鋳物ホーロー鍋「バーミキュラ」で知られる愛知ドビーが、ブランド初となる包丁「バーミキュラ キッチンナイフ」を発売した。同社の鍋を愛用するプロの料理人たちのリクエストから生まれた商品というが、ほかの包丁と一体何が違うのか。土方邦裕社長に開発の裏側を取材した――。
撮影=高須力
「VERMICULAR KITCHEN KNIFE(バーミキュラ キッチンナイフ)」3万4980円 - 撮影=高須力

■バーミキュラの鍋の強みは密閉性

バーミキュラは1936年創業の老舗鋳造メーカー・愛知ドビーが2010年に立ち上げたブランドだ。「手料理と、生きよう。」をスローガンに、密閉性の高い鋳物ホーロー鍋を軸として展開してきた。土方氏は鍋の強みをこう語る。

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バーミキュラブランドを展開する愛知ドビー代表取締役社長 土方邦裕氏さん - 撮影=高須力

「バーミキュラの鍋にはいくつかの特徴があります。まず密閉性です。本体と蓋が0.01mmレベルで密閉できます。これは他製品にはない大きな特徴の1つです」(土方氏)

■プロの料理人も支持する理由

蓄熱性が高い鋳物ホーロー鍋としてはフランスのル・クルーゼやストウブが有名。バーミキュラのオーブンポットも基本的には同じタイプの鍋だが、高い精密加工技術に基づく圧倒的な密閉性が魅力だ。この密閉性の高さにより無水調理や野菜からでる水分を活かした調理ができ、それが美味しさに繋がっている。

さらに、鋳物による蓄熱性の高さや、ホーロー加工では有害物質であるカドミウムを使わずにさまざまなカラーバリエーションを実現する点、2010年の製品化当初から続くリペアサービスなどもバーミキュラの魅力だ。

提供=愛知ドビー
バーミキュラの鋳物ホーロー鍋「オーブンポット2」(1万5730〜3万9930円)。14〜26cmのDeepと、18〜26cmのShallowを用意。初代モデルより約30%の計量化を実現している - 提供=愛知ドビー

「鋳物は悪くならないので、落として割らない限り一生使えます」(土方氏)という言葉どおり、バーミキュラは道具として長く付き合えることを前提に作られてきたブランドなのだ。

バーミキュラの実力は家庭だけでなく、プロの料理人から支持されている点で証明されている。都内の飲食店を食べ歩くと、バーミキュラに出会うことが少なくない。名だたる飲食店の厨房で、ごはんを炊いたり、おかずを調理するのに使われているのだ。

「バーミキュラはホーロー加工されています、それが食材の風味を邪魔しません。匂い移りもないし食材との反応がないんです」(土方氏)

■ガス炊きでも失敗しない「ライスポット」

ホーローとは金属製品の表面にガラス質の釉薬を吹き付けて高温で焼き付ける技術。臭いや味が金属に移るのを防ぎ、さらに蓄熱性が高く、サビに強いなど多くのメリットがある。

バーミキュラの名を一躍広めたのが、2016年発売の炊飯器「バーミキュラ ライスポット」だ。専用に開発した鋳物ホーロー鍋と立体加熱ができるポットヒーターの組み合わせでごはんが失敗なく炊ける仕組み。もともと、バーミキュラの鍋で炊くごはんが美味しいが、ガスだと失敗することも多い、という声に応えて生まれた製品。ごはんだけでなく、多彩なおかず調理もできる。

「バーミキュラライスポット」は発売から10年が経つが、その完成度の高さは今なお色褪せない。鋳物ホーロー鍋と加熱部のポットヒーターという組み合わせのため、保温機能はないが、電気炊飯器というカテゴリーの中ではいまでも、炊きたての美味しさでトップクラスなのだ。

「ライスポットには、ゴム部品などが一切ないんです。一般的な炊飯器はゴムの部品だとかプラスチックだとか、色々な部品がついているので、樹脂部品の匂いがお米に移っちゃう」(土方氏)

便利家電ではなく、あくまで「道具」

さらにライスポットも高い密閉性を実現している。「0.01mmの密閉性で香りや旨味を閉じ込めるから、いい香りが立つし食材にその香りが残るので美味しくなる」(土方氏)。鋳物の重たいふたで密閉することによって圧力がかかるため、ごはんの炊き上がりがふっくらするのだという。

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ボタンひとつで失敗なくごはんが炊ける「バーミキュラ ライスポット」(9万5370円)。5合のごはんが炊ける3.7Lタイプ。無水料理なども可能。3合炊きの2.1Lタイプ(ライスポット ミニ、7万7440円)も用意 - 提供=愛知ドビー

炊飯においては、ガス火が優れていることは一般的に知られているが、土方氏はその理由を「立体加熱」という言葉で説明する。「ガス火と底加熱のIHを比較すると、ガス火の方が料理が美味しくできることが分かっていて、それはガスが側面からも熱が加わる立体加熱だからなんです」(土方氏)

