一流企業ほど「働かないオジサン」が増殖していく…トヨタも三菱UFJも逃れられない日本企業だけの"構造的欠陥"

■仕事でAIを使っている日本人は51%
AI活用で出遅れていると指摘されることもある日本。ボストンコンサルティンググループ(BCG)が11カ国・地域で経営幹部から従業員まで1万600人以上を対象に行った2025年調査によると、日本で「日常的にAIを業務活用している人」の割合は51%。世界平均では72%、そしてトップのインド(92%)に比べて大きく後れを取っています。
この遅れをキャッチアップするべく、いま日本企業は、猛烈な勢いでAI化(以下、DXやAI活用をまとめて「AI化」とします)を進めています。
AI化によって、企業は収益性が高まり、従業員は無駄な業務をせず快適に働けるようになる……とバラ色の未来が待っているように思いますが、実際はどうでしょうか。今回は、AI化を進めた先に待っている日本特有の難題について考えてみましょう。
■孫正義が提唱する新たな経営指標
わが国でも数年前から本格的に始まったAI化ですが、企業での取り組みには2つのレベルがあると考えます。
Aレベル:これまで人がやっていた業務をAIに置き換える
Bレベル:既存の業務の内容やプロセスを見直したうえでAIを導入する
このうちAレベルは、社内にAI人材がいれば、ある程度は自社内で対応できます。いない場合はコンサルタントを起用します。Bレベルになると自力で進めるのは困難で、一般にコンサルタントを起用します。コンサルティングの市場規模が年17%程度で拡大しており、AIコンサルティングへの需要が高まっています。
ソフトバンクグループの孫正義CEOは、最近「ROA」という独自の指標をよく口にします。ここで示すROAは、従来のどれだけ効率よく利益を上げているかを示す経営指標であるReturn On Asset(総資産利益率)ではなく「Return On AI」のこと。自社のAI化投資がどれだけの生産性向上やコスト削減、ひいては収益拡大をもたらしたかを測る指標です。
■AIコンサルに任せたのに失敗する理由
BレベルのAI化では、コンサルティング費用が高額です。会社の規模・業務内容やAI化の範囲にもよりますが、10億円以上、ERP(※)などシステムの更新も併せて行うと、数十億円に達するケースもあります。
※ERP……企業のヒト・モノ・カネ・情報などの経営資源を一元管理し、業務の効率化や迅速な意思決定を図るための統合基幹業務システム
コンサルティングを起用することで高いROAを実現できるでしょうか。Aレベルのコンサルティングは、効果が小さい代わりに大失敗に終わることは稀です。一方、Bレベルはうまくいけば大きな効果を得られますが、必ずしも期待どおりの成果につながるとは限りません。
Bレベルが失敗に終わるパターンはさまざまですが、部外者であるコンサルタントが現場の実態を踏まえずにAI化を進めてしまうケースも珍しくありません。また、コンサルタントの支援が適切であっても、変化を嫌う従業員が抵抗・反発したりします。
さらに大きな問題があります。
■14億円かけて6億円の利益を得たが…
企業もコンサルタントも「大成功だった!」と認識していても、実はROAがあまり高くない、あるいは実質的にマイナスになっているケースがあることです。
ここで筆者が取材したA社の話を紹介します。A社は機械メーカー・M社のコンサルをしたそうです。
M社は、コンサルティングファーム・A社を起用してAI化を進めました。A社は、「業務調査→DX戦略策定→業務改革(BPR)→AI導入→PoC(概念実証)」と3年がかりでプロジェクトを進めました。なお、ERPなどシステムの更新はしませんでした。
このコンサルティングには、14億円の費用がかかりました。そして、A社によると、当初の見込み通り約20億円の合理化効果が得られました。利益は6億円(=20億円−14億円)、ROAは42%(=6億円÷14億円)です。
M社の経営陣は、今回のコンサルティングにおおむね満足していますが、少し浮かぬ表情です。というのは、コンサルティング費用が発生したことで、決算が減益になったからです。
A社が主張する「20億円の合理化効果」の大部分は、AI化で縮小・廃止する業務に従事している従業員の人件費の減少です。しかし、実際に人員削減をしたわけではないので、人件費は減っておらず、コンサルティング費用が収益を圧迫しています。M社の経営陣の一人は、コンサルティングの効果に疑問を投げかけました。

■人員削減できないとAI化の意味がない
「AIで業務が合理化されて余剰人員が発生しても、クビにはできません。別の部署で別の業務を担当し、今後も働きます。従業員が定年になるまで給料を払い続けるので、実際に人件費が減るのは数十年後の話です。コンサルティングは成功だと言えるんでしょうか」
M社は特殊な事例でしょうか。そうではありません。近年、日本企業はAI化だけでなくさまざまな経営改革を進めてきましたが、そこで問題の一つに挙げられるのは改革によって発生する「余剰人員」です。
わが国では、余剰人員が発生しても、「整理解雇の4要件」に該当しない限り解雇は違法です。
1:人員削減の必要性:企業の維持・存続のために、人員削減を行わなければならない高度な経営上の必要性があること。
2:解雇回避努力義務の履行:役員報酬のカット、配置転換、出向、希望退職者の募集など、解雇を回避するためのあらゆる努力を尽くしたこと。
3:被解雇者選定の合理性:解雇の対象者を選ぶ基準が客観的かつ合理的であり、公平に選定されたこと。
4:解雇手続の妥当性:労働組合や労働者に対して解雇の必要性や規模、時期などを誠実に説明し、十分な協議を行ったこと。
経営改革がうまくいったら【1】に該当しないので、AI化のみを理由とした整理解雇は、現行法上は認められにくいと考えられます。AI化だけでなく、利益減少などで経営状態が悪化した場合でも、雇用維持を重視する日本企業は解雇には慎重です。
■「働かないオジサン」が増える構造
筆者がかつて勤めていた日本石油(現ENEOS)グループでは、国内の石油需要の減少などを受けて、下松・横浜・新潟・室蘭・沖縄・大阪の各製油所を閉鎖しました。

