熊本代表・有明高校「旋風のあとで」…アクシデントに見舞われながらも甲子園ベスト8!

写真拡大 (全2枚)

怒濤の日々

甲子園に旋風が起こるのは、いくつかの条件が整った時だ。初出場校には初戦から温かい声援が送られ、そんな学校が終盤に試合をひっくり返して勝ち上がれば、グラウンドに″見えない力″が働いているような錯覚に陥(おちい)る。

8月18日、インタビュールームの隅で、私立有明高校(熊本)の中野賢哉部長は選手以上に大粒の涙を落としていた。

「本当に生徒たちが頑張ってくれて、素晴らしい時間を過ごさせてもらいました。この涙は嬉し涙ですけど、悔し涙でもあるかもしれない。子どもたちが一生懸命戦っている姿をもう見られないという寂しさが勝ります」

有明ナインは7月28日に起きた熊本地震の2日後に地元(荒尾市)を出発し、初の甲子園では逆転に次ぐ逆転を見せた。被災地の代表校の勇姿は、しだいに日本中を有明ナインの味方に変え、ベスト8に進出するころ、それは旋風となった。健大高崎(群馬)との準々決勝は9回まで0対0と拮抗した展開だったが、タイブレークに突入した10回に1点を奪われ力尽きた。高見一茂監督はこう振り返る。

「熊本大会から苦しい試合の連続で、(今春のセンバツに出場した)準決勝の熊本工業戦のようにリードしていても逆転されそうな試合がたくさんありました。守備でどうにかカバーしながら、粘り強くなんとか勝ち上がることができた。甲子園に来てからはたしかに、不思議な力が働いているような感覚はありました」

甲子園1回戦の立命館宇治(京都)戦は6回まで0対3という劣勢の展開だった。50m走が5秒8という俊足で、好打者の1番・永田晴輝が9回二死満塁から走者一掃の逆転二塁打を放ち、チームを勝利に導いた。永田は振り返る。

「初の甲子園はやっぱり緊張しましたが、少しずつ慣れていきました。最後は『自分で決めてやる』という気持ちでした。たくさんの方が応援してくれて、とにかくそれに応えることができてよかった」

九州対決となった続く長崎日大戦も先制を許しながら逆転勝利した。そんな有明にアクシデントが起きたのは、3回戦・東日本国際大昌平(福島)戦の試合前練習だ。有明の投手陣は主に先発を任される工修哉(たくみしゅうや)と試合を締めくくる斉藤遼汰郎の二枚看板だった。ところが、素振りをしていた選手のバットが先発を予定していた工の左手甲を直撃し、急遽、先発を回避せざるを得なくなったのだ。チームを救ったのは、9回をわずか109球で1失点完投した背番号「1」の斉藤だ。

「動揺がなかったといえば嘘になりますが、一番悔しい思いをしているのは工ですから……自分らしいピッチングはできたと思います」(斉藤)

準優勝した健大高崎に善戦するも、有明はベスト8で甲子園を去った。8月19日に″帰熊(きゆう)″した際は、学校関係者ばかりだった出発時とは違っておよそ500人もの市民の出迎えがあった。翌日に県知事を表敬訪問した時には、『くまモン』にも歓迎された。高見監督は震災からの怒濤の日々をこう振り返る。

「学校のある地域は、震源地に近いところに比べれば被害は少なかった。それなのに甲子園にやってくれば、『大変だったでしょう?』とみなさんにご心配をいただく。私たち以上に苦しんでいる方々がたくさんいらっしゃるのに、親身になって応援していただけることが、申し訳なく感じることもありました」

8月28日発売の『9月11・18日合併号』と有料版『FRIDAY GOLD』では、有明ナインの葛藤、そして今後について詳述している。

『FRIDAY』2026年9月11・18日合併号より

取材・文:柳川悠二(ノンフィクションライター)