命の危機… 現役医師&医療従事者が警告! 「ナフサショック」で医療崩壊が始まっている
点滴バッグとチューブが品薄
「いまはなんとか持ちこたえているが、日本の医療は崩壊しつつある」
中東情勢の緊迫化、ホルムズ海峡の封鎖の影響で、医療用手袋が品薄になっている--そんなニュースが大きな注目を集めた。政府は「原油は政府備蓄の放出や調達先を増やすことで当面は必要量を確保できる」と説明。冷静な対応を呼びかけたが、深刻なのがナフサ不足だ。
すでに一部食品のパッケージがモノクロに変更されて出荷されていることで話題を呼んでいるが、深刻なのが医療の現場だ。ナフサはプラスチック製品だけでなく、医療用手袋、点滴バッグ、透析回路、カテーテル(直径数mmの柔らかい管状の器具)など多くの医療資材や治療器具の原料となっており、医薬品の製造にも欠かせない。冒頭の言葉は、医療従事者の偽らざる本音である。
今回、内科医のA氏、皮膚科と泌尿器科を専門とするB氏、内科クリニック勤務の看護師C氏、調剤薬局を経営する薬剤師D氏による緊急座談会を実施。医療の現場で「いま起きていること」を包み隠さず語ってもらった。
A 政府はナフサについて「国全体としての総量は足りている」と説明していますが、医療の現場ではすでに影響が出ている。
B 医療用手袋が入りづらかったですよね。政府が備蓄を放出したことで一息つけましたが……。
C 以前はこまめに手袋を交換していました。それこそ患者さんごとに換えていましたけど、いまは感染リスクの低い処置や作業であれば、アルコール消毒して再利用しています。できるだけ長く使うようにしているのです。国が備蓄を放出したといっても、中東情勢の混迷が続けば、いつかは底をつくわけですから、以前のように気軽に使い捨てできる感覚はなくなりました。
A 頭の痛い問題ですよね。医療用手袋が不足すれば医療従事者や患者さんを感染症から守ることが難しくなる。
B 手袋だけではありません。点滴チューブや点滴バッグなど、これまで普通に注文できていたものが入りづらくなっています。
C 点滴バッグや点滴チューブが不足したら、脱水の補正や栄養管理、抗菌薬の投与など、日常的な医療に大きな影響を及ぼします。手術や外科的処置に目が行きがちですけど、日常的な医療を必要としている患者さんの数は比較にならないくらい多いですから……。
B 買いだめじゃないけど、将来の供給不安を見据えて、多めに発注する医療機関が出始めていますね。
A 手袋が入りづらくなったことで、「他の医療資材も不足するのでは」という不安が広がっているからね。カテーテルやチューブ類はいくつあったっていい。ただ、発注が増えたことでさらに欠品が増えるという悪循環が起きている。
C 点滴チューブはもう従来通りには買えなくなっていますよ。決まった業者から同じメーカーの品を安定して入荷できるのがベストですけど、いまは複数の業者に問い合わせして、「メーカーにこだわらなければ何とか確保できる」という状況。そうやって何とか持ちこたえていますが、今後の欠品は十分あり得る。
D われわれ調剤の現場では、薬より先に容器の問題が起きています。ナフサ不足が話題になり始めたころから、それまで壺型容器に入っていた軟膏がチューブ製剤しか入ってこなくなった。点眼薬も入りづらくなりました。メーカーからも「ナフサ不足で、軟膏を詰める容器が作れない」という連絡が来ていて……患者さんに以前使った容器を持参してもらったり、単剤処方に変更してもらって「別々に塗ってください」と患者さんに説明したりしています。
「昔の医療」に戻るしかない
B 皮膚科の治療では、医師が効果的な比率で軟膏を何種類か混合することがあります。軟膏容器がなくて混合できず、患者さんが別々に塗布するとなると、治療効果が低下する恐れがある。
D 風邪薬とか、小児科で処方するシロップ状の薬を入れる容器も入荷が滞っています。プラスチックの水剤瓶が品薄で、本来なら100mlの容器に入れて渡すところを、50mlの容器二つにわけて渡しています。乳幼児が薬を飲むためのスポイトも入荷がなく、患者さんに渡せていません。容器の在庫がなくなれば、粉薬に替えるしかない。そうすると乳幼児は服用が難しくなり……治療の機会損失に繋がる恐れがあります。小さいようで、実は大変な問題です。
C 先ほど医療用手袋の話をしましたけど、現代医療はディスポーザブル(使い捨て)製品によって支えられています。このまま供給不足が常態化したら、どうなってしまうのか……。
A 使い捨てが前提ですからね。でも、本当にモノが入らなくなってしまったら、「昔の医療」に戻るしかない。
B かつて、医療の現場にはいまほどディスポ製品はありませんでした。私が以前勤務していた泌尿器科では、膀胱洗浄器具などは金属製の再利用可能なものを使用していました。物資不足が深刻になったら、再利用可能な器具へ一部切り替えるしかないのでは。
C カテーテルやチューブも再利用することになるのですか?
