【レビュー】『スパイダーマン:ブランド・ニュー・デイ』地に足着いた、スパイダーマン映画の精神的集大成 ─ なぜだろう、歴代作品を思い出す

写真拡大

『スパイダーマン:ブランド・ニュー・デイ』は、マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)版『スパイダーマン』シリーズとして、最も地に足着いた作品である。前作『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』(2021)級の驚きと祝祭感を期待する観客にはどう映るかわからない。筆者にとっては、待ち望んでいた原点回帰だ。サム・ライミ版やアメイジング・スパイダーマン』シリーズぶりに、「スパイダーマンの映画を観ている」という充足感にもっとも満ちている。

MCU版『スパイダーマン』シリーズの過去作が浮き足立っていた……と言いたいわけではないが、ジョン・ワッツ監督の手がけた三部作、とりわけ『ファー・フロム・ホーム』(2019)と『ノー・ウェイ・ホーム』(2021)は、巨大ユニバースのクロスオーバーや、シリーズがマルチバース時代に突入する様を、スパイダーマンを通じて実況するようなところがあった。ジョン・ヒューズ監督作のような青春映画のトーンをヒーロー映画に導入したり、映画史に残る奇跡の共演を実現させたりした、これらの過去作は今も高く評価されるべきものだが、しかしスパイダーマン映画としての純度という点では、本作に軍配が上がる。

(C)& TM 2026 MARVEL

何しろ、あの『ノー・ウェイ・ホーム』の次回作である。巨大なサプライズによって作品を牽引した後の映画で、製作陣は何を目指したのか。プロデューサーのエイミー・パスカルによれば、その答えは「」だった。

これほど勇敢な決断はないだろう。シリーズが巨大化する一方、今回のスパイダーマンは、ただ一本のスパイダーマン映画であることに集中したのだ。本作にも大規模なアクションがあり、MCUキャラクターとのクロスオーバーがあり、将来への布石もある。それでも物語の焦点は、ピーター・パーカーとニューヨークの街からほとんど逸れない。『ノー・ウェイ・ホーム』のようなお祭り騒ぎのサプライズを越えようとするのではない。地に足を着けたままで、スパイダーマンの魅力を存分に引き出そうとする。

そして、その試みは鮮やかに成功した。

これまでのMCU版には意外にも欠けていた、ニューヨークの摩天楼でのスイングアクションに重心が置かれている。ライミ版と『アメスパ』からさらに進化した、あの臨場感たっぷりの疾走と浮遊を劇場で体感できる。

(C)2026 CPII. All Rights Reserved. (C)& TM 2026 MARVEL

ゲーム『Marvel's Spider-Man』シリーズからも影響を受けている。アクションデザイナーやスタントチームがゲームをプレイし、直接参考していたという。主演のトム・ホランドも、「フィニッシュムーブの多くは、ゲームから影響を受けています」と語っているほどだ。ちなみに劇中では、ゲーム版へのオマージュらしき演出も登場するので、『Marvel's Spider-Man』プレイヤーはきっと嬉しくなることだろう。

『シャン・チー/テン・リングスの伝説』(2021)でスーパーヒーロー映画に香港映画ルーツのカンフーアクションを持ち込んだデスティン・ダニエル・クレットン監督は、今作ではスパイダーマンの実践的なアクションにノウハウを応用。ジャッキー・チェン率いるスタントチーム監修という力強い協力を得ながら、シリーズ過去作ではあまり見られなかった、近接格闘におけるスパイダーマンの強さと軽やかさを肉体的に描いている。特にヤミノテ軍団との大立ち回りは、『マトリックス』(1999)や『グリーン・デスティニー』(2000)など、2000年頃のアクション映画が持ち合わせていた、ケレン味もありながらスタイリッシュな殺陣の系譜を感じさせる。

スパイダーマンの映画にとってアクションと同じくらい重要なのが、“親愛なる隣人”とニューヨークの人々との交流だろう。『スパイダーマン2』(2004)での電車のシーンや、『アメイジング・スパイダーマン2』(2014)ラストでスパイダーマンが帰還するシーン。拍手喝采を浴び、人々の規範になり、子どもたちの憧れになる。こうした描写はMCU版では比較的控え目だったし、むしろ前作『ノー・ウェイ・ホーム』では、スパイダーマンは街からの侮蔑の対象にすらなった。

しかし『ブランド・ニュー・デイ』で、スパイダーマンはニューヨークの親愛なる隣人として愛されている。街が息づいていて、市民の生活があり、その中にスパイダーマンが実在し、人々は空を見上げる。ある場面では、「街の人々」の存在を逆手に取った演出も光る。

予告編でも明かされている通り、MCUとの楽しいクロスオーバー要素ももちろん健在だ。あくまでもピーターから主役の座を奪わない形で、個性的なゲストたちが物語を盛り立てる。

