騒動は沈静化も…「佐藤二朗」と「橋本愛」に残る“見えないリスク” 今後のオファーは減る可能性も
議論が錯綜
俳優の佐藤二朗と橋本愛をめぐるハラスメント騒動は、少し前までは大きく報じられ、世間でも話題になっていた。しかし、ここ数日は新たな情報もなく、騒動は沈静化している。【ラリー遠田/お笑い評論家】
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【写真を見る】睡眠障害が悪化し、「抑うつ状態」と診断されたという佐藤二朗 憔悴しきった様子だった
問題の発端となったのは、2026年4月期に放送されたフジテレビのドラマ「夫婦別姓刑事」の撮影現場で起きたトラブルである。同作は、佐藤と橋本が夫婦でありながら職場ではその関係を隠している刑事コンビを演じる企画だった。
撮影中、佐藤が演技の流れで橋本の顔付近に触れたことをきっかけに、両者の間にあった深刻な認識のズレが明らかになったとされる。橋本側には身体的接触を伴う演技について一定の配慮を必要とする事情があり、制作側もそれを把握していたが、その情報が佐藤本人には共有されていなかった。

その後、佐藤が橋本の楽屋を訪れ、俳優を続けることの適否にまで踏み込む主旨の発言をしたことなどが問題視され、フジテレビが外部弁護士を交えて調査を行った。佐藤は発言の大筋を認めながらも、威圧的に怒鳴ったということについては否定し、自分の側から見た事実関係を説明している。
この問題が大きな話題となったのは、どちらか一方を単純な加害者、もう一方を被害者として整理することが難しく、議論が錯綜したからだ。
たしかに佐藤の発言自体は不適切だったように見えるが、その前段階には、共演者の演技にかかわる重要な情報が本人に伝えられていなかったという制作上の不備があった。表向きに明かされている情報だけから判断すると、2人のどちらかに非があるというより、制作側の対応に問題があった可能性が高い。
誰がどこまで悪かったのかという判断が分かれる中で、騒動は収束するどころか長期化した。SNSでは佐藤を一方的に糾弾する声と、橋本を批判する声がぶつかり合い、彼らの人格や俳優としての適性を裁く論争に変質していった。
だが、2人にとって本当に深刻なのは、世論による評価そのものではない。今回の騒動によって、両者とも今後の仕事のオファーが減ってしまう可能性があるということだ。
信頼性も重要
テレビドラマや映画の現場で主演級の俳優を起用する場合、制作側が求めるのは演技力や知名度だけではない。長期間の撮影を予定通りに完遂し、宣伝活動にも参加し、共演者やスタッフとの間に致命的なトラブルを起こさないという信頼性も重要である。
今回の騒動によって、佐藤には「感情が高ぶった際に、相手の立場や心理的事情を考慮せずに突発的な行動をしてしまう人物」という印象が残った。佐藤は、台本からはみ出す即興性や、独特の間、予測不能な言動を武器にしてきた俳優である。それは作品の中では魅力になるが、現実にも持ち込むとなれば話は変わる。
佐藤を主演に据えるということは、今後、演出上のアドリブや身体的接触について細かな確認を行い、共演者との意思疎通を慎重に管理しなければならないことを意味する。佐藤自身に悪意がなかったとしても、制作側から見れば、同様の問題が再発した場合に「過去の騒動を知りながら起用した責任」を問われる。そのため、佐藤でなければ成立しない役を除けば、よりリスクの低い別の俳優を選ぶという判断が増える可能性は否定できない。
一方、橋本にも別の意味で厳しい現実が待ち受けている。もちろん、橋本はこの騒動において何らかの非がある立場ではなく、配慮を必要とする側である。その事情自体を責められるべきではない。もともと撮影における身体的接触というのは、本人の同意や事前の打ち合わせを前提に行われるべきものだ。
しかし、芸能界のキャスティングは、必ずしも正義や公平性だけで決まるものではない。橋本を起用する際には、どこまでの身体的接触が可能なのか、恋愛関係や夫婦関係をどのように演じられるのか、共演者にどの段階で何を説明するのかといった調整が必要になる。たとえ橋本側が日常的な接触を全面的に拒否しているわけではなくても、一度騒動が起きた以上、制作側は通常以上に慎重にならざるを得ない。今回の一件によって、そのような先入観を持たれる可能性が生じたこと自体が大きな損失である。
特に恋愛ドラマや夫婦ものでは、俳優同士の親密な空気を作ることが求められる。現在はインティマシー・コーディネーターを導入する作品も増えているが、すべてのテレビドラマで十分な体制が整っているわけではない。
限られた予算と撮影時間の中で番組を作る現場では、細かな調整を必要とする俳優よりも、従来型の方法に柔軟に対応する俳優が優先されることがあるかもしれない。それが望ましい慣行であるかどうかはともかく、現実のキャスティングでは無視できない要素なのだ。
ただし、2人のキャリアがこれで終わると考えるのも早計である。彼らは主演級の俳優であり、ほかの人では代替できない強烈な存在感がある。一時的にオファーが減ることはあっても、長い目で見れば実力通りの評価を受けるようになる可能性が高い。
騒動によって遠回りを強いられたとしても、今回の経験を糧に現場との信頼を築き直すことができれば、2人はそれぞれの個性と演技力を武器に、再び唯一無二の俳優として歩み始めることができるはずだ。
ラリー遠田(らりー・とおだ)
1979年、愛知県名古屋市生まれ。東京大学文学部卒業。テレビ番組制作会社勤務を経て、作家・ライター、お笑い評論家に。テレビ・お笑いに関する取材、執筆、イベント主催など多岐にわたる活動を行っている。お笑いムック『コメ旬』(キネマ旬報社)の編集長を務めた。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり 〈ポスト平成〉のテレビバラエティ論』(イースト新書)、『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)、『松本人志とお笑いとテレビ』(中公新書ラクレ)など著書多数。
デイリー新潮編集部