その過程では製造部門を中心に余剰人員が生じましたが、主として社内配置転換、関係会社への出向・転籍、定年退職による自然減、新卒採用の抑制などによって対応したとされています。そのため人員削減は段階的に進められ、製油所の合理化効果が人件費の面で直ちに表れにくい側面もあったように思います。
近年、中高年の余剰人員が「働かないオジサン」と揶揄されます。「中高年は能力・やる気が低い」という批判を見受けますが、こうしてみるとわが国では、本人の事情に関係なく、働かないオジサンが発生しやすい構造になっています。

そして、AI化によって、働かないオジサンがさらに増加します。従来は、業績不振の企業で余剰人員、働かないオジサンが発生しましたが、今後は多くの企業で発生する可能性があります。むしろ、AI化に積極的な成長企業・優良企業ほど、働かないオジサンが大きく増えるでしょう。対照的なのが、アメリカです。
■リストラ文化がビッグテックを生んだ
解雇が容易なアメリカでは、いまAIの導入によってテック業界や金融業界を中心に大規模な「AIリストラ」が進んでいます。2026年上半期(1〜5月)だけで8万7000人が「AIリストラ」で人員削減されました。
余剰人員を解雇することで、企業のコスト競争力が高まりますが、影響はそれだけではありません。解雇された従業員が他産業に移動することで、産業構造の転換が進みます。
経営者は、よく「環境変化に合わせて自己変革しなければならない」と言います。しかし、経営学の研究成果によると、企業の自己変革能力は実は大したことなく、一国の経済の付加価値は、既存企業の改革よりもスタートアップ企業からより多く生み出されます。
アメリカでは、1990年代前半にIBM・HPなど大手メーカーが経営危機に陥り、技術者を大量に解雇しました。その多くがシリコンバレーの新興企業に移り、その後のIT産業の発展に貢献しました。現在もGoogle(1998年創業)やFacebook(2004年創業)といった新興企業がアメリカ経済の中心です。
一方わが国では、トヨタ自動車(1937年創業)や三菱UFJフィナンシャルグループ(前身の三菱為換店は1880年創業)といった伝統的企業、いわゆるJTC(※)が時価総額の1位・2位を占めています。本格的なスタートアップ企業が少なく、産業構造の転換が進んでいないことは明らかです。
※JTC……ジャパニーズ・トラディショナル・カンパニー(Japanese Traditional Company)の略で、大手を中心とした伝統的な日本企業のこと
■「解雇=NG」は労働者も経済も不幸にする
産業構造の転換が進まないことには、さまざまな理由があります。が、やはり事業を起こすのは「ヒト」。解雇が厳しく制限されているため、人材がJTCに滞留し、スタートアップ企業に移動しないことが大きいでしょう。
この状況を打破するには、解雇規制の緩和が必要です。経団連は、解雇の金銭救済制度(不当解雇と判断された場合に労働者が職場復帰の代わりに金銭補償を受け取る制度)の法制化を政府に要望していますが、さらに踏み込んで、整理解雇の4要件を思い切って緩和するべきです。

というと、必ず「従業員の雇用が脅かされる」といった反対意見が出てきます。たしかに、社会的弱者が解雇されて職を失うのは大問題で、解雇規制を緩和するなら雇用や所得を保証する必要があります。しかし、一般的な労働者は、衰退するJTCで低賃金で働き続けるよりも、新興企業・成長企業に移って活躍するほうが良いでしょう。「解雇は絶対にまかりならん」という主張は、結果的に労働者本人にとっても日本経済にとってもプラスになりません。
■AI化を進めない企業は取り残される
最後に、AI化に話を戻します。ここまで読んで、「AI化を検討していたけど、効果がないというならやめておこうかな」と考えた経営者・経営企画担当者がいるかもしれません。しかし、これは危険な考えです。
たしかに、余剰人員を解雇できない日本では、AI化の効果は限定的です。ROAが期待ほど高まらないケースも考えられます。かと言ってAI化せず、非効率な業務を放置すると、グローバル競争に大きく後れを取り、企業の存続が危ぶまれるようになります。
筆者は、日本企業にとっては「AI化はやれば短期的にはマイナスでも、やらなければさらに大きなマイナスになる」という状況だと考えます。やるとやらないで「どっちが得か?」ではなく、「どっちがマシか?」という苦渋の選択です。少なくともAレベルのAI化をしないという選択はあり得ないと覚悟するべきでしょう。
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日沖 健(ひおき・たけし)
経営コンサルタント
日沖コンサルティング事務所代表。1965年、愛知県生まれ。慶應義塾大学商学部卒業。日本石油(現・ENEOS)で社長室、財務部、シンガポール現地法人、IR室などに勤務し、2002年より現職。著書に『変革するマネジメント』(千倉書房)、『歴史でわかるリーダーの器』(産業能率大学出版部)など多数。
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(経営コンサルタント 日沖 健)
