小島智信被告

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“伝説のかけ子”

 2022年10月から23年1月にかけて立て続けに発生した、いわゆる「ルフィ広域強盗事件」。組織の幹部がフィリピンの収容所から指示を出し、実行犯が日本各地で凶行に及ぶ異様な手口が衝撃をもたらした。死者を出すに至った凶悪事件の全貌に迫ったのが『檻の中のルフィ 闇バイトを生んだ者たち』(講談社)だ。著者のノンフィクションライター・栗田シメイ氏が、謎のベールに包まれた組織の幹部や、“伝説のかけ子”と呼ばれた女性メンバーへの独占取材の裏側を明かした。【高橋ユキ/ノンフィクションライター】(全2回のうち第1回)

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 発生当初から事件に強い関心を抱いていたという栗田氏が、本格的に取材へと動き出したのは24年3月のことだった。きっかけは、当時取材していたテレビ局記者からの一言だという。

小島智信被告

「犯行グループの中に“伝説のかけ子”を自称する女性がいて、“彼女が小説を書いているから読んでみないか”と言われたんです」(栗田氏の発言。以下「」内同)

 その女性こそ、本書の1章、2章の扉を飾る“小説”の書き手、山田李沙受刑者だ。弁護士を介して手紙のやり取りが始まったが、そこには犯罪組織内の人間関係、優劣や敵対心が生々しく綴られていたという。

「事件取材で手に入れた情報って、人間の業がすごく出るものだと思っているんですが、ここまで出ているものはなかなかないなと」

 さらに栗田氏は、フィリピンの入管施設であるビクータン収容所のなかで事件を主導したとされる幹部(今村磨人被告、渡辺優樹被告、藤田聖也被告、小島智信被告)のうち、公判が開かれた藤田・小島両被告の裁判員裁判を傍聴。同時に小島被告への直接取材を行い、犯罪の実態から組織内の人間模様までも描き出した。

「無駄な手紙が一通もない」

 身柄を拘束されている山田受刑者と小島被告への取材を続けてきた栗田氏。凶悪事件の被告たちへの取材には、事実関係の確認をはじめ様々な苦労が伴ったという。実際、山田受刑者との往復書簡は最終的に400枚を超えた。

「彼女は書きたいことを書くタイプの受刑者だったんです。質問の意図を汲んでくれる時もあれば、そうでない時もある。僕はもともと取材対象者に同じことを何度も聞くんですが、彼女には同じことを5回くらい聞くようにしていました」

 彼女はグループのボスとされる渡辺被告に心酔し、逮捕以降も、捜査に非協力的だった時期が長く続いた。「これは大変な仕事になるな、ということは事前に分かっていた」が、その想像をはるかに超える苦労があったと振り返る。

「弁護士の協力がなかったら、途中でやめていたと思います」

 対照的だったのが小島智信被告とのやり取りだ。便箋の数は200枚前後で、山田被告と比べて少なめだが「無駄な手紙が一通もない」のだという。本書には、組織の資金管理からPC調達、部屋のレイアウトまで一任されていたという小島被告の実務能力の高さが随所に描かれる。実際に裁判においても、証言の記憶力とディテールの緻密さは際立っていた。

 そんな小島被告への拘置所取材で栗田氏が差し入れていたのは、主に甘い食べ物だったという。小島被告のリクエストによるものだった。

「甘いものがすごく好きなんですよね。フィリピンの収容所でも甘いものを食べてたという話を聞いていたのですが、差し入れもスイーツの割合が多かったです」

「ナンバー2だと自分の特性が生きる」

 驚かされたと振り返るのが、小島被告の読書傾向だ。“ルフィ”、“三橋”など、組織のメンバーはいわゆる少年漫画的なネーミングを好んだが、小島被告本人が愛読していたのは高校生の恋愛を描く漫画や、女性の内面を描く小説だったという。差し入れた本屋大賞受賞作にも深く共感していたという。

 一方でノンフィクションを“ほぼ読んだことがない”と語っていた小島被告に、自宅にある書籍を何冊も差し入れたところ、“刺さった”と絶賛していたのが、水戸の上申書殺人事件の全貌を暴いた『凶悪―ある死刑囚の告発』だった。

「どこが面白かったか尋ねると、原稿の書き方や描写に至るまで非常に細かく感想が返ってくるので、私自身はかなりびっくりしていました。そいうところにも、彼の性格がものすごく出ているな、と」

 書籍の感想と同様に、小島被告の細かさを感じさせられたことが別の場面でもあった。

「犯罪の内容を含めて、一見すると物凄く粗野なんですけど、真逆に思えるような感性を持っていて。面会もこれまで50回近くに上りますが、“今日で何回目ですね”と正確に数えている。とにかく細かいんですよ」