ライスポットは上部だけでなく側面にもヒーターを配置することで、この立体加熱を電気で再現し、料理人も認める美味しさを実現している。発売から10年を経ても色褪せない魅力について、土方氏はライスポットを便利なだけの家電ではなく、あくまで「道具」であることにこだわりがあると語る。

「調理・料理をするための道具であることが大事だと思っていて、便利家電ではなく、道具をリリースしていきたいという思いがあります」(土方氏)

■トップシェフからの依頼で始まった開発

この思想が、新たに発売した「バーミキュラ キッチンナイフ」にもそのまま貫かれている。

きっかけは、バーミキュラの鍋を愛用する料理人たちの声だった。プロの料理人が使う鋼の包丁は食材の香りや旨味を損なわない一方で、錆びやすいという弱点を抱えている。しかし、ステンレスの包丁は錆びには強いが、切れ味では劣る。また、少しでもサビが出ると金属臭が移って食材のいい香りが消えてしまうこともある。和食や寿司を手がける職人ほど、この差に敏感だという。

「そういうトップシェフたちは必ずといっていいほど鋼の包丁を使っているのですが、鋼だけど錆びない包丁をバーミキュラで作ってほしいという依頼を約7年前からいただいていました」

鋼の包丁は、切った瞬間から錆び始めるほどデリケートだ。だからこそトップシェフは使うたびに刃を拭くのだが、それでも刃先には少しずつ錆が浮く。これを落とすには錆取り剤で磨くしかなく、研ぎと合わせて刃はどんどん薄く、短くすり減っていく。問題はここに、職人の高齢化による人手不足が重なることだ。

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プロの料理人が使うような包丁を作る職人が減っていると語る土方氏 - 撮影=高須力

■畑違いの包丁を作るための「相棒」

例えば和食の職人が握る長い柳刃包丁は一本ずつ手作業で仕上げられるため、新調しようとしても納期は7年から10年に及ぶという。つまり、今使っている一本が錆と研ぎですり減って寿命を迎えたとしても、次の一本はすぐには入手できないのだ。

「納期が長くていつまでも手元から包丁がなくなってしまう。彼らにとってそれが一番の問題なんです」(土方氏)

切れ味と引き換えに、道具そのものが手に入らなくなるリスクを職人たちは抱えていたわけだ。そこでバーミキュラでの包丁開発が始まった。

とはいえ、バーミキュラの鍋に使う鉄と包丁に使う鋼は異なるため、自社製造は考えなかったと土方氏は語る。

「うちは鋳造メーカーなので全然違うんです。鋳鉄はカンタンに説明すると鉄にカーボン(炭素)を3%以上入れて造形しやすくして、工業系の部品に使われます。包丁には向かないんです」

鋳物と刃物とでは、そもそも素材となる金属の作り方から異なる。そこで協業相手として声をかけたのが、愛知県犬山市に本社を置く名古屋特殊鋼株式会社だった。もともと、土方氏と名古屋特殊鋼の会長との間には、個人的なつながりがあった。約5年にわたり材料探しを続けてきた土方氏に対して、名古屋特殊鋼の技術者たちが持ち込んだのが「粉末金属工法」というアイデアだった。

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粉末の金属を常圧で圧縮。ステンレスの特性と鋼の切れ味を両立させた - 撮影=高須力

■切れ味が良い+研ぎやすい+錆びにくい

これは金属を溶かして固める一般的な「溶製法」とは異なり、金属を粉末状にしてからプレス機で数トンの圧力をかけて焼き固める製法だ。これにより、通常は両立しない「鋼の切れ味」と「錆びにくさ」を両立させることに成功した。

「一般的に、ステンレス素材はカーボンの割合が1.2%以下で、クロムが10%以上のものをいいます。今回開発したキッチンナイフはクロムも10%以上入ってるんですけど、カーボンも2%以上入っているのが大きな特徴です。これが鋼と言われる部分になります。だけども錆びないんです」(土方氏)

こうして生まれた特殊刃材が「VPS(粉末耐食耐摩耗合金)」だ。もともとは過酷な環境に耐えるために開発された金属にキッチンナイフ用の特殊な熱処理を加えたもの。高い靭性(粘り強さ)と耐摩耗性、耐食性を備えている。この特徴により、鋼の切れ味の良さとメンテナンス性(研ぎやすさ)に加えて、ステンレスのような錆びにくさと使い勝手の良さを両立しているのだ。

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プレスによって作り出したブロック材を包丁の形にカットしてスライス。表面を研磨して厚みを調整した後、1本ずつ刃付け(刃先研磨加工)していく - 提供=愛知ドビー

