かつてレディース総長を「張って」いたかおりさん

写真拡大

 令和の今もなお、「暴走族」が取りざたされることは珍しくない。 SNSでの"映え"を目的とした危険運転や、グループ同士の"抗争"において凶器準備集合の疑いで逮捕者が続出するなど、近年、彼らの問題行動が報じられることも多い。

【写真を見る】レディース総長を「張って」いた頃のかおりさん。二児の母になった姿も

 令和7年版『警察白書』によると、令和2〜6年で暴走族のグループ数は113から116、総人員は4505人から4483人へとほぼ横ばい。一方、総人員のうち女性、いわゆる「レディース」の数が197人から271人に増えている。

 かおりさんは30年以上前に出版されていた伝説の暴走族雑誌「ティーンズロード」に掲載され、一気に全国的に有名になったレディース暴走族「女族」元2代目総長だ。彼女らが生きてきた日々は決して安全なものではない。その怖いもの知らずな態度は、自らを窮地に追いやるないこともあった。
 かおりさんが自らの壮絶な非行と再生の人生を語った一冊『「いつ死んでもいい」本気で思ってた…』(大洋図書)より、一部抜粋して再構成する(全3回の第2回。第1回から読む)。

『ティーンズロード』との出会い

『ティーンズロード』の影響はすさまじく、女族はあっという間に栃木、茨城など近隣の県で名を知られるようになった。それを知った地元のやくざが「女族のステッカーを作ったから、1枚3000円でさばけ。上納金をはらえ」と言ってきたりした。

 当時、怖いものなしで"いつ死んでもいい"と思って捨て身状態だった私は、1人で事務所に出向いて直訴した。

「ステッカーも売らないし、ケツもちもいらない」

 単身やくざの事務所に行ったら何をされてもおかしくない。それでも気合を入れて一歩も引かなかった。

「女でこうやって直談判に来るのは根性がある。今後なんかあったら言えよ」

 私は何もされなかったどころか、逆に組長に気に入られてしまった。その後ももちろん頼ることはしなかったが、狭い町ではすぐにこの話が広まった。「かおりはやばい。かおりになんかあったら300人集まるよ」こんな噂まで流れ始めた。

 当時は"男なんていらない""邪魔くさい"と思ってはいたが、さすがにそんな噂が流れだしたらますますモテなくなっていった。誰一人寄ってこない。だけど、この時の私はかなり有頂天になっていた。生意気で、男勝りで、怖いものなんてなかったのだ。

 だがそんな気質が災いとなったことがあった。

やくざに拉致された

 夜、むしゃくしゃしている時に、1人で単車で流すのが好きだった。その日もいつものように流してたら、後ろから白いクラウンがパッシングして嫌がらせをしてきた。

「煽ってんじゃねぇよ」

 私が単車を止めてタンカを切ると、いかにもやくざって感じのおじさんが2人クラウンから下りてきた。

「なんだ、このくそアマ」

 内心やばいと思ったが、今さら逃げられない。向かっていくしかない。

「さっきから、煽ってんじゃねぇよ、くそじじぃ」
「くそアマ、イキがってんじゃねぇぞ」

 そう言われた次の瞬間、無理やり車にねじ込まれた。暴れれば暴れるほど、押さえつけられて身動きが取れない。

「てめぇみてえなガキはしつけを教えてやんねぇとな」

(こいつらは本気だ、やられる)

 そう思った私は、"もうどうでもいい"と、やられる覚悟をした。

「上等だよ、やれるもんならやってみろよ」

 どうせ死ぬんだったら、かっこよく。

 もしかしたら、回されて、クスリ漬けにされたり、風俗に売り飛ばされたりするのだろうか。いろんな想像が脳裏を駆け巡った。

 小さい平屋のアパートに連れていかれた。部屋に入るといきなり顔面を殴られた。

「誰に向かって口をきいてんだぁ、こら」
(え! そっち? 回されるんじゃないんだ)

 あっけに取られている私の腹に、やくざは蹴りを入れてくる。

「てめぇみたいなクソガキは、ボコボコにやられねぇとわかんねぇんだよ」

 よろけて倒れこんだ私をまたさらに蹴って、踏みつけてくる。息が苦しくて、声も出ない。私は初めて殴る蹴るの暴行を受けた。

 どのくらい時間が経っただろうか。息を吸うと苦しくて、口の中に血の味がした。

「おいガキ! わかったか? あんまり調子こくんじゃねぇぞ。ほらもう帰れ」
「は、はい」

 一礼をして、私はやっと外に出られた。
(ぶっ飛ばされただけで済んだ……)
 ホッとしたのか、横っ腹が痛いことに気づいた。
(あばらをやられたか)
 そう思いながら、ケンカを売る相手も少しは考えないとなぁ、と調子こんでた私は少し反省をしていた。

 なんとか単車にたどり着くと、フラフラしながらやっとの思いで乗って帰った。

(第3回につづく)

【プロフィール】
かおり/1974年3月3日、台湾・台北市生まれ。幼少期に両親が離婚、出稼ぎで日本に渡った母を追いかけるも母との生活は叶わず非行の道へ。16歳でレディース暴走族「貴族院女族」結成。雑誌『ティーンズロード』掲載がきっかけで、18歳でレディースを卒業後芸能界デビュー。その後結婚したが夫のDVにより離婚、女手ひとつで2人の子を育てた。2022年には初孫も誕生。TikTok: https://www.tiktok.com/@motoredisu.kaori