「手取り15万円」45歳息子を養い、年金18万円が消えていく…老後破綻に怯える70歳母が泣き崩れた"予想外の言葉"

■月18万円の年金があっても消えない不安
70歳の女性Aさんは、月18万円の年金で暮らしていますが、そのほとんどが45歳の息子との生活費に消えていっています。このままでは、親子の家計の破綻する日はそう遠くはありません――。
Aさんは、10年前に夫を亡くし現在は一人息子(45歳)と夫が残した戸建て住宅に2人で住んでおり、自身の年金と遺族年金をあわせて、月に18万円ほどの収入があります。
長年、スーパーマーケットのパート社員として働いてきたのですが、コロナ禍以降、体力が落ちて疲れが取れなくなっていたところに、職場の人手不足でシフトが増え、肉体的にも精神的にも負担が限界に達していました。
立ち仕事のために持病である腰痛や膝痛も悪化しており、医師からも「無理をしないように」と伝えられたことや70歳という区切りもあり、辞めることを決心しました。
ですが、Aさんには気にかかることがあります。
■氷河期世代の一人息子に頭を悩ませる
年老いていく自分の身体のことも心配ですが、同居している息子のこと、そしてこれからの生活のことなどです。
特に“お金”のことに関しては頭を痛めています。
Aさんは短大を卒業後、就職はせずに「花嫁修業」という名の家事手伝いをし、22歳の時にお見合い結婚で5歳年上の夫に嫁いだ後は、専業主婦として長年夫に仕えてきました。夫が生きている間はお金の苦労などしたこともなく、一人息子も私立大学に通わせ、楽しく明るい家庭を築いてきたつもりでした。
スーパーのパートを始めたのはおよそ20年前。自身も50代になり、少しでも老後のゆとりになれば、と思って始めたのがきっかけです。ですが、このパート収入も夫が亡くなって以降は、重要な収入源になっていたのです。
Aさんには契約社員として倉庫で仕分け作業をしている45歳の一人息子がいます。ちょうど「就職氷河期」の世代で、希望する企業には就職することはできませんでしたが、それでも正社員として社会人のスタートを切ることができました。
ですが、自分の希望する企業や業種でなかったこと、職場の雰囲気も合わなかったこともあり、わずか2年で退職してしまいます。
その後は長引く不況やこれといった特技や資格もなかったこともあって、転職活動もうまくいかず、非正規雇用を転々とする生活を送り、気が付けば45歳という年齢になっていました。
■「お父さんが生きていれば」とため息
大学卒業後に希望する仕事に就けなかったことが長年の負い目となったのか、自分に自信もなくしたようで、恋愛にも消極的で結婚にも縁がありませんでした。収入も手取りが15万円程度と、とても家族を養っていける状態でもないため、親としてもお見合いをすすめることもできなかったそうです。
それでも少ない収入の中から毎月3万円を食費として家に入れてくれていますが、生活のほとんどはAさんの年金とパート収入に頼った生活を続けていました。父親が定年退職した時の退職金や保険金もありましたが、住宅ローンの清算や屋根や水回りの修繕、父親の医療費などで、それほど多くは残ってはいません。
今後パート収入がなくなると、1カ月の収入は年金と息子からの3万円を合わせて21万円。一方、1カ月の支出は20万円と家計はギリギリです。

息子に頼ることもできないまま70代を迎えたAさんは「もし、自分が寝込んでしまったら、私たちの暮らしはどうなるのだろう……」と不安を抱える日々を過ごしています。
ほとんど会話もない一人息子には「母さんは足も痛いし、もう仕事は辞めることにしたわ」とだけ、夕食の時に伝えましたが、息子は「うん」と答えたきりで、自室に閉じこもってしまいます。
Aさんは、そんな息子にも不満を感じ、「なんでこの歳でこんな思いをしなければならないのだろう。お父さんが生きていれば……」とため息をつくのでした。
■やつれた76歳の叔父を見て改心した息子
そんなある日、Aさんの兄(76歳)が介護施設に入った、と連絡が入ります。Aさんと息子は、2人で兄の様子を見に行きました。妻を亡くして以降、元気のない兄でしたが、しばらく会っていない間にずいぶんとやつれた姿になっており、Aさんは兄のそんな姿を見て、自分の将来の姿を想像してしまいました。
Aさんの兄の入居した施設は、まだ新しく小綺麗で、働いている人たちは年代も幅広く、廊下ですれ違っても全員が笑顔で挨拶をしてくれるなど、誰もが優しく快活なイメージの施設でした。Aさんは「私も将来はこんな施設に入りたいけど、そんな余裕はないわ」と心の中でつぶやきました。

