偏差値73の福岡御三家から全国へ 医学部志望…山中教授に憧れ、でっかい夢はノーベル賞「突き詰めるって面白い」――修猷館・本村優太郎
「THE ANSWER 陸上PLUS|STORY」 滋賀インターハイ・平和堂HATOスタジアム(7/30〜8/5)
陸上も勉強も、頭を使って考えることを楽しみ、成長する。男子100メートルに出場した本村優太郎(修猷館3年)は、そんな高校生だった。中学時代に全中3位に入った逸材は腰の怪我に苦しみながら、最後の夏にインターハイに出場。偏差値73の名門進学校で学業は学年8位、今後は受験生として、その先の“でっかい夢”を追う。(取材・文=THE ANSWER編集部・神原 英彰)
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スパイクと参考書を夢でくるんでバッグに詰め込み、挑んだ最後の夏。
今大会が引退レースとなる本村優太郎は、幸せに包まれていた。大会2日目の男子100メートル予選2組。大外9レーンを駆けた。スタンドに一番近い。風を切る音ともに、歓声が耳に響く。
「中学と比べて辛いことも多くて、上手くいかない3年間だったけど……最後に楽しく、たくさんの観客の前で走れたのは競技者として幸せでした」
10秒68(追い風0.7メートル)の5着で敗退。結果とは裏腹に、晴れやかな顔が夕闇に浮かんだ。
幼い頃から自分で選び、考えたがる子だった。
自分でもなぜかは分からないが、小学校受験を「する」と両親に直訴した。国立の福岡教育大附属小倉小に入学。サッカーと新体操を習っていたが、内部進学した中学で陸上と出会った。
「どの部活に入ろうか悩んでいたけど、先輩と話していたら楽しそうで」。クラブチームと掛け持ちで練習に励み、中3で全中100メートル3位と才能が花開く。指導法が自分にマッチした。
「クラブチームの先生の指導で『頭を使いながら走る』を意識した。走るフォームを考えて、筋トレもあまりしない感じでした」
卒業後は県内の強豪校に進むことも検討したが、将来を考えた。「陸上だけで食べていけるかというと、それも厳しい」。修猷館なら陸上も強豪。どちらの可能性も広げられると思った。
偏差値73で福岡御三家といわれる名門進学校。受験直前は1日10時間以上、机に向かい、合格を掴んだ。
独自の文武両道スタイル 勉強と陸上を刺激し合う“永久機関”に
高校では苦しい時間を過ごした。
最初の1年間は体作りを意識しながら、徐々に長い距離に挑戦する3年間のプランを描いた。ところが、中学時代に発症した腰椎分離症が長引き、思い通りにいかず。さらに今年5月の県大会から怪我が再発した。
最後の夏、諦めるわけにはいかない。
「頭を使って短めの距離でやっていこう」
6月の北九州大会で100メートル5位に入り、インターハイ切符を掴んだ。その代償で痛みが悪化し、本命の200メートルは棄権。大会後は2〜3週間、満足に走れない状態が続く。それでも投げ出さなかった。
「応援してくれる人がいる。走れないことは辛いけど、補強とか走れなくてもできることはやっておこう」
その努力がくれた、最後の夏の“幸せな10秒間”。高校ラストレースで聞いた歓声は、ご褒美だった。
もうひとつ、本村が疎かにしなかったのが学業。「高校に入って勉強が好きになった」。理系で得意科目は数学、物理。成績は学年440人で8位につける。
進学校の陸上部と言うと、練習量は少ないと言われやすいが、本村は「めっちゃ、やっています」と笑顔で否定する。練習は週6日、午後4時半から7時まで練習し、帰宅するのは7時半頃。体のケアや食事に2時間をかけ、9時半頃からペンを握る。
本村流の勉強法はこうだ。「『何時から何時までやる』と決めてしまったら、義務感の勉強になってしまう。だから、手が止まるまでやろうみたいな感じで勉強しました」。気づけば、時計の針がてっぺんを越えていることもよくあった。
全国レベルの部活に全力を注ぎながら、勉強も頑張る理由は何か。
「心に余裕が生まれることがあると思うんです。どちらかが上手くいかなかった時に一度、気分転換で得意なことをやってみると気分が晴れる。それが良いんじゃないかって」
勉強が行き詰まれば走る。陸上で苦しめば机に向かう。2つを刺激し合う“永久機関”にして成長してきた。
山中教授に感銘、医学部志望に 等身大の目標は「患者さんに寄り添う医者」
翌日から、肩書きは「部活生」から「受験生」になる。
医学部志望。もともとは「そこそこ良い大学」に行ければいいと思っていた。1年ほど前、iPS細胞に関する研究でノーベル生理学・医学賞を受賞した京大・山中伸弥教授に関する書籍を読んで「こんな発見ができたら、きっと社会の役に立つんだろうな」と感銘を受け、医学の道を志した。
憧れの人は山中教授と、17世紀のフランスの数学者ピエール・ド・フェルマーの名前を挙げる。
「『フェルマーの最終定理』という数学の物凄い難問を残したこともあるけど、物理学を勉強していたら、いろんな天才が出てくる。でも、フェルマーが使った解法って一番単純で早いんです。『こんなことよく思いつくな』みたいな解法をしていて。すごく、その頭の使い方に憧れています」
この場所が、陸上インターハイのミックスゾーンであることが嘘に思えるくらいに熱く語った。
滋賀に参考書も持ってきた。「数学は『理系数学の良問プラチカ』がそこそこ面白い参考書で、物理は『名門の森』がすごく良くて。あとは(学習塾の)東進に入っているので、東進の授業もあります」。移動中の新幹線車内や、ホテルの就寝前1時間は勉強に充てた。
考えて、工夫し、楽しむ。陸上で根付いた習慣は受験勉強にも、将来にも繋がっていく。
「勉強って楽しいと思うんですよ。突き詰めていったら。やらなきゃいけないことをどうやって楽しみ、その方法を見つけられるか。それも将来、仕事で辛いことがあった時に同じように生きるんじゃないか」
陸上を続けるかは受験の結果次第。最後に将来の夢を聞いてみると、2つの視点を使い分け、明かしてくれた。
「ちょっと大きな目標で言ったら、でっかい発見をしてノーベル賞を受賞したいというのはあります(笑)。でも等身大の目標で言ったら、患者さんに寄り添って治療ができる医師になりたいですね」
夏を終えても、本村優太郎の「考える」は終わらない。
(THE ANSWER編集部・神原 英彰 / Hideaki Kanbara)

