなる前に戻ることはないと思います。語弊があるかもしれませんが、僕も含めて、クマを舐めていた。ここで生きていくなら、ビビってるくらいじゃないとダメだと思うんです」
工藤は畑で作業するときは必ず爆竹を鳴らすようになった。
達郎の事故は、西和賀で人とクマが築いてきた何百年もの安寧を粉々に打ち砕いた。もう「前の西和賀」に戻ることはできない。
高橋に話を聞いているとき、何度となく携帯の着信音が鳴った。今年の春から運用されている岩手県のクマ出没情報共有アプリ「Bears」に町内の目撃情報が届いた知らせだった。着信画面に目を落としながら、高橋がつぶやく。
「みんな小まめに通報するようになったな。そこは明らかに変わった」
西和賀は変わりつつある。が、変わらないものもある。
達郎のわらび畑のさらに奥にもわらび畑があり、そこを管理している80代の男性は、事故後も変わらずわらび採りにでかけていた。
「これを採らねば生活できねえ。クマに襲われて死ぬか、わらび採らねえで死ぬか、どっちかだ」
笑いながらそう語る表情に暗い影はまったく見当たらなかった。達郎の長女の諦観も含め、それが西和賀で生きていくことでもあるのだ。
工藤と家の周りを歩いているとき、数十メートル先の山の中から何度か木の枝が折れる音が響いた。クマが枝に手をかけたか、木を踏み抜いた音なのだという。
音の主の姿は見えない。しかし、スマホの画面など確認するまでもなかった。野生の気配はすぐそこにあった。
(前編から読む)
【プロフィール】
中村計(なかむら・けい)/1973年生まれ、千葉県出身。ノンフィクションライター。著書に『甲子園が割れた日』『勝ち過ぎた監督』『笑い神 M-1、その純情と狂気』など。スポーツからお笑いまで幅広い取材・執筆を行なう。近著に『さよなら、天才 大谷翔平世代の今』
※週刊ポスト2026年9月11日号
