制服への着替えは「打刻前」…月収28万円・29歳女性が抱えるモヤモヤ。「着替えも仕事では?」と上司に尋ねた結果【社労士が解説】
多くの社会人は、日々会社のルールに従って業務をこなしています。しかし、ふとした瞬間に「これって実質的にタダ働きなのでは?」と疑問を抱く瞬間はないでしょうか。本記事では、そのなかから「制服への着替え時間」に焦点を当て、29歳女性の事例をもとに、社会保険労務士(社労士)の視点から法的な見解と対処法を解説します。
毎日「打刻前」に着替え…月収28万円・29歳女性が抱えるモヤモヤ
都内の中堅メーカーで、事務や来客対応をこなすユイさん(仮名・29歳)。月収は28万円で、日々時間に追われながら多くの業務をこなす日々を送っています。
ユイさんの会社では、社員に対し会社指定の制服(ブラウスとベスト、スカート)の着用が義務づけられています。会社の就業規則には「制服着用の上で業務に当たること」「通勤時の制服着用は禁止する」と明記されており、ユイさんを含めた社員は、出社後に更衣室で着替える必要があります。
ここでユイさんが日々モヤモヤしているのが、「勤怠管理システムの打刻タイミング」です。
会社からは、「出社後、制服に着替えて、業務を開始できる状態になってから始業の打刻をすること」退勤時は「終業の打刻をしてから、私服に着替えて退社すること」と指示されています。
つまり、「着替えにかかる時間はタイムカードに記録されず、給与も発生していない」ということになります。
「仕事に入らないのでしょうか?」上司にかけ合った結果
朝、更衣室でストッキングを履き替え、制服に袖を通し、身だしなみを整えるのに約7分。夕方、私服に着替え直すのに約7分。
ユイさんが計算してみたところ、1日合計約14分の時間が「着替え」に費やされていることがわかりました。
「たかが1日十数分」と思うかもしれません。しかし、これを月間、年間に換算するとどうなるでしょうか。
1日14分×月20日出勤=280分(4時間40分)
月280分×12ヵ月=3,360分(56時間)
年間で56時間もの時間を「着替え」のために拘束されている計算になります。ユイさんの給料を時給換算して約1,750円とした場合、年間で約9万8,000円分の時間が無給扱いになっているのです。
会社のルールで制服着用が義務づけられているうえに、通勤時の着用は禁止。着替えている時間は勤務に含まれるのではないかと、ユイさんはある日上司に尋ねてみました。
「あの、制服に着替える時間は仕事に入らないのでしょうか?」
「着替えは仕事をするための『個人的な準備』じゃない? 昔からそういうルールだし」
「着替えは仕事中ではないから労働時間にあたらない」と主張する上司。まともに取り合ってもらえませんでした。
会社としては、着替えの時間はあくまで「労働時間ではない」というスタンスですが、はたしてこの会社の言い分は法的に正しいのでしょうか。
【社労士が解説】「着替えは個人的な準備」は通用する?最高裁が示した「労働時間」の定義
結論からいうと、今回のユイさんのケースでは「制服の着替え時間は労働時間に含まれる」可能性が高いといえます。
労働基準法における「労働時間」とは、実際に作業をしている時間(作業時間)だけを指すのではありません。判例上、労働時間とは「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間」と定義されています。
この「着替え時間」が労働時間にあたるかどうかについて、日本の労働法実務において最も重要な基準となっているのが「三菱重工長崎造船所事件(最高裁平成12年3月9日判決)」です。
この最高裁判決では、準備行為(着替えなど)が労働時間に該当するかどうかについて、以下の基準を示しました。
1.会社から義務づけられているか(就業規則などで着用が強制されている)
2.事業所内で行うことが義務づけられているか(通勤時の着用が禁止されており、会社の更衣室で着替えるほかない)
