母が老人ホームへ…実家売却を決断した長男。買い手がついたのに「たった6畳」のせいで手放せないワケ【土地家屋調査士が解説】
誰も住まなくなった実家の買い手が見つかり一安心……と思った矢先、買主側の金融機関から「融資の許可が下りない」とストップがかかることがあります。その原因となり得るのが、長年放置されてきた建物の「未登記部分」です。「たった数畳の増築だし、役所からも指摘されていないから大丈夫」という楽観視は、厳格な不動産取引においては通用しません。今回は、実家の売却中に未登記の増築部分が発覚した60代男性Bさんの事例をもとに、土地の境界の専門家である土地家屋調査士・小川曜氏が「増築未登記」のリスクや注意点について解説します。※プライバシーに配慮し、複数の事例を再構成して記事化しています。
買い手が見つかったのに、実家の売却が進められない
今回の相談者は、実家の売却を決意した60代の男性・Bさんです。
10年前に父が亡くなった際、相続人である母と弟とのあいだで遺産分割協議が行われました。結果として、Bさんが実家を相続し、母と弟は株や預金などの金融資産を相続することで合意しました。
亡くなった父はある程度の資産があったことから、財産分割の話し合いは想像以上に難航。しかし、結果的に協議は相続税の申告期限までに無事まとまり、ほっとしたと同時に、父を亡くした悲しみからも少しずつ回復していったのを覚えているとBさんは語ります。
当時のBさんは、実家の名義は自分になるが、母がいままでどおり住み続け、将来的にはBさんの息子が住んでくれればという思いから、あえて実家のみを相続することを選んだそうです。
それから月日が経ち、母が老人ホームへ移り住むことになったため、実家は空き家に。また、Bさんの息子夫婦も駅近くのマンションを購入したことから、Bさんは実家の維持や今後の活用方法について悩むようになります。
そんななか、知り合いの不動産会社に相談したところ、幸いにも実家を買いたいという人が現れたため、Bさんは売却の手続きを進めることになりました。
売却の話は順調に進んでいたものの、ある日突然、買主側から「増築部分があるため、増築登記をしてほしい」との依頼が入ります。 理由を尋ねると、買主は銀行融資を利用して購入する予定であり、銀行側から「増築登記がされなければ融資を実行できない」といわれたとのこと。融資が下りなければ、この売買契約は白紙になります。
しかし、実家を相続した当時のBさんは、将来のトラブルを防ぐため、当時の相続登記や相続税の申告を専門家に依頼し、すべての手続きを完璧に済ませたつもりでいました。そのため、Bさんにとってこの連絡はまさに「寝耳に水」であり、「そんなはずはない」という困惑の気持ちでいっぱいだったそうです。
増築登記なしでは売買契約を進められないという厳しい状況に直面したBさんは、土地家屋調査士の筆者のもとへ相談に来られました。
固定資産税を払ってきたのに、役所からも見落とされてきたワケ
さっそくBさんの実家を調査したところ、確かに一部が増築されている箇所を発見しました。とはいえ、 10m2未満とわずか6畳程度の増築だったため、当時は建築確認申請が不要であり、役所等への手続きをしないまま放置されていたようです。
一般的に、未登記の増築部分の有無は「固定資産税評価証明書」に未登記部分の記載があるかどうかで把握できます。しかし今回のようにごく小さな増築の場合、増築部分が屋根などに隠れてしまい、役所の固定資産調査でも見落とされてしまうケースが少なくありません。つまり、「実際には増築されているものの、固定資産税上の評価(課税)はされていない」という状態だったのです。
原因が判明したため、Bさんから「早急に増築登記をお願いしたい」との依頼を受けました。
増築等をした場合は登記義務が発生する
建物を新築したときや取り壊したときと同様に、建物を増築したときも、法律上1ヵ月以内に「建物表題部変更登記(増築登記)」を行わなければなりません。もしこれを怠った場合は、10万円以下の過料が課されると定められています。
ただし、実際に過料が課されたという事例はほとんど耳にしないため、現時点では罰則の運用は実質的に形骸化しているというのが肌感覚です。