ハルク/ブルース・バナーには『アベンジャーズ/エンドゲーム』(2019)後の状態について興味深い新たな解釈が与えられる。ハルクと化した姿で『アベンジャーズ』(2012)や『アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』(2015)以来とも言える圧倒的な破壊アクションを披露する。

一方、ブルースとしてピーターと向き合う場面では、力と知性を持ちながら、その扱い方に苦悩してきた人物ならではの説得力を見せる。同役を熟知したマーク・ラファロと、若く優秀な学生を演じるトム・ホランドの掛け合いは、『スパイダーマン2』における、まだ善良だったオットー・オクタビアス博士とピーターの交流を思わせる。

パニッシャー/フランク・キャッスル役ジョン・バーンサルとの共演シーンは、全てが純然な喜びだ。同じ世界観のニューヨークを主戦場としながらも、R指定の過激なバイオレンスアクションを披露してきたパニッシャーが、清く正しいスパイダーマンの映画の中で、心地よく見応えのあるミスマッチ感を演出している。

MCU版スパイダーマン映画には毎作メンター役が登場するが、パニッシャーはこの年下を相手に喧嘩も繰り広げながら、ヒーローとしての本分を理解し、彼の“流儀”も示してやる。演じたホランドとバーンサルは長年の共演仲間だ。なるほど劇中では、本当にキャラクター同士が同じ空間で息をしているような、生き生きとした2人芝居を見せてくれる。

(C)& TM 2026 MARVEL

何より驚かされたのが、MJ役のゼンデイヤ、ネッド役のジェイコブ・バタロンを含めた、トム・ホランドたちの成熟ぶりだ。“世界の孫”や“ネタバレ王子”と親しまれたホランドだが、本作での姿はピーター・パーカー役としてすっかりベテランとなった技を絶え間なく披露。変わらぬ愛嬌もありながら、世界にたった1人残された孤独、居場所のない不安、ヒーローとしての覚悟、抑えられない怒り、そして愛する人々を前にした時の、ふと優しい笑みに至るまで、心情を豊かに読ませるような完璧な芝居を運んでいる。パートナーでもあるゼンデイヤが演じるMJとのとある共演シーンでは、唸らされるほど見事なハーモニーを演出している。

(C)2026 CPII. All Rights Reserved.(C)& TM 2026 MARVEL

謎の役を演じるセイディー・シンクも、限られた情報のなかで強い存在感を放つ。彼女のキャラクターには、この人物でなければならない理由が用意されており、スタジオが詳細を伏せ続けたことにも納得がいく。将来への布石でありながら、本作の物語にもきちんと居場所を与えられているのが好印象だ。

『ノー・ウェイ・ホーム』のようなド派手なサプライズに頼らず、ほとんど正面突破で勝負する、力強く潔い映画である。孤独や自己否定などを内省する点は『サンダーボルツ*』(2025)にも通じるところがある。本作が最終的に選ぶ着地は、観客によって受け止め方が分かれるかもしれない。それでも、スパイダーマン/ピーター・パーカーの単独映画として、シリーズ屈指のアクションとドラマを提供していることは間違いない。「これが観たかった」と心から思えるものを、最高水準で届けるMCU映画だ。

過去作のスパイダーマンやヴィランが実際に集結した『ノー・ウェイ・ホーム』が、人物と世界を一堂に会した集大成だったとすれば、『ブランド・ニュー・デイ』は、歴代作品の精神を受け継いだ、別種の集大成である。サム・ライミ版で描かれた能力の喪失や暴走、アイデンティティの葛藤。『アメイジング・スパイダーマン』での、痛みを引き受ける責任と覚悟を内包する、どこかヘヴィなトーン。さらに、ゲーム『Marvel's Spider-Man』にインスパイアされたウェブアクションとフィニッシュムーブの美学。コスチュームのデザインも、ピーター2&ピーター3版へのオマージュがなされているという。視覚と、テーマ性と、アクションにおいて、ゲーム版を含む全てのスパイダーマン作品のさりげない要素が、不思議と重なって見えてくる。

(C)2026 CPII. All Rights Reserved. (C)& TM 2026 MARVEL

べつにノスタルジーやオマージュを押し出しているわけでは、まったくない。過去作の名前やイメージを直接引用してわかりやすい感動を狙うのではなく、長年の間にファンの心に積もっていたスパイダーマン映画の精神性やメッセージが、観る者の中で自然と再現される。

今回のスパイダーマンは、マルチバースを接続する案内役でも、MCUの次なる展開へ観客を運ぶための繋ぎ役でもない。紛れもなく、スパイダーマン映画のただ一人の主人公として、観客の期待をクモ糸一本で引っ張り上げている。前作のサプライズ規模を更新しようとせず、ユニバースの都合に物語を従わせてもいない。ただ純粋に、かっこよくて、優しくて、共感できるスパイダーマン/ピーター・パーカーを堂々と描く、親愛なる原点回帰作。本作を「地に足着いている」と呼ぶのは、そういう所以である。

『スパイダーマン:ブランド・ニュー・デイ』は公開中。