【『地獄に堕ちるわよ』で再注目】天敵・溝口敦氏が見た“細木数子の正体” 「ヤクザの情婦というより女ヤクザだった」…連載時は暴力団の看板を使った圧力も
よもや令和の世に、細木数子の名が甦ろうとは。ネットフリックスのドラマ『地獄に堕ちるわよ』が話題になる中、細木の天敵であり、本作の参考文献を著したジャーナリストの溝口敦氏に、鈴木智彦氏が当時について聞いた(文中敬称略)。
【写真】「細木の記事をやめられないか」 ジャーナリスト・溝口敦氏に記事の差し止めを要請した弘道会司興業の三代目・森健司組長
「不正確な記事を書けば法的措置をとる」と牽制
2006年、溝口敦は『週刊現代』5月20日号誌上で「細木数子 魔女の履歴書」の連載を開始した。
妻妾が同居する渋谷・百軒店の生家や、飲み屋の開業資金を売春婦の斡旋で稼いだ様子をはじめ、芸能人を食い物にした詳細、ヤクザの情婦だった事情、占い資料をパクって占星術本のベストセラーを出したり、墓石ビジネスで巨額の金を稼いだ内情を暴き、連載を加筆した単行本は、2026年、ネットフリックスで実写ドラマ化、新装版の文庫も発売された。
「細木は最初、稲川会の滝沢良次郎の情婦になります。競輪をシノギにしていた車券師で、経済的には浮き沈みが激しい昔風のヤクザです。その後、小金井一家総長だった堀尾昌志に乗り換える。堀尾のために博奕を開帳したこともあった。ヤクザの情婦というより女ヤクザです」(溝口、以下同)
小金井一家は、侠客・小金井小次郎の流れを汲む名門老舗博徒だ。が、堀尾が総長だった時代、広大な縄張りは「シマを貸しているだけ」という建前の元、住吉会や稲川会、極東会などに侵蝕されていた。平成2年、上部団体の二率会は山口組と衝突し、八王子抗争が勃発する。山口組はその後、東京に本格的な進出を果たす。
「フィクサーとして知られていた安部正明という人の夫人は『うちの人は堀尾をヤクザ者と観てなかった』と評していた。細木の姉(弘恵)は、引退後に映画俳優となった安藤昇率いる東興業の幹部・志賀日出也と結婚したけど、志賀のほうがよほど有名です。後年、細木と堀尾は別居したけど、病身の堀尾が京都の細木邸を訪問して来ると彼を引き取り、堀尾は細木の元で亡くなりました。堀尾は女に優しく、モテるタイプでした」
溝口の連載当時、細木は視聴率の女王と呼ばれる売れっ子だった。高圧的な断定口調で有名人を占い、意に沿わないと「地獄に堕ちる」と恫喝するが、細木と暴力団の関係は芸能界でも広く知られており誰も逆らえなかった。溝口が女ヤクザに斬り込んだのは、細木人気の絶頂期だった。
連載に当たり、週刊現代編集部は数度にわたって細木にインタビューを申し込んでいる。取材依頼は毎回拒否され、細木の弁護士は「不正確な記事を書けば法的措置をとる」と牽制してきた。
「会えなくたって原稿は書ける。連載を続けているうち、細木がいたたまれなくなって『会う』と言うだろう、と思っていた」
暴力団を使った恫喝の実態
細木の反撃は、まず別の週刊誌を使って行なわれた。『週刊文春』に、「『魔女の履歴書』週刊現代への大反論 ここまで語るか細木数子『我が生涯』」というインタビュー記事が掲載されたのだ。ど派手な花火を打ち上げた割に、誌上での全面対決は肩すかしで、ひたすら溝口の記事を追認した。ある意味、面白い読み物だがオウンゴールに等しい。同時に細木はヤクザの看板を使って圧力をかけてきた。
「引退した住吉会家根弥一家総長だった金子幸一氏に取材したとき、他の幹部を紹介してもらうことになった。ところが翌日になって、『細木に電話した。書くな』と手のひらを返された」
暴力団取材のパイオニアであり、自身や家族が刺されても筆を曲げなかった溝口だからきっぱりと拒絶できたが、暴力団耐性のないライターなら萎縮したろう。
暴力団を使った恫喝はその後も続く。次は山口組だった。弘道会司興業の三代目・森健司組長から電話があり、雑談として細木の連載開始を伝えると、「明日あたり会えないか?」と打診された。翌日、溝口が森組長の事務所に出向くと「細木の記事をやめられないか。あんたがやめたと言えば、それで終わりだろう」とストレートに記事の差し止めを要請された。当然、断わる。ばかりか溝口は連載の4回目で、「細木数子は暴力団最高幹部に私の原稿つぶしを依頼した」という原稿を執筆する。
「別れ際ジャケットのポケットに札束が入った封筒をねじ込もうとして10分くらい押し問答になった」
押し返した封筒にいくら入っていたかは後日判明する。6月7日、細木が講談社を相手取り名誉毀損の訴えを起こし、6億1256万7400円の損害賠償請求をしてきたのである。不可解なことに、訴状に溝口敦の名前はなかった。掲載誌のトップである加藤晴之編集長も外されていた。とはいえ、取材したのは溝口で、誤った記述で名誉毀損をしたというなら、その元兇もまた溝口だ。溝口は補助参加という形で裁判に参加する。
「こっちはただ事実を述べればいいだけ。森組長は裁判に出廷したくないのか、公証人役場で作成した陳述書に署名捺印して送ってきたんです。彼は事実を認め、陳述には50万円という金額もあった。嘘に嘘を重ねているから、論破は簡単だった」
「勝ったとはいえ、冤罪事件のようなもの」
2008年5月、講談社は細木数子と森健司組長、溝口と加藤の4人に証言させるための証拠申出書を提出する。動揺した細木が訴えを取り下げたのは同年7月である。この年の3月、細木のレギュラー番組はすべて打ち切りとなっていた。体裁を繕うだけのスラップ訴訟はこうして終わった。
溝口自身が訴えられていないため、反訴はできなかったという。
「勝ったとはいえ、細木の裁判は冤罪事件のようなもの。こっちからすれば名誉毀損です。納得できないけど、私が訴えられているわけじゃないのでなにもできない」
溝口にすれば、徒労だけが残った裁判だったろう。が、我々はその果実を享受できる。細木の遺族に名誉毀損だと訴えられず、稀代の女ヤクザの暗部を実写化できるのは、溝口と講談社がこの裁判を戦い、細木が訴えを取り下げたからだ。
インタビューの最後、溝口は当時を振り返ってこう言った。
「細木の社会に及ぼした害を考えると、決して肯定的な見方はできないにせよ、ことさらに批判を加えるという感じにもなれない……という感情はありました」
人間の魅力は善と悪が入り交じったダイナミックさから生まれる。細木の下世話さは、我々の中にも存在している。
【プロフィール】
溝口敦(みぞぐち・あつし)/1942年東京浅草生まれ。早稲田大学政経学部卒。『食肉の帝王』で講談社ノンフィクション大賞を受賞。『細木数子 魔女の履歴書』(講談社文庫)のほか、近著に『やくざは本当に「必要悪」だったのか』(講談社+α新書)など。
鈴木智彦(すずき・ともひこ)/1966年、北海道生まれ。日本大学芸術学部写真学科除籍。ヤクザ専門誌『実話時代』編集部に入社。『実話時代BULL』編集長を務めた後、フリーに。主な著書に『サカナとヤクザ』『ヤクザときどきピアノ』など。
※週刊ポスト2026年7月10日号
