斉藤和義 父の意外な職業明かす「いろいろ持ってきて」 やがて「お父さんごめんなさい」
シンガー・ソングライター斉藤和義(60)が16日、TBSラジオ「安住紳一郎の日曜天国」(日曜前10・00)にゲスト出演し、少年時代の思い出を語った。
栃木県下都賀郡壬生町出身。1960年代から玩具の工業団地が次々と建てられ、東武宇都宮線に「おもちゃのまち駅」が新設されたり、おもちゃのまちとして街づくりされていったという。
「僕が66年生まれなんですけど、65年にできた街で。会社名を言っていいか分からないんですけど、トミーとか、バンダイとか、エポックとか、タカラとか、任天堂とか、おもちゃメーカーがみんな集まって、その下請けの会社と、そこに働く人たちの社宅が、関東平野の隅っこの方に…。国のプロジェクトだったかどうか分からないんですけど、そういうプロジェクトが多くて」
斉藤家も、おもちゃのまちの一員だった。「うちのおやじは、トミーというところだったんですけど、そこにいたので、ミニカーを…。元々、おやじはミニカーの金型職人みたいなのをしていたらしくて。彫って、ミニカーの形に」と打ち明け、驚かせた。
時に試作品を持ち帰ることもあったという。「“どうだ?これ。どう思う?”とか、いろいろ持ってきてくれて。だから、死ぬほどあったんですよね」。聞き手の安住紳一郎アナウンサーが「それ、持っていたらもう…家が建っちゃうくらいな」とジョークを挟むと、斉藤は「周りもそう(いう家)だから」と返答。「しょっちゅうぶつけ合って。毎日1台ぶっ壊して、ドアを引きちぎったりとか、散々やって。1台も残ってない」と笑わせた。
とはいえ、子供の興味は変わっていくもの。斉藤もミニカーから、やがて特撮ヒーローものに関心が移っていったという。「小さい時はいいんですけど、物心ついて、仮面ライダーとか始まって、タイガーマスクとか、ソフトビニール人形みたいなのが欲しいんですけど、それはバンダイなんですよね。それが欲しくて、うちのおやじにも言うんですけど。“お父さんごめんなさい。トミーのじゃなくてごめんなさい”って言いながら。それ、結構きつかったなあ…」とつぶやいていた。

