JRT四国放送

写真拡大 (全70枚)

みなさんは、こちらの建物、ご存じでしょうか。

徳島市の「三河家住宅」です。

重要文化財にも指定されていますが、これまで一般公開が行われないまま、老朽化が進んでいます。

今後、どうなっていくのか、取材しました。

県庁から西に約300m。

新町川を渡るかちどき橋と鉄道橋の側に、その建物はあります。

赤色のフランス瓦に、煙突のように伸びた展望台直線と曲線が混在する複雑な外壁。

屋根には、西洋の怪物が鎮座します。

徳島市富田浜の「三河家住宅」です。

国の重要文化財にも指定され、街の風景にも馴染んでいる「三河家住宅」ですが、建物の中はどうなっているのでしょうか。

三河家住宅を所有する、市の担当者に案内してもらいました。

(徳島市教育委員会・宮城一木さん)
「ここが玄関室、入ってすぐの部屋です」

まず、目につくのが、大理石で造られ、3階まで続く重厚な階段。

一方で、ステンドガラスがはめ込まれた半円形の出入り口からは、華やかな印象が感じられます。

(徳島市教育委員会・宮城一木さん)
「今度は足元に目を向けてもらうと、モザイクタイルが一面に敷き詰められている」
「三河義行さんの趣味が詰まった、当時の医者の暮らしを表しているような内装」

三河家住宅は、産婦人科医・三河義行博士の自宅として、1928年に建てられた3階建ての洋風建築。

徳島空襲の被害も免れ、2011年、三河博士の子孫から徳島市へ寄贈されました。

これに先立つ2007年には、「地方の近代建築の指標的作品」として国の重要文化財に指定。

昭和初期の鉄筋コンクリート造りの建物として、また、当時の知識階級の生活様式や価値観を知る上で貴重な資料です。

(徳島市教育委員会・宮城一木さん)
「この部屋は食室、今で言うとダイニング。ダイニングテーブルを囲んでみんな、家族の人がここで食事をとると」

コンクリート造りならではの、弧を描くように張り出したスペース、大きな窓からはたくさんの光が取り込めます。

家族団らんにふさわしいカジュアルな雰囲気で、天井には可愛らしい装飾が施されています。

そして、ひと際目を引くのが…。

(徳島市教育委員会・宮城一木さん)
「暖炉風なんですけど、実は暖炉ではない」
「地下室に石炭ボイラーを置いて、熱を拡散させるためにラジエーターを入れている」

ボイラーで発生させた蒸気を配管を通して各部屋に送る、当時の個人住宅としては珍しいセントラルヒーティングを導入。

それでいて和室では、格子状の引き戸で隔てた壁の中にラジエーターを配置するなど、雰囲気を壊さない工夫が随所にみられます。

2階へ登ると、ここにもステンドガラスをしつらえた大きな扉が・・・。

ここから三河家住宅の外観でも印象的な、テラスに出ることができます。

(記者)
「波打っている?)

(徳島市教育委員会・宮城一木さん)
「直線で作った方が速いですけど、鳥が翼を広げたような形状をしている」

また、豊かな生活ぶりがうかがえるこんな部屋も…。

(徳島市教育委員会・宮城一木さん)
「見ての通りビリヤード室」
「余計に珍しいんですけど、当時、洋風の文化が明治・大正と入ってくる中でビリヤードの文化も入ってきた」
「東京なんかの上流階級の人は、邸宅にビリヤード室を作って娯楽として楽しんだ」

この他、浴室はタイル張り。

ボイラー式でお湯を沸かしていたとみられ、浴槽の横の壁には魚が泳ぐ水槽が描かれたガラスがはめ込まれ、その上はアーチ状になっています。

シャワーヘッドの下には、椿や松などが描かれた和風の絵画タイルが、きれいな状態で残されています。

しかし、当時の姿を残すものがある一方で・・・。

(徳島市教育委員会・宮城一木さん)
「子ども部屋、最終的には下宿部屋として使われている」

2階・3階の一部は、貸し部屋として改変。

台所にシステムキッチンが、温室だった部屋にユニットバスが取り付けられたりと、改変された場所は少なくありません。

(徳島市教育委員会・宮城一木さん)
「個人住宅なので、住んでいる人間が住みやすいように改変することは、当たり前の行為」
「改変したからといって、著しく文化財の価値が下がるものではない、改変自体その建物の歴史を表すもの」

三河博士の病院が空襲で焼けた後、病院としても使われた三河家住宅。

戦争の記憶も紡ぎますが、一般に公開されたことはありません。

(徳島市教育委員会・宮城一木さん)
「内容でいえば、天井が一部落ちてしまっているところがありますので、部分的ではあるが、十分な状態ではないのが一般公開に至っていない理由」

築100年に迫り、鉄筋コンクリートや壁紙・床・外壁など、至る所に老朽化などによる劣化が表れています。

こうした状況に、市長は…。

(徳島市・遠藤彰良 市長)
「国指定の重要文化財が、このまま朽ちていっていいのか」
「これはあかんだろと、来年度に予算をつけたいと思っています」

費用は市の概算で約13億円、少なくとも6年から7年かかるといい、国や県の補助、地方債を活用すれば、一般財源は年間1000万円程になるということです。

専門家は、三河家住宅を修理する意義について…。

(徳島文理大学・清水真一 教授)
「戦災以前の徳島の風景を残している数少ない場所、そういう意味合いでも価値がある」
「国にとって大事だという意味合い、国指定(重要文化財)の意味というのは、その時代の空気を伝える存在の典型的な例というので、大事だと思っている」

市は修理後の活用策について・・・。

(徳島市教育委員会・宮城一木さん)
「まずは見てもらう。建てられた状態に戻して」
「施主である三河義行さんの想いがすべて見えるような形になって初めて、みなさんに見ていただいて、その価値をしっかりと理解してもらいたい」
「徳島を象徴するような、建物になる可能性のある文化財なので、大切に修理をしていきたい」

現在は別の場所で保管している家具を復元配置して、当時の生活様式を再現するとし、市民の意見を取り入れながら、公開以外の活用策も検討していくということです。