しかし、そのまま放置していると、今回のように「不動産の物理的な現状と登記簿の記載を一致させなければならない場面」で必ず足かせになります。増築から長い年月が経過していると、申請のための調査や必要書類の準備に膨大な時間と労力がかかり、最悪の場合には登記自体ができなくなるリスクもあります。
申請義務や罰則の有無にかかわらず、増築などをした際はなるべく早く登記申請を行うことを強くお勧めします。
金融機関だけが増築部分を指摘した理由
未登記部分がある建物の場合、あとから「その増築部分の権利(所有権など)を主張する第三者」が現れるリスクがあるからです。
金融機関は不動産を担保にお金を貸し出す立場であるため、そのような法的トラブルが生じると担保価値が毀損してしまいます。そのため、融資を実行する前には、必ずといっていいほど「不動産登記の記載事項」と「実際の不動産の状態」を完全に一致させることを求めてくるのです。
増築登記に必要な「所有権の証明資料」の壁
増築登記を申請するにあたっては、「その未登記の増築部分の所有権が誰にあるのか」を証明する資料が必要になります。
通常、未登記建物の場合は「固定資産税評価証明書」と「納税証明書」を用いて所有権を証明するのが一般的です。固定資産税の納税義務者(名義人)は実際の所有者であると推認できるため、その証明書と、実際に納税している事実を示す書類を用意します。
しかし今回のケースでは、未登記の増築部分がそもそも評価・課税されていなかったため、役所からこれらの証明書を取得することができません。このような場合は、まず役所に「固定資産税の評価・課税を求めるための届出(未登記家屋所有者届出書など)」を提出し、課税対象にしてもらう手続きから始める必要があります。
さらに今回の増築部分は、Bさんの父が増築したものであるため、遺産分割の際に間違いなくBさんの所有になったことを証明しなければなりませんでした。なぜなら、増築後に相続が発生した場合、未登記の増築部分は相続人全員の共有財産とみなされ、遺産分割協議の対象になるからです。
共有状態にある実家の未登記増築部分をBさん単独の所有であることを証明するためには、「未登記の増築部分もBさんが相続する」という旨が明記された遺産分割協議書等の資料が欠かせません。
書類作成も遺産分割協議もやり直し?
当時の遺産分割協議書の文面を確認したところ、運よく「本協議書に記載のない相続財産は、すべて相談者が相続する」という包括条項(清算条項)が記載されていたため、本来であればそれで事足りるはずでした。
しかし、手元にあるのは遺産分割協議書の「写し(コピー)」だけで、法務局に提出するための原本が見当たりません。そのため、やむを得ず「未登記の増築部分」を明記した遺産分割協議書を再作成することになりました。
差額の固定資産税の納付と、家族への実家売却の話しづらさ
さっそく役所へ申出書を提出し、後日、役所の担当者が現地調査を行ったうえで、ようやく未登記部分の固定資産税評価がなされました。しかし、評価されたことによって税額が変更となり、過去5年間に遡って差額の固定資産税を納付しなければならないことに。
また、原本を紛失してしまった遺産分割協議書を再作成するため、母と弟に連絡を取り、今回の売却の経緯を説明することになりました。 Bさんは「実家を売却することへの後ろめたさがあり、話しづらい」といいましたが、母も弟も事情を察し、快く再作成の書類(署名・捺印)を準備してくれたそうです。
すべての書類が揃い、無事に登記が完了した旨を伝えたとき、Bさんは本当にほっとした表情を浮かべていました。
増築や未登記、建物の滅失は忘れがちなので要注意
今回のケースでは、相談を受けてから未登記の増築登記が完了するまで、結果的に約2ヵ月の期間を要しました。Bさんにとっては、まさに予期せぬトラブルの連続だったといえます。
相続の際は、どうしても「固定資産税の課税明細書」や「登記簿」といった公的な情報を鵜呑みにして遺産分割を進めてしまいがちです。しかし、今回のケースのように「公的な資料が必ずしも現在のリアルな不動産の状態を反映しているとは限らない」という落とし穴があります。
問題解決後、Bさんが去り際に、「自分の子どもたちに同じような苦労をさせないためにも、今後建物を解体したり、増築したりしたときは、面倒くさがらずにその都度きちんと手続きをしていきます」と話されていたのが印象的でした。
小川 曜
土地家屋調査士

