【シェリー めぐみ】渋谷のタワレコが大人気!?……治安でも忍者でもない、3倍以上に急増した訪日アメリカ人が感動する「日本の遺物」とは
訪日アメリカ人が10年で3倍以上に……
日本を訪れる外国人が止まらない。
2025年の訪日客は4270万人。過去最高を更新した。
なかでも勢いが目立つのがアメリカ人だ。2015年には年間約103万人だった訪日客は、2025年には約330万人。10年で3倍以上に増えた。
そしていま、アメリカの若者が最も熱い視線を送る旅行先の一つが日本だ。アメリカン・エキスプレスの旅行データでは、Z世代とミレニアル世代による日本への予約は2019年から1300%も増えている。
なぜ、それほど日本なのか。
円安だから。治安がいいから。アニメや忍者が好きだから。
もちろん、それもある。
しかし今回、20年ぶりに日本を訪れたアメリカ人の夫や、日本が大好きで何度も訪れているZ世代の話を聞いているうちに、別の理由が見えてきた。
彼らが東京で見ているのは、日本人が考える「日本らしさ」とは少し違う。
アメリカが実現できなかった未来。そして、アメリカが捨ててしまった過去。その両方が、東京には残っているのだ。
公共交通機関はボロボロ
「トイレに入ったら自動的に蓋が開いたよ!」
アメリカ人の夫がニコニコしながら出てきた。
「さすが日本、すごいテクノロジーだ」
日本人から見ると、そのくらいテクノロジーのうちに入らないだろう。
そもそもAI先進国アメリカでは、自動運転のタクシーだって走っている。宇宙開発でも世界をリードする。日本よりもっと先を行っているイメージがあるのではないだろうか?
しかし彼らの目には、なんでも買える自動販売機、地下鉄のホームドア、何度乗り換えても運賃を計算してくれるPASMO、時間通りに静かに発着する新幹線まで、すべてがニューヨークにはない先進的なテクノロジーとして映る。
なぜなら、テクノロジー大国アメリカでは、市民が日常利用する公共交通機関はボロボロだからだ。
例えばニューヨークの地下鉄は、エスカレーターもエレベーターも無い駅の方が多い。公衆トイレもまず見つからない。線路ばかりかホームにネズミが走っていることも珍しくない。
車社会というのはもちろんある。みんなが使う公共交通機関より、個人が自由に移動できる車という手段を優先したとも言える。しかし、市民の主要な足が地下鉄のニューヨークですらこうだ。
「世界を変える技術」を作る国では、短期的な大企業の利益優先で、回収に時間がかかるインフラは後回しになりがちだ。
市民の通勤を少し安全にする。駅にエレベーターをつける。電車を時間通り走らせる。そんな「毎日を少し楽にする技術」は、必ずしも優先されてこなかった。
だからアメリカ人の目には、東京が驚くほど未来的に見える。
驚いているのは、テクノロジーそのものではない。それが、普通の人のために使われていることなのだ。
ホームドアは「ただの柵」
実はニューヨークには、ホームドアに関して笑えないエピソードがある。
2022年、地下鉄ホームで市民が突き落とされて死亡する事故が発生した。そこで巻き起こったのが「東京も含め世界の地下鉄にはホームドアがあるのに、なぜニューヨークにだけないのか?」という論争だ。しかし交通局は「この街の地下鉄システムは、ほとんどが100年以上前のままなので、ホームドア設置は難しい」と反論。
そこで登場したのが、現在一部の駅で見られる金属製のフェンスだ。開閉するホームドアではなく、乗降口だけを空け、その間を柵で塞ぐ。いわば、世界標準のホームドアを簡略化した「苦肉の策」だ。
結局、ニューヨークがたどり着いたのは、ただの金属の柵だった。
これは長年公共インフラの更新を後回しにしたツケだ。
こうした車中心の社会とは違う暮らしを求めているのが、Z世代でもある。
公共交通の整った、車に依存しない街への憧れは、若者ほど強い。背景の一つに環境への意識がある。Z世代の85%が、もっと環境に優しい交通手段を増やすことが重要だと答えている。
彼らの目には、東京はアメリカが実現できなかった未来を実装した都市に見えている。
しかし東京の不思議さは、それだけではない。未来へ進みながら、古いものも残している。その奇妙な街の姿が、最もよく見える場所が渋谷だ。
タワーレコードが人気の理由
海外から東京に来る人に最も人気があるのが渋谷だ。
東京都の最新の調査では、訪都外国人の60%が渋谷を訪問。2022年から4年連続で、訪問先1位となっている。
夜のスクランブル交差点は、携帯でビデオ撮影しながら渡る外国人で溢れかえっている。
どの方向にも渡っていいという初めての体験に戸惑いながら、前から、斜めからくる人にぶつかりそうになりながら、彼らはカルチャーショックを楽しんでいる。
この近くにある人気スポットがタワーレコードだ。
アメリカで生まれたタワーレコードは、米国内の直営店舗は2006年に全店閉店した。CDからデジタルへの転換が早かったアメリカでは、同じ時期に大型店が次々に閉店している。
それが渋谷ではいまだに巨大な文化拠点として生きているのが、アメリカ人にとっては大きな驚きなのだ。ここでシティポップや日本語の帯付きの80年代洋楽レコードなどをお土産に買うのが人気らしい。
ディーン&デルーカも同じだ。ニューヨーク発の高級グロサリー・ブランドが、本国からは撤退したのに、日本では洗練されたライフスタイルとして生き延びている。
アメリカ人から見ると、それは奇妙で、少し切ない。自分たちの文化の亡霊が、東京で丁寧に保存されているように見える。
なぜアメリカ人はハチ公前で写真を撮るのか
もう一つ、彼らが渋谷で必ず訪れるのが、ハチ公の像だ。
像を取り囲むように行列ができている。ハチ公とツーショットを撮るためだ。
日本人にとっては、あまりに見慣れた像が、なぜ今人気なのだろう?
ハチ公を知るきっかけが、リチャード・ギア主演の2009年の映画『HACHI 約束の犬』だという人は多い。ただSNSや観光ガイドで見てきたという人もいる。愛らしい秋田犬がいつまでも飼い主を待ち続けるという物語が、国境を超えて人の心に届いているのだ。決して新しいとはいえない、人間と犬の物語。それが林立する高層ビルの影にひっそりと佇む。そのコントラストは、新しさの中に古さを静かに残す、東京という街を象徴している。
こうした風景に触れて、アメリカ人が感じるのはどこか懐かしい感情だ。
東京を歩いていると、自分たちの国が実現できなかった未来に出会う。そして、自分たちが捨ててしまった過去にも。
ホームドアのある駅。時間通りに来る電車。
今も巨大なタワーレコード。
高層ビルの谷間で、主人を待ち続ける一匹の犬。
アメリカが、もし別の道を選んでいたら、こんな世界もあったかもしれない。
彼らは東京を歩きながら、無意識にそう感じているのではないか。
だからこそ、「なぜかわからないけれど、日本が好き」という感情になるのだ。
【後編記事】『原宿、表参道、川崎にヴィンテージ・ファッションを求めて殺到……「日本の過去」を買い漁る訪日アメリカ人の深い価値観』へつづく。
