〈性暴力を「なかったこと」にする学校〉英国では“見て見ぬふり”した教員もDBSリストに…専門家が指摘する日本の「学校ガチャ・校長ガチャ」
生徒同士の盗撮やスカートめくり、着替えののぞき見――。学校内で起きるこうした行為は、ときに「悪ふざけ」とみなされ、性暴力として適切に対処されないまま“なかったこと”にされてしまうという。その対応も学校や校長の判断に左右され、いわば「学校ガチャ」「校長ガチャ」の状態だ。一方、英国では子どもを守る「セーフガーディング」の仕組みが整備され、学校外への通報やDBSへの照会・情報提供につながる制度も構築されている。なぜ日本の教育現場では性暴力への対応が後手に回るのか。性加害者の治療に携わる斉藤章佳氏と、教育行政学者の末冨芳氏が、日本の学校が抱える構造的な問題を語った。
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なぜ教育現場は「なかったこと」にするのか
斉藤 学校内で性暴力事件が起こった際、対応に苦慮する学校関係者は少なくありません。たとえば、一部の生徒同士の盗撮やスカートめくり、すれ違いざまのボディタッチ、着替えののぞき見などは、大人から「悪ふざけの延長」とみなされやすい。
末冨 当然ながら同意のない性的接触は、たとえ周囲が「いたずら」と呼ぼうが、すべて性暴力ですね。
斉藤 しかし、こうした刑事事件化しにくい事案では、学校側は適切な対処法がわからず、性暴力の事実がうやむやにされ、放置されてしまうんです。実は学校現場では、そのような「グレーゾーン」ともいうべきケースが非常に多く、私のもとにも現場の教員や養護教諭からの相談が相次いでいます。
末冨 これは被害者にとっても加害者にとっても、深刻な問題です。
斉藤 加害者臨床の観点からいえば、加害行為が「なかったこと」にされるので、加害少年は「この程度で済んだ」という負の成功体験を積み重ねてしまう。
末冨 そうなると、何が悪いかわからないまま性加害を繰り返す可能性もありますね。
斉藤 生徒間の性暴力の場合、加害者の親が認めないケースも非常に多いです。「ウチの子がそんなことをするはずはない」「校長の管理不足だ」などと学校の責任を追及したり、被害者の落ち度をあげつらったりする。その結果、被害者が二次被害を受ける事案もあります。
末冨 結局、一番苦しいのは被害者ですね。
斉藤 ごく稀なケースとして、校内で生徒の盗撮行為が発覚したある事案では、校長の裁量により、養護教諭やスクールカウンセラーなどが被害児童をケアしていました。そして、加害児童には専門の医療機関でプログラムを受けさせ、通院した日は出席扱いにする……といった選択を取る学校もありました。
いずれにせよ、校長によって対応にバラつきが生まれる、「学校ガチャ」「校長ガチャ」の現状には変わりありません。
対応ルールが体系化されていない
斉藤 末冨先生が長年研究されているイギリスの学校現場では、こういった刑事事件化しづらい事案に、どのように対処しているでしょうか?