 小島被告は自身を「ナンバー2の立場だと自分の特性が生きる」「総務のおじさん」と評する。栗田氏も小島被告について、表舞台に立つタイプではなく、組織の縁の下の力持ち的存在だったと見ている。「縦割りの会社だったら、犯罪組織でなくても意外とうまくやっていたかもしれない」というのが率直な感想だ。

 そんな小島被告のもとには複数の取材依頼が舞い込んでいたが、なぜ栗田氏を選んだのか。本人には直接確認していないというが、栗田氏はこう推測する。

「新聞やテレビはここまでしか報道しない、逆に雑誌やウェブで報じる記事の内容はもう少し自由度が高い、ということを理解していたと思うんですよね。いろいろ計算したのだと思います」

 弁護士への1年越しの粘り強いアプローチも功を奏し、弁護士側から「この人でいいと思うよ」という後押しがあったとも語る。

“事件の全貌解明”ではなく

 とはいえ、書籍が完成し、拘置所の小島被告のもとに届いたと知ったとき、栗田氏はいささか身構えたという。家庭環境など、プライベートに深く踏み込んだ内容も多く書いているからだ。

「罪のなすりつけ合いや責任転嫁の部分も全部書いているので、何か言われるかなと思っていた」

 しかし苦言が返ってきたのは、家庭環境に関する記述についてのみ。事件の核心部分の描写については“むしろ、大変だったんじゃないですか”と労いの言葉さえあったという。

 そんな本書では、フィリピン側の幹部が特殊詐欺組織を構築し拡大させてゆくプロセスや、摘発によってビクータン収容所に移り、“新たな収益”獲得のため広域強盗に乗り出すまでの背景など、フィリピン側の実態が事細かに綴られている。とはいえ、特殊詐欺に関与していた者たちへの取材で困るのが、その証言の取り扱いだ。いわゆる“詐欺師”たちの証言をどう裏取りしたのか。

「かなり大変でしたし、100%できているとは僕自身思っていないんです。というか100%はもう絶対に無理だと」

 裁判の証拠調べでさえ、テレグラムの復旧データやエクセルの記録、そして重い口を開いた関係者らの証言が頼りだったという実情がある。栗田氏は取材対象者に同じ質問を何度も繰り返し、他の関係者への丹念な裏取りを重ねながらも、そもそもの執筆の目的を「事件の全貌解明」ではなく「事件の渦中にいた人間が何を考え、どんな心理状態で犯行に及んだかを描くこと」に置いたと明かす。

「だから被告の生い立ちや、フィリピンに渡ってからの動向、末端のかけ子にまつわるエピソードも、本作にはかなり細かく入れています」

 600枚超の資料と格闘した校閲作業には、通常より大幅に長いスケジュールが組まれた。「資料を渡されたら、絶対やりたくないと思いますよ」と栗田氏は笑うが、その執念こそが本作のリアリティを支えている。

 後編【「闇バイト」という言葉の発案者は私です…「ルフィグループ」元最高幹部が明かす組織の実態 「50万円で売られてくるホストの女性客」「はした金で手なずけた弁護士」も】では、幹部たちの“金の使い道”や、フィリピンという国が犯罪をどう助長したのか、そして今なお増え続ける“闇バイト”の構造的な問題に迫る。

 さらに、「新潮QUE」で公開中の関連記事【音声あり ルフィ事件の裏側、話します。『檻の中のルフィ 闇バイトを生んだ者たち』】では、栗田シメイ氏と高橋ユキ氏の対談音声のフルバージョンを公開中。新時代の犯罪組織「ルフィグループ」の闇について、さらに深く詳しく掘り下げている。

栗田シメイ(くりた・しめい)
ノンフィクションライター。1987年、兵庫県生まれ。広告代理店勤務、ノンフィクション作家への師事、週刊誌記者などを経てフリーランスに。南米・欧州・アジア・中東など世界40カ国以上でスポーツや政治、経済、事件、海外情勢などを幅広く取材する。 著書に『コロナ禍を生き抜く タクシー業界サバイバル』『ルポ 秀和幡ヶ谷レジデンス』。新著『檻の中のルフィ 闇バイトを生んだ者たち』が発売中。

高橋ユキ(たかはし・ゆき)
ノンフィクションライター。福岡県出身。2006年『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』でデビュー。裁判傍聴を中心に事件記事を執筆。著書に『木嶋佳苗劇場』(共著)、『つけびの村 噂が5人を殺したのか?』、『逃げるが勝ち 脱走犯たちの告白』など。

デイリー新潮編集部