「そんな成績じゃ、ろくな学校に行けないぞ」女子更衣室に侵入し、生徒たちの着替え姿を盗撮…50代・中学校教員を「盗撮犯」に変えた“いびつな家庭環境”〉から続く

 過酷な労働環境や組織ぐるみの勤怠改ざん、そして過大な責任――。真面目で「ノー」と言えない性格の50代中学校教員は、追い詰められた末になぜ校内での盗撮行為へと走ってしまったのか。その背景には、就職氷河期世代ゆえの構造的問題と、身勝手な加害行為を正当化する「認知の歪み」が存在していた。

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 性犯罪へと駆り立てる社会と個人のメカニズムを、西川口榎本クリニック副院長として様々な依存症治療と向き合ってきた斉藤章佳氏の新刊『校内盗撮』(集英社インターナショナル)より一部抜粋してお届けする。(全3回の2回目)


何が50代教員を盗撮に駆り立てたのか? 写真はイメージ ©getty


 
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明らかになった「生きづらさ」

 田中氏の自尊感情の低さや自信のなさは「エゴグラム」にも表れていました。

 エゴグラムとは、対象者の対人関係のパターンや生きづらさを客観的に分析・説明するために用いられる性格分析です。当クリニックでも心理検査の一環として、このエゴグラムを取り入れています。

 エゴグラムは、主に以下の5つの指標(自我状態)から構成されています。

・CP(批判的な親):厳格な父親のイメージ。他人に対して多罰的であり、批判的な部分を指します。倫理的、道徳的、理想の追求といった特徴があります。
・NP(養育的な親):やさしい母親のイメージです。思いやりがあり、やさしく、世話好き。受容的。これが高すぎると過干渉、過保護になることもあります。
・FC(自由な子ども):自分を解放できる人はこの数値が高く、逆に自分を押さえ込んでしまう人は低くなります。
・AC(順応した子ども):周囲の顔色をうかがって自分の行動を決める、周りに合わせる傾向を示します。素直、協調性、従順、自己犠牲といった特徴があります。
・A(大人の部分):冷静かつ客観的に状況を判断する力を示します。

 田中氏にエゴグラムを実施したところ、AC(順応した子ども)の数値が異常に高く、A(大人の部分)とFC(自由な子ども)が極端に低い結果が出ました。

これは、以下のような彼の生きづらさを如実に表しています。

・人に気を使いすぎて「ノー」と言えない。
・与えられた仕事はこなすが、自ら先導して何かを成し遂げることは苦手。
・臆病で依存的なところもある。
・自己主張が少なく、「申し訳ありません」を連呼しがち。
・ストレスにより心身反応を起こしやすい。

 エゴグラムは、その人の性格の傾向を表すものですが、プログラムや日常生活における行動変容を通じて、後天的に変えられます。

 CP(批判的な親)の数値を上げるには、自分の主張を言語化する練習が有効で、NP(養育的な親)は、仲間との交流が増えると上がりやすいといわれています。

 また、A(大人の部分)は、日記を書くことやグループミーティングといったプログラムを通じて自身を客観的に見られるようになることで、現実検討能力が上がりやすい項目です。

 なお、エゴグラムの結果からわかるのは、あくまで性格傾向や対人関係のパターンですので、結果そのものの優劣や上下を示すものではありません。

月150時間残業と労働時間の改ざん

 犯行当時、田中氏は主幹教諭として月150時間を超える残業を強いられていました。

 行事予定や時間割、校内研修など学校運営の実務を一手に担う主幹教諭は、通常の授業に加え、膨大な管理業務に追われる立場です。

 さらに、校長と教頭の指示を受けて業務に当たり、いわゆる会社組織でいう中間管理職で、現場との板挟みに陥りやすいポジションであるといえます。

 2019年の働き方改革関連法による労働基準法の改正に伴い、教員の残業時間は原則として月に45時間以内と定められました。

 しかし、たとえ残業時間の上限を国から定められても、業務内容そのものが変わらなければ、数字だけを減らすことは不可能です。

 特に主幹教諭などのミドルリーダーは、過労死ライン(月80時間)を超える長時間勤務に陥っているケースが非常に多く、社会問題となっています。

 事実、文部科学省の調査によると、2024年度、公立小学校では2割、公立中学では4割もの教員が、国が上限とする「月45時間」を超える時間外勤務をしていることが明らかになっています。