末冨 イギリスでは性暴力に限らず、いじめや差別発言など生徒の問題行為を学校側がどう対処するかが、政府ガイドラインで事細かに定められているんです。たとえば、ある生徒から「他の生徒からつきまといをされていて、困っている」という訴えを教員が受けたら、後ほど詳しくご説明する「安全保護主任」という責任者と校長に報告を即時するよう、ルールとして決まっているんです。
また、生徒の問題行為はかなり精微に定義されています。たとえば、他者を叩く行為は「いじめ」ではなく「暴力行為」と認定されます。そこではサッカーのイエローカードのように、明確な警告ルールが設けられ、イエローカード3枚でレッドカード、つまり外部の矯正機関で認知行動療法のプログラムを受けることを校長が命令する、といった仕組みが確立されているんです。フランスも類似の仕組みを運用しています。
斉藤 治療は「命令」なのですね。日本では性加害者がプログラムを受けるかどうかは、あくまで本人の自由意志に委ねられています。たとえば、執行猶予の判決が出たとしても治療命令はなく、本人が希望しなければ治療にはつながりません。司法と医療の連携がきわめて脆弱です。
これは成人の性加害者についての事例ですが、イギリスでは「治療的保護観察」という厳格な仕組みがあります。刑務所出所後も一定期間はプログラムを受けさせたり、ホルモン療法を受けている場合は血液検査で血中酸素濃度を確認したりして、取り組みが不十分であれば再収監するようです。
このイギリスの治療的保護観察のように、日本でも加害児童・生徒に認知行動療法のプログラムが義務づけられていたら、より早い段階で性加害の問題に取り組めるようになるはずです。本来こうした橋渡しは、私のようなソーシャルワーカーが得意とする分野なので、なんとも歯がゆい思いをしながらも長年、法務省に訴え続けているところです。
末冨 学校現場における性暴力への対応が体系化されていない点が、日本の最大の課題です。教育委員会や校長の力量に依存したままでは、子どもを守りきれない。これは、早急に改善しなければなりません。
通報を怠った教員はDBSリストに
末冨 イギリスでは、これまで10年以上かけて「セーフガーディング(安全保護)」を改善し続けてきました。大人から子どもへの性暴力や不適切指導、虐待だけでなく、子ども同士の暴力行為、盗撮などの性暴力、誹謗中傷、差別発言、過激主義、SNSトラブルなど、あらゆる問題に対応する仕組みです。学校・園をはじめ子どもに関わる現場の他、医療機関や高齢者施設・障害者施設でも「セーフガーディング」は導入されています。イギリスの学校には、教職員で構成する「セーフガーディングチーム」があり、子どもたちがすぐに相談できるよう、メンバーの顔写真や連絡先などが張り出されています。
斉藤 誰に相談すればいいか、ひと目でわかるのですね。
末冨 女子だけでなく男子が性被害に遭ったときでも対応しやすいよう、セーフガーディングチームは男女混合で構成されています。LGBTsの教職員もチームのメンバーとなっている学校もあります。
セーフガーディングチームを率いるのが、政府認定資格を持つ「安全保護主任(Designated Safeguarding Lead:通称DSL)」です。このDSLが相談窓口となり、事案の初期対応や自治体や警察への通報を担います。
先ほど、日本では事案が起きた際、学校の対応にバラつきがあるという話がありましたが、イギリスでは事案が起きた場合、学校内で処理するのではなく、即座に基礎自治体(最小単位の行政区画)や警察に通報することが義務づけられています。
斉藤 通報する期限も決まっているのでしょうか?
末冨 たとえば、自分が教員で、誰もいない教室で同僚が許可なく児童と2人きりになっている場面を見かけたとします。このような不適切な場面を目撃した場合、安全保護主任に24時間以内に通報しなければ、「隠蔽への加担」とみなされ、隠蔽した教員や、隠蔽に関わった職員全員の名前がDBSリストに記録されます。
また、学校内での隠蔽を防ぐためにも、セーフガーディングチームだけでなく、基礎自治体、イギリス教育省、全英児童虐待防止協会(NSPCC)など、複数の外部の相談・通報窓口が子どもや保護者にも周知されています。
可能な限り事前排除する
斉藤 教員の採用段階でのチェックも厳しいのでしょうか?