■「切ると美味しくなる」驚きの結果

実際にトマトや鶏肉を切ってみたが、その切れ味の良さに驚かされた。トマトはほとんど力を入れることなく、薄切りにでき、鶏もも肉は皮面を上にした状態ですっと切ることができた。

筆者も発表会の後、1カ月ほど使い続けているが切れ味の良さは変わらない。すっと引くだけで食材が切れるので使い勝手がいい。

ステンレス包丁との違いで感じるのはやや重いこと。同じ刃渡りのステンレス包丁が約130gだったのに対して、バーミキュラは約196g(実測値)あった。この重さが切れ味にも繋がるのだが、若干慣れは必要に感じた。

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トマトにすっと刃先が入って行く。引くだけで包丁の重さで切れていく。力を入れなくていいのでコントロールしやすい - 撮影=高須力

さらに驚かされるのが、バーミキュラ キッチンナイフで食材をカットするとより美味しくなるという実証結果があることだ。バーミキュラ キッチンナイフと鋼の包丁、ステンレスの包丁で、トマトやローストビーフ、マグロをカットして味覚センサー「レオ」で調査・比較したところ、いずれの食材でも「コクがあり、美味しくなる」という結果が出たという。

これは切れ味の良さにより食材の細胞が壊れにくいことや、サビが発生しにくいことで金属臭が食材に移りにくい点など、複数の要因によるようだ。

■3万4980円は高いか、安いか

「弊社のスタッフが自分たちで切って食べ比べてみたところ、8割以上が違いを感じられた」(土方氏)そうだ。その差は数値だけでなく体感できるという。

人の味覚をAI技術で再現する味覚センサーレオによるとすべての項目でバーミキュラ キッチンナイフが高い結果となった。繊維がつぶれずに切れていることも大きな要素だ(提供=愛知ドビー)

バーミキュラ キッチンナイフは握りの部分にもバーミキュラらしさが息づいている。ハンドルには鍋と同じ薄肉鋳造技術による鋳物ホーローを採用した。「ウッドだと腐食して、ガタガタになってきたりして不衛生」という料理人からの要望に応え、同時に食器洗浄機や乾燥機にも対応する扱いやすさを実現している。

刃渡り165mmの三徳包丁が3万4980円という価格は一見高く感じるかもしれない。しかし、5万円以上の製品が多いプロユースでも使える鋼の包丁、と考えると話は変わってくる。切れ味の良さやメンテナンス性、使い勝手の良さを考えたらかなりお得なのだ。

今回発売されたのは刃渡り165mmの三徳包丁のみだが、プロのための包丁の開発もすすめているという。

■社長「柳刃とペティも欲しい」

「トップシェフたちに『柳刃包丁を作ってよ』といわれるので、今使われている柳刃包丁を名古屋特殊鋼に持ってきてもらって3Dスキャンして研究を進めています。柳刃とペティは欲しいですよね」(土方氏)

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開発中だという柳刃包丁について語る土方氏。プロの料理人に向けて購入しやすい価格帯を考えているという - 撮影=高須力

和包丁特有の片刃で裏側が反った裏すき構造を機械加工で精度高く再現するプロ向けの柳刃包丁は、一般発売は未定ながら、今期中の実現を目指している。

「素晴らしい素材と出会えていいものが出来上がったのでキッチンナイフをホーロー鍋と並ぶ事業の柱としていろいろ展開していきたいと考えています」(土方氏)

6月3日の発売直後は注文が殺到。納期は1カ月待ちになるほどだったという。7月末に解消し、その後は店頭などでもスムーズに購入できるようになるようだ。さらに8月1日からは公式での「バーミキュラ キッチンナイフ研ぎ直しサービス」もスタートしている。オンライン申し込み(送料込み3300円)の他、一部店舗への持ち込みも可能。バーミキュラ フラッグシップショップ(愛知・名古屋/東京・高輪)ではスタッフによる無料での研ぎ直しサービスも実施する。

土方氏の視線は海外にも向いている。海外ではステンレスの包丁がほとんどで鋼の包丁はほとんど普及していないという。だからこそ、ホーロー鍋と一緒に鋼の切れ味と錆びにくさを両立した包丁を、日本のものづくり文化とともに世界へ発信していく構想だ。

鋳物ホーロー鍋を10年かけて磨き上げてきたバーミキュラ。次の10年の成長を担うのは他にはない独自の技術を集約した包丁になりそうだ。

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コヤマ タカヒロ(こやま・たかひろ)
デジタル&家電ライター
1973年生まれのデジタル&家電ライター。家電総合研究所「カデスタ」を主宰。大学在学中にファッション誌でライターデビューしてから約30年以上、パソコンやデジタルガジェット、生活家電を専門分野として情報を発信。家電のテストと撮影のための空間「コヤマキッチン」も構える。企業の製品開発やPR戦略、人材育成に関するコンサルティング業務も務める。
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(デジタル&家電ライター コヤマ タカヒロ)