熱中症になりやすいのは、高齢者や子どもだけではない。糖尿病などの持病を抱える働き盛りも注意が必要だ。ある50代男性は糖尿病を職場に明かせないまま働き、熱中症で救急搬送された。何が起きたのか。医療ジャーナリストの木原洋美さんが取材した――。
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■糖尿病になったことを「職場では言えなかった」

都内のスーパーで店長を務めるアキモトさん(仮名・50代男性)は、この冬に2型糖尿病と診断された。

しかし、職場には伝えていなかった。

「自己管理ができない人間だと思われたくなかった」からだ。大学野球の有名選手だった彼の身長は190cm。100kg近いがっしりした体格だが決して肥満体ではない。日頃から従業員に対して健康の重要性を説いている手前、糖尿病はなってはならない病気だったのだ。

運動中は水を飲まない」を常識として過ごしてきたため、連日の猛暑の中でも、店内外を行き来しながらほとんど水分を取っていなかった。

喉の渇きに気づきにくい“糖尿病特有の脱水”が静かに進行していた。

そんなある日の午後、アキモトさんは、いつものようにバックヤードから荷受け場へ向かう途中で、急に足がもつれるような感覚に襲われた。

視界が白く霞み、遠くで誰かが呼んでいる声が、まるで水の中から聞こえるようにぼやけていく。額からは滝のように汗が流れているのに、体の芯は熱を逃がせず、息苦しさが増していった。

■低血糖と熱中症は「驚くほど似ている」

手は震え、胸がドキドキと早鐘を打つ。

「これは低血糖だ」と直感し、ポケットに入れていた飴を口に入れたが、まったく良くならない。むしろ、体の熱が内側にこもるような感覚が強まり、膝が抜けるように力が入らなくなった。

そのまましゃがみ込んだ瞬間、強い吐き気とめまいが一気に押し寄せ、立ち上がることができなくなった。

周囲の景色がゆっくり回転するように揺れ、次第に意識が遠のいていった。

低血糖になると、脳が使うエネルギーが不足するため、めまい、手の震え、発汗、意識のぼやけ、動悸といった症状が現れる。

これらは熱中症と驚くほど似ているのだが、糖尿病初心者のアキモトさんには当然のごとく区別できなかった。

救急搬送されたアキモトさんは、中等症の熱中症と診断された。

「自分がどれほど危険な状態だったか、医師の説明を聞いてぞっとした」と語る。

■糖尿病は「自己管理不足の病気」ではない

糖尿病というと、「自己管理ができない」「おいしいものを食べすぎた」といったイメージがつきまとう。しかし、専門家はこの見方を明確に否定する。

糖尿病・内分泌専門医の坂本昌也医師は「2型糖尿病は、遺伝、体質、ストレス、加齢、睡眠不足、運動量の低下など複数の要因が重なって発症する病気です。甘いものや炭水化物、脂っこいものを食べすぎるだけで発症するわけではありません。誰でもなり得る病気です」と話す。

坂本医師(筆者撮影)

実際、働き盛りの40〜50代で糖尿病と診断されるケースは珍しくない。

仕事のストレス、長時間労働運動不足、睡眠の質の低下、不規則な食事時間――これらはすべて血糖値を押し上げる要因となる。糖尿病は“自己管理不足の病気”ではなく、現代の働き方そのものが生み出す病気と言えるのだ。

そして、糖尿病が熱中症リスクを高める理由は、本人の努力だけではどうにもならない“体の仕組み”にある。

糖尿病の主症状である高血糖が続くと、体は余分な糖を尿として排出しようとし、尿量が増えて体内の水分が奪われる。水分が減ると血液は濃くなり、汗をかいて熱を逃がす力も落ちる。脱水によって血糖値がさらに上がれば、また尿量が増えるという悪循環にも入りやすい。

いわゆる“糖尿病特有の脱水”である。血液は濃くなり、体温調節がうまくいかなくなる。

坂本医師は「糖尿病の人は、暑い日に水分を取れば大丈夫、という単純な話ではありません。高血糖が続けば尿量が増えて水分が失われ、自律神経の障害で汗の出方や喉の渇きの感じ方も乱れます。つまり、本人が気をつけているつもりでも、体の側で脱水と体温上昇が進んでしまうのです」と指摘する。

