「拭くと強い土の匂いが…」遺体と掘り起こされた勲章、磯の香りの軍服…中国ー北朝鮮国境に存在する“ナゾのブラックマーケット”ではいったい何が取引されている?《現地ルポ》
2020年の新型コロナウイルス発生から6年。世界は再びかつての自由な往来を取り戻したが、未だに交流を厳しく制限し、扉を閉ざし続けている国がある。北朝鮮だ。
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意外かもしれないが、コロナ禍以前の北朝鮮は世界に広く扉を開いていた。年間20万人ほどの外国人観光客が訪れていたし、コロナ前に訪れたとある旅行者は「サンガリアや資生堂など、日本製品を北朝鮮のデパートで見かけることもあった」と語るなど、明に暗に海外との繋がりを保っていた。
その交流のバロメーターとなっていたのが、中国遼寧省の丹東市をはじめとする中朝国境地帯である。ロシアや韓国とは異なり、政治的対立のない中国との国境(鴨緑江・豆満江沿い)は、比較的自由な往来が可能なエリアだった。

中朝国境を分ける鴨緑江を渡り、貨物を北朝鮮に輸送する貨物列車
無数の北朝鮮レストランが賑わい、多くの観光客や好事家が訪れ、結果、そこには国際社会の目を盗んでやり取りされる「ブラックマーケット(密貿易)」が誕生していた。
遺体の土が匂う勲章――個人密輸が横行した無法地帯
では、この北朝鮮と中国の間にあったブラックマーケットはどのようなものだったのだろうか。その全盛期は恐らく1990年代から2010年代、北朝鮮が「苦難の行軍」と呼ばれる経済不況・飢餓の苦境にあった時代だろう。
当時、国境の警備は現在からは想像もつかないほどルーズだった。例えば、深夜の鴨緑江にボートを出して川の真ん中で待機していると、北朝鮮の商人の小船がすっと近づいてきて密取引が行われ、冬には凍りついた豆満江をリヤカーで渡る老婆の姿すらあったという。
外貨稼ぎのため、北朝鮮からは多くの品が中国へ流出していた。中朝国境の土産物として一部の好事家から人気を集めたのが、軍装品やバッジ類である。2012年から2015年にかけて国境地帯を徘徊した日本の好事家は、当時をこう振り返る。
「丹東の橋のたもとにいる物売りに『我要真的像章!(本物のバッジをくれ!)』と要求すると、バッグの底から実物を出してきました。金日成と金正日の肖像が並ぶ『双章』クラスになれば、川岸の土産物屋の隠し棚から出てくる。通常のバッジが100元(約1500円)の時代に、約3000元(約4万5000円)のプレミアム価格で取引されていました」
驚くべきはその密輸のスピードだ。例えば軍服が欲しい場合は、橋のたもとにいる老人に頼めば、携帯電話での手配を経て「翌日」には北朝鮮から品が届いたという。これらの希少品は一体どのようにして国境を越えてきたのか。別のマニアは、当時手に入れた品物について、こう証言する。
「90年代終わり頃から出回った軍装品は、北朝鮮国内で窃盗や横流しによって不正に持ち出されたものだとよく聞きました。中国へ輸出される一般的な海産物に紛れ込ませて密輸されたため、強烈な海産物の匂いが付着しているものもあった」
さらに異様なのは、国家の最高位である「金日成勲章」や「共和国英雄」といった高位の勲章すらもが流通していたことだ。当時、中朝国境にある骨董市に行けば、黒いビニール袋に北朝鮮の勲章が何十個単位で無造作に詰め込まれ、「鉄クズ」の名目で売られていた。
中には、素材としての価値から純銀が使われている古い勲章を溶かす目的で持ち出したものや、意図的にプレス機で破壊された徽章すら混ざっていた。中には背筋が凍るような品が含まれていることもあった。
「拭き取ってみると、強い土の匂いがするものもありました」(同前)
かつて土葬文化だった北朝鮮は、餓死者が続出した時期に火葬への移行や墓地の整理が進んだとされる。その過程で、土中の遺体と共に埋められていた勲章が掘り起こされ、中国へ流出していたというわけだ。
偽装された博物館
こうした国境の風景は、2020年のコロナ禍による未曾有の「鎖国」で根本から一変した。物理的な往来が完全に遮断されたことで、かつて個人がこっそり行っていた川を往来した密輸や、橋のたもとでの個人的なやり取りといったアナログなルートは姿を消した。
では、パンデミックを越えた現在(2026年)、ブラックマーケットはどうなっているのか。筆者は国境封鎖が緩和され始めた2023年から現在に至るまで、丹東をはじめとする国境地帯を10回以上訪問し、定点観測を続けてきた。
そこで見えてきたのは、かつての個人同士の小規模な取引から、両国の企業や地方政府が絡む「組織的かつ大規模な貿易」へと移行する過渡期の姿だった。
その過渡期を象徴する場所が、2023年に丹東郊外で目撃した「博物館」に偽装された大規模商店である。
たどり着いたのはひょんなことがきっかけだった。23年当時、少ないながらも復活していた観光需要を見込んでか、当時の丹東には「まだ再開されていないはずの遊覧船に乗って北朝鮮に近づく」非公式なツアーが幾つか行われていた。そのうちの一つのツアーにたまたま申し込んだところ、この「偽装商店」に行き着いたのである。