末冨 採用時には、小児性愛症ではないか、子どもへの不適切な関わりを容認しないかなどに関する詳細な面接、推薦者への人物確認など、何重もの手続きが課されています。犯罪歴の確認も、職種によりレベル分けされていますが、教員だけでなく、スクールバスの運転手やボランティア、学校内で日常的に子どもに接する売店の店員まで、子どもに関わるありとあらゆる大人が対象です。
さらに、性暴力や不適切指導、ハラスメントを禁じた行動規範(Code of conduct)への同意も必須です。これには身体的接触だけでなく、性的な接触を図る目的で大人が子どもを手なずける「性的グルーミング」の禁止や、許可なく児童・生徒と2人きりにならないなど、事細かなルールが記されています。
この行動規範では、教職員やスタッフ間でのハラスメントなども禁止行為とされています。大人同士の安全・安心を脅かす行為も排除することで、学校全体の安全を実現する基本設計となっています。
斉藤 DBSのチェックや厳しい採用基準を経た後も、安全保護のための取り組みは続くのでしょうか。
末冨 採用後も、各学校で最低でも年1回、性暴力を防ぐための研修は必須です。また、学校だけでなく、基礎自治体が学校内外で働く人々に向けて独自研修を実施したり、業界別のワークショップも盛んに開催されたりしています。子どもに関わる大人たちの間では、性暴力は許されないこと、疑い事例も含めて通報義務があること、何より被害者を最優先して事態の改善に当たることなどが、いわば当然のルールとして共有されているのです。
斉藤 そう考えると、日本の教育現場は課題山積です。
末冨 イギリスでは、学童の施設長さんがアルバイトの若者に「子どもの様子がちょっとでもおかしいと思ったら、すぐに私に教えてね」など口を酸っぱくして言っているそうです。その根底にあるのが「人権侵害や加害行為を隠蔽する文化を子どもの現場につくらない」という価値観です。これがセーフガーディングを通じて、学校や子どもの現場全体にしっかりと醸成されているのだと思います。
隠蔽か、被害者保護か
末冨 ちなみにセーフガーディングのルールでは、学校内で性暴力が起きた場合、「被害者保護」が最優先です。被害者のプライバシーを守り、二次被害を防ぐため、警察、児童相談所、自治体、そして学校も最低限の情報公開しか行いません。
2026年2月、日大三高(日本大学第三高校)の野球部で児童ポルノが拡散されるセクストーション(「セックス(性的)」と「エクストーション(脅迫・ゆすり)」を合わせた造語で、「性的脅迫」を指す。たとえば、取得した性的な画像や動画を「ネット上にばらまく」と脅迫して金銭を要求したり、さらに過度な画像を要求したりすること)事件があり、加害者2名が書類送検されました。
情報の開示にタイムラグがあったことから、当初は日本大学側に「隠蔽だ」という批判の声が寄せられました。ただ実は、学校側は警察の捜査に協力し、警察からの指導により被害者保護のため情報開示に慎重だった、これが真相です。
ところが、こともあろうか捜査関係者のリークからメディアが裏取りなく報道。結果的に被害者や家族を傷つけ、二次被害に晒す悪質なアウティングとなりました。
斉藤 学校は被害者保護のために適切に情報を控えていたにもかかわらず、組織的な隠蔽だと思われてしまったのですね。
末冨 何より守らなければならないのは被害者です。日本の警察やメディアも、被害者の安全を最優先する法令上の基準を設けなくてはならないと思います。
写真/shutterstock
校内盗撮 (インターナショナル新書)
斉藤 章佳

2026/8/7
1111円(税込)
256ページ
ISBN: 978-4797681772
スマホ1台で、子どもが被害者にも加害者にもなる――。
今、学校で急増する盗撮。教員が児童・生徒をターゲットにするだけでなく、子ども同士の事例も相次ぐ。
「校内盗撮」という性暴力から子どもを守る方法とは? 保護者・学校関係者、必読の書!
2025年、名古屋市の小学校教諭の逮捕がきっかけで発覚した教員グループによる盗撮事件。
教員らが学校で児童・生徒を盗撮し、その画像をSNSのグループチャット内で共有していたことが報じられ、世間に大きな衝撃を与えた。
この他にも近年、学校での盗撮をめぐるニュースは後を絶たず、実際に盗撮被害は急激に増えている。
ただし、スマホやSNSが当たり前になったこの時代、教員が加害するばかりでなく、子ども同士の盗撮も目立つ。
さらに、日進月歩の生成AIを悪用した性的ディープフェイクもはびこり、事態はますます複雑化・深刻化しているのだ。
なぜ、学校という空間で盗撮が相次ぐのか。そして、大切な子どもたちを守りたい保護者、教育現場、社会は、こうした状況に対してどのように手を打つべきなのか――。
「校内盗撮」という深刻な性暴力の現実と、子どもを被害者にも加害者にもさせないための対策・予防法を、3500人以上の性犯罪者の治療プログラムに携わってきた著者が豊富な臨床経験をもとに解説する。
【特別対談も収録】
・盗撮事件を起こした有名中学受験塾元講師A
・永守すみれ (ネットパトロール団体「ひいらぎネット」代表)
・末冨芳 (教育行政学者、日本大学文理学部教育学科教授)