さらに、自律神経が障害されると、汗をかくタイミングや量が乱れ、体温を下げる機能が低下する。喉の渇きにも気づきにくくなるため、「我慢している」わけでも「注意を怠った」わけでもないのに、本人の自覚より先に脱水が進行してしまうのだ。

■暑さで食欲が落ちると、治療薬が効きすぎる

暑さの中では、この病気特有の弱点が熱中症の危険を一気に高める。

糖尿病では治療そのものも、低血糖のリスク要因になる。血糖値を下げる薬を使うことが多いため、この薬が、働き盛りの世代にとっては“もう一つの落とし穴”になってしまうのだ。

坂本医師は「血糖値を下げる薬は、食事量が少なかったり、暑さで食欲が落ちたり、運動量が増えたりすると、効きすぎて低血糖を起こすことがあります。治療が始まったばかりの人ほど、体が慣れていないため低血糖が起きやすい」と説明する。

暑い日は、汗で水分と塩分が失われるだけでなく、食欲が落ちて食事量が減りやすい。そこに血糖値を下げる薬の作用や、荷運び・立ち仕事などによるエネルギー消費が重なると、血糖値が想定以上に下がることがある。低血糖が起きると、冷や汗、手の震え、動悸、めまい、意識のぼんやりするといった症状が現れるが、これらは熱中症の初期症状とも重なるため、本人も周囲も判断を誤りやすい。

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さらに厄介なのは、低血糖だと思って糖分だけを取っても、(当然のことながら)熱中症による脱水や体温上昇は改善しない点である。逆に、熱中症だと思って水分補給だけで様子を見ている間に、低血糖が進めば意識障害につながるおそれもある。

「暑い環境で糖尿病治療中の人が倒れた場合、低血糖と熱中症は別々の問題ではなく、互いに見逃しを招く“重なり合うリスク”として考える必要があるのです。また近年ではSGLT-2阻害薬といった、利尿作用のある薬剤を使用している患者さんも多いので、しっかりと水分、特にカフェインの入っていないお水や麦茶などの摂取が必要です」(坂本医師)

つまり、糖尿病治療は“血糖値を下げる”という本来の目的を果たす一方で、生活のリズムが乱れた瞬間に、血糖値を下げすぎる危険にもつながる。

働き盛りの世代では、残業や会議で食事が遅れたり、暑さで食欲が落ちたり、急に運動量が増えたりすることは珍しくない。その結果、薬が効きすぎて低血糖が起きる。

そして繰り返しになるが、その症状は、熱中症と驚くほど似ている。

「低血糖でも熱中症でも、めまい、冷や汗、動悸、意識がぼんやりするなど、表に出る表面的な症状だけでは見分けにくい。しかも暑い場所で起きれば、周囲はまず熱中症を疑いますし、本人は糖尿病治療中であれば低血糖だと思い込みやすい。そこに判断の難しさがあります」(坂本医師)

■糖尿病では43.6%が「勤め先に相談・報告せず」

アキモトさんが糖尿病を職場に言えなかった背景には、「自己管理ができないと思われたくない」という心理があった。

しかし、この心理は彼だけのものではない。

労働政策研究・研修機構の「治療と仕事の両立に関する実態調査(患者WEB調査)」では、働く人の約3割が職場に持病を伝えていないとされる。

特に糖尿病では、43.6%が「勤め先には一切相談・報告しなかった」。理由の多くは、「自己管理不足と思われたくない」「自分でなんとかできる病気だ」「心配・迷惑をかけたくない」というものだ。

糖尿病は誰でもなり得る病気であり、現代の働き方そのものが発症リスクを高めているにもかかわらず、“自己責任の病気”という誤解が根強いようだ。

その結果、病気を隠したまま働き、暑さやストレスで症状が悪化しても言い出せず、倒れて初めて周囲が気づく――こうしたケースは珍しくない。

今回の事案で浮かび上がったのは、個人の問題ではなく、職場の構造的な課題だ。

水分補給の時間が確保されていないこと。
高温環境での作業ローテーションが不十分であること。
糖尿病を“言いづらい病気”にしてしまう空気があること。
倒れた際に、低血糖か熱中症か判断できない体制であること。

「職場の理解がなければ、同じ事故は繰り返される」と坂本医師は警告する。

■糖尿病以外にも「熱中症になりやすい持病」はある

働き盛りの40〜50代に多い疾患にも、熱中症のリスクを高めるものがある。

環境省の「熱中症環境保健マニュアル」や厚生労働省の職場向けガイドラインでも、暑さそのものだけでなく、年齢、暑熱順化の不足、作業負荷、服装、そして持病や障害の有無が熱中症リスクに影響するとされている。つまり、糖尿病だけが例外的に危険なのではなく、体温調節や水分・塩分の調整、血液循環にかかわる病気は、暑熱環境でリスクを押し上げる要因になり得る。

