「やっと自由になれたはずなのに…」〈53歳独身娘・月収38万円〉、〈76歳母との暮らし〉を終えた後に待っていた現実
親との同居は、家計面や見守りの面でメリットがある一方、自分の人生を後回しにしてしまうケースもあります。特に中高年の独身子どもが高齢の親と暮らしている場合、介護や家事の負担だけでなく、精神的な依存関係が生まれることも少なくありません。そして長年続いた同居生活が終わったとき、解放感と同時に予想していなかった感情に直面することがあります。
「これでようやく自分の人生を生きられる」と思ったが…
真理子さん(仮名・53歳)は、都内の中小企業で事務職として働いています。月収は約38万円。結婚歴はなく、40代前半で父を亡くしてからは、母・和子さん(仮名・76歳)と二人で暮らしてきました。
母は大きな病気こそありませんでしたが、70代に入ってから足腰が弱くなり始めました。買い物や通院の付き添い、役所の手続き、家事全般は次第に真理子さんの役割になっていきます。
仕事から帰宅すると夕食の準備をし、休日は母の通院や買い物に付き添う生活でした。
「親子なんだから当たり前」
そう自分に言い聞かせていましたが、友人たちが旅行や趣味を楽しむ姿を見るたび、複雑な気持ちになることもありました。
50歳を過ぎた頃には、母との些細な口論も増えていました。
「そんなことまで口出ししないで」
「私だって好きで言ってるわけじゃないのよ」
お互いにストレスを抱えながらも、離れて暮らすという選択肢は考えませんでした。
転機が訪れたのは、母が軽い脳梗塞で入院したことでした。命に別状はありませんでしたが、一人での生活は難しくなり、要介護認定を受けることになります。
真理子さんは在宅介護も考えました。しかし、仕事を続けながら介護を担うことに限界を感じ、母本人とも話し合った結果、介護付き有料老人ホームへの入居を決めました。
入居当日、母は静かに言いました。
「今までありがとうね」
真理子さんは涙をこらえながら荷物を整理しました。帰宅後、誰もいない自宅に入った瞬間、長年張り詰めていたものがほどける感覚がありました。
「これでようやく自由になれる」
それが正直な気持ちでした。
総務省『2025年国勢調査人口速報集計』によると、高齢単身世帯や高齢者のみ世帯の増加が続いています。また内閣府『令和7年版高齢社会白書』では、高齢者を支える家族の負担や孤立が社会課題として指摘されています。真理子さんもまた、多くの家族介護者と同じように、長年の責任を背負い続けてきた一人でした。
自由になったはずなのに…埋まらなかった空白
母が施設へ入居してから数ヵ月間、真理子さんは自由な時間を満喫しようとしました。休日に映画を見に行き、友人と食事をし、以前から興味のあった習い事も始めました。
しかし、不思議なことに心は晴れませんでした。
仕事から帰宅しても、母の部屋は静かなままです。夕食を作る量は半分になり、テレビの音も聞こえません。
長年続いた生活が突然変わったことで、真理子さんは戸惑いを覚えるようになりました。
「母の世話が負担だったはずなのに、何をしていいのか分からないんです」
そう語る真理子さんは、自分でもその感情をうまく説明できませんでした。
毎週のように施設へ面会に行くと、母は以前より穏やかな表情を見せるようになっていました。職員との会話を楽しみ、レクリエーションにも参加しています。
その姿を見て安心する一方で、「自分がいなくても大丈夫だったんだ」という寂しさも感じました。
家族介護では、介護する側が役割を失ったあとに喪失感を抱くことがあります。介護が終わればすべて解決するわけではなく、長年続けてきた生活や人間関係の変化に心が追いつかないこともあるのです。
真理子さんはその後、自治体の家族介護者向け交流会に参加するようになりました。そこで同じような経験をした人たちの話を聞き、自分だけではないと知ったといいます。
「母を嫌いだったわけでもないし、一緒に暮らすのが幸せだったわけでもない。どちらでもない感情だったんだと思います」
親との同居を終えることは、親を見捨てることではありません。むしろ、お互いが無理なく暮らせる距離を見つける選択になることもあります。
真理子さんにとって、母との暮らしを終えたことは終着点ではなく、自分自身の人生をもう一度見つめ直し、新たに歩み始めるための出発点だったのです。