B 本来は推奨されません。ただ、モノがないなら他に選択肢はない。供給が途絶えれば、少なくとも同じ患者さんが継続して使用するものは、消毒や滅菌をしながら使い続けるという発想になるのではないか。
A 薬や軟膏を入れるプラスチック容器ならば、十分に洗浄・消毒したうえでの再利用は検討できると思う。
ただ、医療用手袋やカテーテル、バルーンカテーテル(風船状の固定器具を使って患部に留置するカテーテル)、カニューレ(切開後の気管など患部に直接挿入する管)、胃ろうチューブなど、体内組織や粘膜に直接接触するディスポ製品を消毒して再利用すると、感染症のリスクが増大する。敗血症を起こしてしまっては一大事。僕は現実的ではないと思う。
B まずは洗浄や消毒によって使用期間を延ばせるものがないかを検討する。
そしてAさんが言われたように、カテーテルやカニューレなど患者さんの安全に直結する医療用品については、できる限り新品を確保する方向で対応するしかないと私は思います。
D 若い医療従事者は「使い捨てが当たり前」の時代しか知りません。「洗浄・消毒して再利用する」という昭和の医療へ逆戻りすれば、現在の感染対策や医療安全の水準は維持できないでしょうね。
B 先ほど名前が挙がったバルーンカテーテルもカニューレも胃ろうチューブもすべて石油由来製品ですからね……。
特に透析医療への影響が大きい。日本の人工透析患者数は約33万7000人もいます。ナフサショックによって治療が滞れば命に関わる。
A 日本の透析患者の大半が血液透析。血液透析は透析回路やチューブなど多くの消耗品を使用します。
B 血液透析で使用する物資・資材は容積が大きく、透析クリニックなどでは現実的に保管する場所がないため、発注量を増やすことができないところがほとんど。大病院であれば何とかなるかもしれませんが、もし供給不安が長引くようであれば、新規の患者さんについては腹膜透析にして在宅で対応することも検討する必要があると思います。
数日から2週間で命の危機
C 腹膜透析は、自分のお腹の中にある腹膜をフィルター代わりに使って、体内の老廃物や余分な水分を取り除く透析療法ですね。
A 腹膜透析には「自宅で透析ができる」「通院回数が少なくて済む(月1〜2回程度)」「血圧変動や体への負担が比較的少ない」「残っている腎機能を維持しやすい」「食事・水分制限が比較的緩やか」というメリットもある。
B ただ、毎日の透析が必要ですし、腹膜炎などの感染症のリスクがあります。お腹にカテーテルを留置せねばならず、長期間続けると腹膜の機能が低下することもある。
C 生活の自由度が高いのはいいんですけど、透析も感染予防も患者さんが自分でやらねばならない。
D ハードルは高いですね……。
A 人工透析が中止されると、体内に毒素や水分が蓄積していきます。患者さんの状態や残存する腎機能によって個人差はありますが、一般的に数日から2週間程度で生命の危機に直面することが多い。心不全や高カリウム血症を発症すると、もっと短期間で命に関わる危険な状態になります。
B 胃ろうチューブや尿道バルーンカテーテル、気管カニューレなどの供給が滞れば、透析患者以外も命の危険にさらされます。在宅医療や介護施設で生活する患者さんの生命維持に直結している医療用品ですから。医療用品は単なる「消耗品」ではなく、患者さんの命を支える重要なインフラであり、その安定供給が損なわれれば、医療現場全体に深刻な影響を及ぼすのです。
D 現時点で現場は何とか持ちこたえています。しかしこの状態があと半年、1年と続けば、どこかで必ず綻びが出ます。患者さんは病院へ行けば必要な医療が受けられると思っています。でもその医療は、手袋一枚、チューブ一本、容器一個、そして薬の原料によって支えられています。どれか一つでも欠ければ、影響は想像以上に大きいのです。
ナフサショックの影響は一般市民には見えづらいかもしれない。
しかし、日々、命と向き合っている医療現場の最前線では確実に、恐怖を伴って広がり始めている。
『FRIDAY』2026年7月17・24日合併号より
取材・構成:吉澤恵理(医療ジャーナリスト・薬剤師)
