HYBE JAPANが手がけるJ-POPボーイズグループ・aoen   (C)SANKEI

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 元SMAPのマネージャーで、新しい地図が所属するCULENの代表でもある飯島三智氏が、韓国の大手芸能事務所・HYBE JAPANの「J-POP エグゼクティブプロデューサー」に就任したという発表に大きな注目が集まった。
 HYBEはBTSやSEVENTEEN、LE SSERAFIMなど多くの人気K-POPアーティストが所属する事務所で、HYBE JAPANはその日本支社にあたる。

 韓国大手事務所がJ-POP市場に本格的に進出する可能性も含めその動きが気になるところだが、そこに大きく携わる予定となるとみられるこの「飯島三智」という名前に、STARTOファン、旧ジャニーズファンなどが大きな衝撃を受け、当時ファンの間で使用されていた「飯島班」という言葉もSNS上などで久しぶりに観測されるなど、一部でざわめきたつ様子が伺えた。

 なぜ飯島氏の動きがそれほど旧ジャニーズファンをざわめかせたのか。

 それは、タレントたちがかつて、事務所内に「派閥」や「壁」があるかのような露出をする時代が続いたことによる。

 ファンの間では、飯島氏がマネジメントなどを担当する「飯島班」、藤島ジュリー景子元社長が担当する「ジュリー班」、そして故ジャニー喜多川元社長の「ジャニー班」という「班わけ」(または「◯◯派」という派閥的名称のことも)のような捉えられ方が存在していた。

 一般的に言われる組み分けでは、ジュリー班がTOKIO、嵐、関ジャニ、NEWS、KAT-TUNなど、飯島班はSMAP、Kis-My-Ft2、Sexy Zone、山下智久など、そしてジャニー班がKinKi Kids、タッキー&翼、ジャニーズJr.(現ジュニア)など、といったところだろうか。

 SMAP解散から10年目となる現在では、当時の状況を知らないファンも多数いるだろう。そんな空気感を少し振り返ってみたい。

◆交わることが少なかった「飯島班」と「ジュリー班」

 冒頭に記したように、飯島氏は、SMAPを担当するマネージャーであった。

 歌番組やアイドル番組も減少し「アイドル冬の時代」とも言われた当時、飯島氏はデビュー当初に苦戦したSMAPをバラエティ番組に出演させ熱心に売り込むことで認知度を高め、その手腕で彼らを後の国民的アイドルにまで育て上げた。

 事務所全体がやや低迷期に入りかけていた時期とも重なり、SMAPは現在まで連なるジャニーズ事務所(STARTO)人気を牽引する存在にもなった。

 巨大化する事務所人気の一方で、SMAPと後続のデビューグループとの共演機会は、次第に減少し始める。

 たとえば「ジュリー班」とされる嵐や関ジャニ(現SUPER EIGHT)メンバーとSMAPの共演は、いつの頃からかほぼ消滅していた。