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 ◇セ・リーグ 阪神2―4巨人(2026年7月24日 甲子園)

 甲子園には「あと1球」コールが響いていた。1―0の9回表、2死三塁。阪神・才木浩人は4番ボビー・ダルベックに対していた。ストライクと2球で追い込み、フォークをファウル。高め速球の釣り球(見せ球)を2球見送られ、2ボール2ストライクからの勝負球だった。

 4球目の「あと1球」となるフォークは内角寄りベルト付近と甘く、ライナーとなって左中間スタンドに吸い込まれた。

 観衆は今季最多4万2647人。猛虎ファンの悲鳴とため息が広がった。才木はマウンドにひざまずき、文字通り、崩れ落ちた。何とも残酷な「悲弾」だった。

 1―0完封は投手の勲章でもある。メジャーリーグのメディアガイドには特記事項として掲載されている。

 チームとしても1―0勝利は「守りの野球」を進めるうえで、望むところだったろう。今季、才木先発の試合で1―0はなく、反対に0―1敗戦が2度あった。待望の1―0完封が目前だった。

 一度は崩れ落ちた才木だが、直後の大城卓三をこの夜13個目の三振に取り、役目を終えた。

 そして9回裏の攻撃が始まると、ベンチ最前列に出て、声をあげた。すると、代打・福島圭音の安打、近本光司四球、中野拓夢安打と1死満塁を築き、森下翔太の右犠飛で同点に追いついてくれたのだった。

 これが野球の精神だろうか。カント哲学の権威で文部大臣も務めた天野貞祐は少年時代から野球に親しんでいた。学生野球協会会長を務め、野球殿堂入りしている。その天野が哲学的に語っている。「投手は投手だけで投手たりえない。捕手その他のメンバーを待って初めて投手たりえる」

 痛恨の被弾後も懸命に味方を応援する姿勢こそ「投手」のあり方なのだろう。才木の敗戦投手は消え、1962〜63年、権藤博(中日)の巨人戦11連勝に「あと1」と迫る記録も継続された。

 だが、阪神は延長戦で敗れた。10回表、岩崎優がドラフト5位の新人、小浜佑斗にプロ初アーチとなる、まさかの2ランを浴びたのだった。

 2点を追う10回裏。才木の姿はまだベンチ最前列にあった。声援を送っていた。1死から元山飛優が安打し、一塁上で右こぶしを握ると、ベンチで才木も右こぶしを握って返していた。 =敬称略=

 (編集委員)