 昨今、教員不足の問題が取り沙汰されていますが、田中氏もその当事者でした。彼はいわゆる「就職氷河期世代」。

 就職活動時には教員の採用枠がきわめて限られていたため、同世代の人材が非常に少なく、限られた管理職に業務が極端に集中しやすい構造になっていました。

追い打ちとなった「学校側の不正」

 追い打ちをかけたのは、学校側による組織的な隠蔽です。もしも残業時間の上限を超えると、校長が指導を受けたり、学校としての評価が下がったりしてしまいます。

 そのため、学校側が「残業時間の上限を遵守している」と見せかけるための改ざんが、田中氏にも指示されていたのです。

 公立中学校の勤怠管理記録は公文書なので、こうした改ざんは違法行為です。しかし、田中氏は「ノー」と言えない性格ゆえに、従わざるをえなかったと語りました。

 私生活では第3子が誕生し、本来なら幸せの絶頂にいるはずでした。 

 しかし、パートナーには職場の悩みを打ち明けることができず、次第に家庭内でも孤立し、やがて彼は盗撮に手を染めるようになったのです。

 もちろん、職場や家庭でストレスを抱え、周囲に相談できない方は大勢いるでしょう。

 ただ、世の大多数の人たちは盗撮などの加害行為には及びません。

 では、なぜ田中氏は盗撮を繰り返すようになったのか。

 ここからは加害行為のメカニズムを解説していきます。

小児性愛症ではなかった

 田中氏は盗撮した画像や動画を自己使用(自慰行為)することは少なく、ひとり眺めては満足感・優越感を得ていたそうです。

 彼は、性的意図を完全には否定しませんでしたが、「子どもたちのその純粋な姿をデータとして残しておきたかった」と、私に語りました。

 勤務記録を改ざんし、不正を続けている自身の汚れた現実。それとは対照的な、子どもたちの無垢な姿を撮ろうとしていたのかもしれません。

 彼は既婚者で、性的対象は成人女性です。

 小児性愛症(ペドフィリア)の診断も下りていません。

 彼にとって犯行に至る直接的なきっかけは、仕事での過度なストレスや、組織ぐるみの労働時間の改ざんの強制だったと考えられます。

「自分は盗撮をしてもかまわない」

 面会時、田中氏は「学校側が労働時間の記録を書き換えるという不正を行っているのだから、自分も隠れて盗撮をしてもかまわない」と口にしていました。これは、明らかな「認知の歪み」です。

 認知の歪みとは、問題行動を続けるため、自分を正当化するための都合のいい認知の枠組みです。

 多くの人は、自分でも「悪い」とわかっている行動を取るとき、良心の呵責や葛藤、罪悪感を覚えるものです。

 そこで良心に従って問題行動をやめられればよいのですが、人は往々にして罪悪感から一時的に目を逸らすために、「自分は悪くない」「自分は間違っていない」「バレなければ大丈夫」と、現実を自分に都合良く解釈してしまうことがあります。
これが認知の歪みです。

 加害行為への責任逃れ、ともいえるでしょう。

 盗撮の場合、「相手に気づかれていなければ、傷つけないし、いいだろう」「相手に触れていないから、痴漢よりも大した被害は与えていないはずだ」といった被害の矮小化も、典型的なパターンです。

組織の不正と子どもへの性加害は「別問題」

 田中氏の例でいえば、労働時間の改ざんは許されない行為ですが、組織の不正と子どもへの性加害はまったく別の問題です。

 それなのに「一方が行われているのだから、他方も許されると考える」のは、論理のすり替えにすぎません。

 こうした組織の不正に苦しんでいるのであれば、本来なら公益通報窓口などを通じて組織への是正を求めるべきでした。

 しかし田中氏は、そういった正当な手段に訴えることはなく、なんの罪もない児童たちを不満やストレス解消の道具としてしまったのです。

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 生徒を盗撮した50代・中学校教員はその後、仕事でも私生活でも「大変な事態」に……。

〈逮捕されクビ、自宅は売却せざるを得ない状況に…バレたら「社会的な死」が待っているのに盗撮をやめられなかった「50代教員のその後」〉へ続く

(斉藤 章佳/Webオリジナル(外部転載))