芝浦自転車研究所が「昭和の「ジュニアスポーツ自転車」が絶滅した理由とは?」を公開した。疋田智所長が、昭和40年代から50年代にかけて一世を風靡したジュニアスポーツ自転車が1982年を境に姿を消した背景と、現代の自転車界に残した偉大な遺産について解説している。

動画の前半では、巨大な方向指示器を備えたフラッシャー自転車や、ポルシェなどを模したスーパーカー自転車といった、満艦飾のギミックが特徴的なジュニアスポーツ自転車の歴史を振り返る。疋田氏は、過剰な進化を遂げたこれらの自転車が「宇宙に飛んでいってしまいました」と表現し、1982年に突如としてブームが終焉したと指摘する。

絶滅の最大の要因として挙げられたのが、ブリヂストンから発売された「カマキリ」の登場である。極限まで装飾を削ぎ落とし、コースターブレーキを採用するなどしたシンプルなデザインは、当時の高校生や中学生の心をつかみ、「シンプルで軽やかでカッコいい」と空前の大ヒットを記録した。

疋田氏はさらに、1980年代に入って若者のカルチャーが激変した点にも言及する。江口寿史の漫画『ストップ!! ひばりくん!』に描かれたスマートな若者像や、ユーミンの楽曲に象徴される軽やかな文化の台頭により、ゴテゴテとした自転車は時代遅れと見なされるようになった。また、初代ファミリーコンピュータの発売により、「メカオタク」だった少年たちの興味がインドアのゲームへと移り変わったことも、絶滅に拍車をかけたと分析している。

一方で、ジュニアスポーツ自転車は世界の自転車界に「3つの宝」を残したと疋田氏は語る。それは、カチカチと正確に変速できる「インデックスシステム」、各ポジションに電極を設けた現在の電動シフトの元祖とも言える「スーパーカーシフト」、そしてマウンテンバイクやロードバイクで標準装備となった「ディスクブレーキの一般化」である。

疋田氏は、ジュニアスポーツ自転車を自らの重みに耐えられず消えていった恐竜になぞらえつつも、その技術の基本形は現在のプロ用スポーツ車に確実に受け継がれていると結論付けた。昭和の少年たちの夢を乗せた自転車は絶滅したわけではなく、形を変えて今も世界のトップシーンに影響し続けていることがわかる内容となっている。

チャンネル情報

自転車ハカセ・自転車ツーキニストの疋田智です。デビュー作『自転車通勤で行こう』(WAVE出版・1999年)からはや四半世紀、ずーっと自転車のことばかりを考え続けて生きてきました。自転車関連の著書は約30冊、自ら発行するメールマガジンは1000号を超え「CYCLE SPORTS」誌をはじめ雑誌連載も色々と複数継続中です。