5日間8レースを駆け抜けた阪真琴、最後にトラックに残したものとは【写真:荒川祐史】

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「THE ANSWER 陸上PLUS|STORY」 滋賀インターハイ ・平和堂HATOスタジアム(7/30〜8/5)

「日本一」。全国に挑む誰もが目標とする3文字を誰よりも強く願った高校生がいる。阪真琴(佐久長聖3年)。1年生からインターハイに出場してきたハードラーは3度目の夏、5日間で4種目8レースを駆け抜けた。最終種目、その去り際にトラックに残したものとは――。(取材・文=THE ANSWER編集部・神原 英彰)

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「高校ラストのインターハイということ、チームとして総合優勝したいということはもちろんあるけど、純粋にずっと日本一になりたいと強く思っています」

 大会3日目、初レースの女子400メートル障害予選。

 1着で終えた阪は、7分間の取材の中で「日本一」という言葉を6度、口にした。「この大会で優勝したいです」。控えめで穏やかな口調とは裏腹に、強い決意が滲んだ。

 中3で進路を決める時、地元の公立に進学するか、私立で陸上を続けるか。ギリギリまで迷った。最後は佐久長聖を希望し、両親に誓った。

「ここで日本一になります」

 インターハイで総合優勝を目指す本気の集団でありながら、仲間を家族のように思い合う空気感。「日本一を目指すなら一番良い環境と思って佐久長聖を選びました」

 インターハイは1年夏に100メートル障害準決勝、2年夏に100メートル障害8位と400メートル障害3位。昨シーズン、初めて全国トップで戦う中で漠然としていた「日本一」の輪郭がはっきりして熱量が増した。

 エースとして練習を頑張るのは当たり前。監督に言われ、心動かされたことがある。

「日本一は取りに行く人だけのものではなくて、それにふさわしい人のもとに日本一が迎えに来る」

「そうだ」と思った。行動から見直した。レース後は必ず立ち止まり、トラックに一礼。息を切らしながら、引き揚げる通路にゴミが落ちていれば拾った。

「いくらタイムが速くても、選手から『競技』を抜いた時にどういう人間であるのか。自分がどういう形で日本一になりたいか、どうありたいかをチームの一人一人が常に問い続けながらやってきた」

 すべては「日本一」にふさわしい自分になるために――。

「日本一が見えた」 5日間8レースの激闘、その結末は…

 史上初の7日間開催。個人と学校対抗の日本一を誓い、彦根の長い夏が幕を開けた。

 予選翌日の決勝。身長170センチの長い手足も生かし、3台目までハードル間を17歩から15歩に減らした。この夏に向けて取り組んだ走法に挑戦し、前半から飛ばした。

 直線。楠田ゆうな(鹿児島女子3年)と一騎討ちに。9台目、わずかに前に出る。勝てる。「日本一が見えた」。あと1台。ところが、ラスト10台目で歩幅が合わず減速した。

 1つ目の日本一は0秒11だけ先にあった。

 自己ベストを1秒24更新する57秒85ながら2位。前年の優勝タイムを0秒3上回った。それでも言い訳はせず、優勝者に拍手を送った。

 ただ、本心は「競技人生で一番悔しい」だった。「本当に終わってほしくなくて……本当に勝ちたくて……ひたすらに悔しかったです」。取材エリアで、涙を堪え切れなかった。

 5、6日目のリレー3レースを挟み、迎えた大会最終日。「最後に絶対に一番良い風景を見たい」

 午後5時の100メートル障害予選を順当に通過し、7時10分から決勝に挑んだ。13秒75(向かい風2.1メートル)、0秒31差でまたも2位。残されたチャンスは、あとひとつ。

 1時間半後――。

 8時45分、阪は赤のバトンを持ち、マイルリレー決勝の1走としてスターティングブロックに足をかけた。5日間で8レース。疲れがないわけがない。号砲とともに、この日3時間半あまりで3レース目となる脚を懸命に回し、前半から攻めた。

 沸き起こる歓声。ラスト100メートル。顔に苦しさが浮かぶ。仲間が待っている。僅差の1位で2走に繋いだ。

 ここからは、もう走れない。託した3人は1年前も走った同じメンバー。「3人のことを信じている。絶対1番で帰ってきてくれる」

 待機エリアから見守る。2走、3走、そしてアンカーへ。祈るようにして母校のユニホームを目で追った。

 2分40秒後。赤のバトンは2位でフィニッシュラインに帰ってきた。

 最後の日本一も0秒39だけ先にあった。

 阪は感情をしまい込み、淡々と仲間を出迎えるために歩き出した。

 レース後の取材。平静に努めていた個人の話から「仲間」の話に移った途端、声を詰まらせ、涙があふれ出た。

「『くやしい』の4文字じゃ足りないくらい悔しい。この4人で走れる最後の大会で、チームの集大成となる最後の一本で……本当に悔しいです」 

 それでも、取材の最後には涙を拭った。「日本一にはなれなかったけど……」と切り出し、視線を上げた。

「なりたい自分を目指してやってきたことは、誰にも奪われないし、無くならないこと。これから、もっと強くなりたいと思う時、ひとつの自分らしさとしてこの経験を強さに変えて、いろんな人に応援される強い選手になりたい」

 400メートルリレーは5位。100メートル障害、400メートル障害、マイルリレー、さらに学校対抗も2位だった。

 0秒11、0秒31、0秒39。

 近くて、あまりに遠かった日本一。だが、最後まで変わらないものがあった。

誰も見ていない場所で、いつも通りに

 取材で涙を流す少し前、マイルリレーのレース後のこと。

「自分たちのすべてを出し切ったけど、日本一に届かなくて。ゴールして見た掲示板の景色は絶対忘れないと思う。それを目に焼き付けて……」

「佐久長聖」が上から2番目に表示された電光掲示板をじっと見つめた阪は、やがて他3人に声をかけ、いつもと同じように整列した。

「ありがとうございました!」

 4人で深々と頭を下げ、トラックに一礼した。ナイター照明もよく当たらない通路の脇。優勝した選手たちの歓喜が響く。阪たちの声にも姿にも、気付く観客はいない。やがて頭を上げる。胸を張り、引き揚げていく。

 阪真琴は「日本一」にふさわしい陸上選手だった。

(THE ANSWER編集部・神原 英彰 / Hideaki Kanbara)