ユイさんの会社では、就業規則において制服の着用が義務づけられており、通勤時の着用が禁止されています。つまり、ユイさんは会社から「指定された場所(会社の更衣室)で、指定された服に着替えること」を強制されている状態です。
これは「使用者の指揮命令下に置かれている」と評価され、立派な労働時間(労働基準法上の労働時間)に該当します。「個人的な準備時間である」という上司の主張は、法的には通用しません。
したがって、始業前の着替え時間は「早出残業」、終業後の着替え時間は「居残り残業」として、割増賃金(残業代)が支払われなければならないのです。
ただし、「制服はあるが、家から着てきてもよい(通勤時の着用OK)」「そもそも制服への着替えは任意である」といった場合は、更衣室での着替えは労働者の自由な選択となるため、労働時間には含まれないと判断されるのが一般的です。
泣き寝入りしないために…「未払い賃金」を取り戻す4ステップ
では、ユイさんのように「着替え時間が労働時間としてカウントされていない(未払い残業代が発生している)」場合、泣き寝入りするしかないのでしょうか。労働者として取れる対処法は下記のとおりです。
1.証拠を集める
まずは「着替えにかかっている時間」と「その時間が労働時間として扱われていないこと」を証明する証拠を集めましょう。
・入退館記録やPCのログ:会社の入り口のセキュリティゲートを通った時間と、勤怠管理システムの打刻時間の“ズレ”が有力な証拠になります。
・個人的な記録:「〇時〇分会社到着・更衣室へ」「〇時〇分着替え完了・タイムカード打刻」といった日々の記録を、手帳やスマートフォンのメモ、GPS記録アプリなどで毎日正確に残しておきましょう。
・就業規則のコピー:「通勤時の制服着用禁止」などのルールが書かれた部分を写真やコピーなどで残しておきます。
2.社内の相談窓口や労働組合に相談する
証拠が揃ったら、まずは社内の人事部やコンプライアンス窓口、あるいは労働組合に相談してみましょう。
「最高裁の判例に照らし合わせると、当社の着替え時間は労働時間にあたるはずですが、改善の予定はありますか?」と、法的な根拠を示して冷静に交渉します。コンプライアンス意識の高い会社であれば、この段階で勤怠管理システムの打刻ルールが見直される(着替え前に打刻するルールに変わる)可能性があります。
3.労働基準監督署に申告する
社内で相談しても「うちのルールはこれだから」と突っぱねられたり、不利益な扱いを受けそうになったりした場合は、管轄の労働基準監督署(労基署)に相談・申告しましょう。
労基署は、集めた証拠をもとに労働基準法違反(賃金未払い)の疑いがあると判断すれば、会社に対して調査に入り、是正勧告を行ってくれます。行政からの指導が入ることで、会社も態度を改めざるを得なくなります。
4.未払い残業代の請求
過去にさかのぼって、支払われなかった着替え時間分の給料(残業代)を請求することも可能です。
現在、未払い賃金(残業代)を請求できる権利の消滅時効は「3年」となっています。今回の事例では年間約10万円の未払いがある計算のため、3年分遡れば約30万円の請求権があることになります。
もし会社が支払いに応じない場合は、労働問題に強い弁護士や社会保険労務士(特定社労士)、労働審判などの法的手段を検討しましょう。
“無給労働”で会社に搾取されないために
「たかが着替えの時間」と軽く見られがちですが、労働者にとっては貴重な人生の時間の一部です。
会社から場所と服装を指定され、それに従わなければならない以上、その時間はまぎれもなく「仕事」の一部です。もしあなたの職場でも、ユイさんと同じように「制服への着替え時間」が無給扱いになっている場合、まずは日々の時間を記録することから始めてみてください。
正しい知識を持つことが、自分自身の権利と価値を守るための第一歩となります。
内海 正人
社会保険労務士法人日本中央社会保険労務士事務所 代表社員
社会保険労務士/人事コンサルタント