兄の部屋を出たあと、2人は廊下で、Aさんの息子と同じ年頃の職員が車いすの入居者から「いつもありがとうね」と声をかけられている姿を見ました。
入居者は嬉しそうに笑い、職員も自然に笑い返していました。その光景を見た瞬間、息子は胸の奥が熱くなり、「自分も誰かの役に立てる仕事をしてみたい」と初めて思ったといいます。
兄の施設から戻って2カ月ほど経った頃、Aさんはほとんど会話のない息子から突然、次のように告げられます。
■「自分が母さんを支えたい」の言葉に涙
「給料も上がらず、将来も見えない。母さんには申し訳ないと思いながら、どうしていいのか長い間ずっとわからなかった。おじさんの施設で、自分と同じ年頃の人が頑張って働いているのを見て、人の役に立つ仕事をしてみたいと思った。遅いかもしれないけれど、これからは自分が母さんを支えていきたい」
自分以外の人間などには無関心だと思っていた自分の息子でしたが、実は当の本人はこれまでの長い間、悔恨に苦しみ続けており、母親の老いに直面したことで変わることを決心したようです。
Aさんは、思わず、その場に泣き崩れたそうです。
介護職は未経験から始められ、資格を取れば収入も安定します。体力や夜勤勤務が可能かなどの課題はありますが、45歳からでもキャリアを築ける数少ない職種のひとつです。
息子さんが働けば、親子の家計は安定し、母の老後の不安も軽くなります。同居を続けるにしても、別居を選ぶにしても、息子が自分の役割を持つことが家計を再建させる第一歩になります。
その後、Aさんの息子さんは、自宅から車で20分ほどの介護施設で働き始めました。積極的に夜勤も嫌がらずに働き、毎月の手取りは10万円以上も増えました。時間があれば勉強も行っており、以前のように飲みに行ったりゲームなどにお金を使ったりすることもほとんどなくなりました。

■定年後の医療費の平均額は「1633万円」
老後の家計が破綻しやすい最大の理由は、医療費と介護費が後半に集中することです。
Aさんの家庭は、危ういところで助かった感がありますが、このままの家計収支が続けば、親子で共倒れになっていたかもしれません。老後の生活は、後半に医療費や介護費の負担が大きくのしかかり、病気になったり介護に入ったりすると、家計の負担は一気に襲ってきます。
厚生労働省が発表した令和5年度医療保険に関する基礎資料「生涯医療費」によると、1人当たりの生涯医療費の平均額は2966万円で、その中で、定年退職後(65歳以降)にかかる医療費の平均額は1633万円に達しており、生涯医療費の半分以上を占めていることがわかります。
介護にかかる実際の負担は、
・要介護度
・住んでいる地域
・所得による自己負担割合(1〜3割)
などで大きく変わりますが、生命保険文化センターの「生命保険に関する全国実態調査(2人以上世帯)」(2024年度)によると、介護費用は、
・毎月の費用が平均約9万円
介護を行った期間は平均55カ月(4年7カ月)となっており、これらのデータによる総額の自己負担は1人あたり約540万円となります。
※公益財団法人 生命保険文化センター「2024(令和6)年度 生命保険に関する全国実態調査」
■お金だけでなく家事分担や思いやりも大切
高齢化が進む日本では、社会保障費の問題が年々大きくなっているので、元気なうちは働き続けることも大事ですが、健康に留意して病気にならない身体づくりも重要です。介護職は大変な仕事で、離職する人ももちろん多いのが実情ですが、Aさんの息子さんは、自分の人生をやり直すためにかなりの覚悟を持って挑まれたのだと思います。
もちろん、介護職が唯一の答えではありません。
自分自身の性格や体力に合う仕事を探しながら、少しずつ収入を増やしていくことが、親子の家計を安定させる第一歩となります。そのためには“副業”や“週末アルバイト”といった手段もあるでしょう。
他にも、住まいが広すぎるようであれば、介護に適した小さな住まいに移り住むことも選択肢の一つとなります。
血のつながった親子が同じ屋根の下で暮らし続けるのは、簡単そうで実はとても難しいところもあるため、お金の問題だけでなく、家事分担や会話、お互いの思いやりなどにも心がけて助け合っていく必要があります。

親子が協力し合い、できることから一歩ずつ進めば、老後の家計は必ず立て直せます。大切なのは、諦めないことです。
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川淵 ゆかり(かわぶち・ゆかり)
ファイナンシャルプランナー
川淵ゆかり事務所代表。1級ファイナンシャル・プランニング技能士。国立大学行政事務(国家公務員)後にシステムエンジニアとして、物流・会計・都市銀行などのシステム開発を担当。その後FPとして独立し、ライフプランやマネープランのセミナーのほか、日商簿記1級、CFP、情報処理技術者試験の合格経験を活かして、企業や大学での資格講座・短期大学や専門学校での非常勤講師としても勤める。
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(ファイナンシャルプランナー 川淵 ゆかり)