血圧は血管の調整機能が低下し、体温調節が遅れるのだが、糖尿病以上に職場で“病気”として共有されにくい。患者数は多く、働き盛りにも珍しくないが、自覚症状が乏しく、薬で管理できていれば本人も「会社に言うほどではない」と考えやすいからだ。

写真=iStock.com/Ake Ngiamsanguan
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職場側も、高血圧を熱中症リスクと結びつけて捉える機会は少ない。そのため、高温下での作業や脱水、降圧薬の影響といったリスクが見過ごされやすいのである。

また、狭心症などの心疾患は、体温調節のための血流調整がうまくできず、暑さと脱水が重なると危険域に入るのだが、やはり熱中症リスクにはあまり結び付いていない。

腎機能が低下している人も、水分調整が難しく、脱水と過剰水分の両方が危険だし、肥満者では皮下脂肪が断熱材となり、体温が下がりにくい。

いずれも、働き盛りの世代に珍しくない疾患である。事実、現役世代の健康状態をみると、糖尿病、高血圧、腎臓病、肥満といった生活習慣病は、まったく珍しいものではない。

さらに申し上げれば、先程の糖尿病治療薬のように、高血圧や心不全でも利尿薬が処方されている事が多いですので、この季節の脱水は要注意です。

厚生労働省の患者調査では、糖尿病の患者は552万人、高血圧は1,600万人を超え、慢性腎臓病も60万人以上にのぼるとされる。

これらは高齢者だけの病気と思われがちだが、実際には40〜50代の現役世代にも広く分布している。

■40〜50代男性の約4割が「BMI25以上」

特に高血圧は、50代では“2人に1人が予備群”と言われるほど一般的で、糖尿病も働き盛りの世代での発症が増えている。

腎臓病は自覚症状がほとんどないまま進行するため、健診で腎機能低下を指摘される40〜50代は少なくない。

肥満については、厚生労働省の国民健康・栄養調査で、20歳以上男性のBMI25以上の割合が31.5%とされる。年齢階級別にみると、男性では40歳代、50歳代ともに約4割がBMI25以上であり、働き盛りの世代にとっても珍しい状態ではない。

つまり、これらの病気は特別な人だけが抱えるものではなく、現役世代のごく普通の働き手が抱えている“現代病”であり、誰でも当事者になり得る。

そして熱中症は、単なる暑さの問題ではない。背景にある持病が、本人の気づかないところでリスクを高めている。

アキモトさんは退院後、職場に糖尿病であることを伝えた。

「言えなかったことが、倒れた原因の一つだったと思う。これからは無理をしないで働ける環境を作りたい」と語る。

■熱中症対策は「水分補給と空調」だけでは足りない

2026年4月からは、改正労働施策総合推進法により、事業主には「治療と就業の両立支援」に取り組む努力義務が課されている。病気を抱えながらも安心して働き続けられるよう、相談しやすい体制を整え、必要な配慮につなげることは、もはや一部の善意ある職場だけの取り組みではない。

病気は自己責任ではなく、誰もが抱え得る現代のリスクでもある。

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大切なのは、「本人が言うべきだった」で終わらせることではない。病気を言い出しやすく、言ったあとも不利益を受けず、必要な配慮につながる職場をどうつくるかである。暑さが長引く時代、熱中症対策は水分補給や空調だけでは足りない。持病を抱える人も、抱えていない人も、無理を隠さず働ける職場をつくることが、これからの命を守る対策になるのではないだろうか。

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木原 洋美(きはら・ひろみ)
医療ジャーナリスト/コピーライター
コピーライターとして、ファッション、流通、環境保全から医療まで、幅広い分野のPRに関わった後、医療に軸足を移す。ダイヤモンド社、講談社、プレジデント社などの雑誌やWEBサイトに記事を執筆。近年は医療系のホームページ、動画の企画・制作も手掛けている。著書に『「がん」が生活習慣病になる日 遺伝子から線虫まで 早期発見時代はもう始まっている』(ダイヤモンド社)などがある。
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(医療ジャーナリスト/コピーライター 木原 洋美)