バスが立ち寄った、道路の脇に建てられた立派な朝鮮風建築の建物に入ると、中は朝鮮族の生活に焦点を当てた簡単な博物館のような作りになっている。しかし、展示の奥には広大な空間が広がり、金製品、高級酒、菓子類といった北朝鮮製の「民生品」が整然と陳列されていたのだ。
博物館の展示には目もくれず、さっさと館内を駆け抜けていく中国人観光客たちの目当ては、間違いなくこの巨大な物販スペースだった。
この博物館がいつまで残っていたかは分からないが、24年の冬頃には既に建物はもぬけの殻になっていた。23年当時、未だに北朝鮮が厳しく国境を閉じ、丹東市街地にあった昔からの土産物屋に北朝鮮製品が来ていなかったあの時代に、このような場所があったのだ。
国家主導の巨大ビジネス
では現在中朝で行われている貿易はどうなっているのか。コロナ禍以降から北朝鮮と貿易を始めたという中国人実業家は、その実態を赤裸々に明かす。
「国境が再び動き始めた頃、北朝鮮の大使館関係者から『大量の太陽光パネルとEV(電気自動車)関係の設備を回してほしい』と直接コンタクトがありました。国家の看板を背負ったエージェントが、インフラ設備を直接買い付けに来るようになったのです」
また中国にいる北朝鮮人実業家からも話を聞くことが出来た。
「コロナ禍で我々が従来持っていた取引ルートは大きく変わったが、それは中国も同じだ。中国の友好的な業者と相互に関係を築くことで、我々はより最先端のものを調達し、共和国(筆者注:北朝鮮のこと)に貢献している」
北朝鮮側が今、血眼になって求めているのは、日銭を稼ぐための横流し品ではない。国家のインフラを構築し、産業を動かすための近代設備である。
現在、中朝国境から北朝鮮を眺めると、青色ナンバーのBYD(比亜迪)製タクシーが走り、ゲート付近には「中国重汽」の最新大型トラックや重機がずらりと並んでいる。これら数百万円から1000万円単位にのぼる最新車両や設備は、一個人の密輸業者が扱える代物ではなく、国連の経済制裁にも抵触する。背後には間違いなく、輸出入を黙認する地方政府や国家企業の存在がある。
金正恩政権は、3年以上に及んだ国境封鎖を利用して従来のアナログな個人取引を徹底的に摘発・排除し、その莫大な利権を「上納」可能な国家や特権企業へと再分配・集約させたのだろう。
北朝鮮が世界に誇る芸術家エリート集団の暗躍
では、かつて個人の手で行われていた密輸が淘汰された現在、北朝鮮の製品は「どのように」中国へ入ってきているのか。
丹東市内の土産物屋には、現在も北朝鮮のビールやタバコ、化粧品などが並ぶが、これらは個人ルートではなく「専門の問屋」を通じて各店舗に画一的に卸されているという。
「このような北朝鮮製品は、北朝鮮から製品を仕入れる問屋のようなものがありそこから仕入れる。多くの土産物屋が同じ業者を使うからラインナップは似たり寄ったりだが、朝鮮族の店などは、朝鮮族コミュニティのコネで違うものを仕入れることも出来ている」(土産物屋店主)
一方で、現在の北朝鮮が外貨獲得の強力なカードとしている「美術品」の取引には、少し違った側面がある。その中心にいるのは、北朝鮮が世界に誇る芸術家エリート集団「万寿台(マンスデ)創作社」だ。
直近の丹東訪問で、私は市内のとある商業ビルを訪れた。全館電気設備点検のため休業中で、照明も監視カメラも落ちていた薄暗い2階の一角。そこに、本来なら休業中のはずの絵画店が開いており、独特の佇まいをした男女の姿があった。
昭和風の刈り上げ頭の男性と、一昔前の韓流女優のような髪型をした女性。彼らは私を見るなりバツの悪そうな顔をした。店主によれば、彼らこそが公式派遣されている万寿台創作社の関係者だという。
国家のエリートである彼らが、なぜ監視カメラの止まった薄暗いビルでコソコソしていたのか。正規の納品業務を行う一方で、店主の要望に応じた品を「個人的に」持ち込んだり、貿易の近況をヒアリングしたりと、人目を避けた独自の活動を行っていたのである。
統制下の国境に息づく人間たちの悲哀
1990年代から現在に至る約30年のブラックマーケットの変遷は、北朝鮮という国家がいかにして個人間の闇取引を統制下に置き、自らの巨大なシステムへと吸収していったかの歴史である。
土と磯の匂いが染み付いた軍装品や、墓から掘り出した勲章を売り払って生き延びた「無法地帯の時代」は終わった。現在取引されるのは、国家を潤す太陽光パネルや近代インフラ設備、そして問屋を通じて整然と流通するパッケージ化された民生品である。国境の密貿易は、コロナ禍を奇貨とした金正恩政権により、冷徹な「国家・党経済」へと完全に飲み込まれた。
しかし、扱う品が「土の匂いのする勲章」から「綺麗な民生品」に変わり、取引の主体が「困窮した個人」から「国家・企業」へと代わっても、最前線で立ち回っているのは結局のところ、自らの足で稼ごうとする悲哀に満ちた“勤め人”たちである。
体制がどれほど強固にアップデートされようとも、中朝国境という特異な空間には、あの頃と同じ泥臭くアンタッチャブルな熱気が、形を変えながら今も静かに息づいている。
(大熊 杜夫)
