本誌が目撃した中村玉緒さん(写真:本誌写真部)

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「棺で眠る玉緒さんはテレビで見せていた姿と違い、髪を下ろしていて、生前いちばんお気に入りだったという和服を身にまとっていましたね。とてもきれいな顔をされていました」(参列者)

6月9日、肺炎のために女優の中村玉緒さん(本名・奥村玉緒)が亡くなった。86歳だった。

「親しみやすいイメージの玉緒さんですが、父の二代目中村鴈治郎さん、兄の四代目坂田藤十郎さんが共に人間国宝という、上方歌舞伎の名門一家の出のお嬢さまです。

女性であるため、歌舞伎役者にはなれませんでしたが、13歳のときに女優として映画デビュー。映画『不知火檢校』で共演したことがきっかけで、’62年に勝新太郎さん(享年65)と結婚し、長男の鴈龍さん(享年55)、長女・眞粧美さんをもうけました」(スポーツ紙記者)

葬儀は16日に通夜、17日に告別式が都内の斎場で行われ、玉緒さんを“お母さん”として慕っていた明石家さんま(70)や勝さんの付き人だった松平健(72)のほか、和田アキ子(76)ら多くの著名人が訪れた。

「誰にでも親しまれていた玉緒さんだけに、参列者以外にも小栗旬さんやウッチャンナンチャン、二宮和也さんら多くの著名人からの献花が届いていました。

喪主を務めたのは玉緒さんの長女である眞粧美さん。ときおり涙を見せながらも気丈に参列者に挨拶し、お通夜では和田さんが眞粧美さんに声をかけて励ましていました」(前出・参列者)

参列者の中には、勝さんの兄で俳優の若山富三郎さん(享年62)の長女・奥村佳代子さんの姿が。玉緒さんの姪にあたり、「友加代子」の名前で女優として活動した過去がある。昨年10月には、佳代子さんの発案で玉緒さんが最後に生活していた介護施設を見舞いに訪れていた。そのときの様子を佳代子さんが明かす。

「私もずいぶん会っていなかったので、弟(俳優の若山騎一郎・61)と、弟の妻と一緒に玉緒さんのもとに行ったんです。憔悴しているという報道もあったのでこれは早くしたほうがいいと思い、眞粧美に許可を取って。心配していましたが、実際に会った玉緒さんは往年の女優さんのまんま。髪の毛は白かったけど、“こんなんなってしもうて〜”“ノーメークでごめんなさい”って言うんです。でも、きれいでしたよ。話し方もテレビで見ていた、あの感じでした。

その日、玉緒さんは一般的な白色のマスクをつけていたんですが、私がちょっとしゃれたマスクをしていたら“佳代子ちゃん、エエのしてますな”って言うんです。

私がいくつか持っていたので差し上げたら“これエエですな”って喜んでくれて。そんなささいなやり取りなどもあって、とても素敵な時間でしたね」

奔放だった勝さんの女性問題に泣かされることも多かった玉緒さん。一方で、佳代子さんは仲睦まじい夫婦の姿を覚えているという。

「私が子供のころ、勝叔父ちゃん夫婦が毎年、葉山マリーナに連れていってくれたんです。2人のほかに雄大(鴈龍さんの本名)、眞粧美、ほかにお手伝いさんがいて。玉緒さんが海に入ったあとの私と眞粧美の髪の毛を洗ってくれました。勝叔父ちゃんがマリーナで持ち歌である’60年代の洋楽ヒット曲『サニー』を気持ちよさそうに歌い、それをほほ笑ましく聴いている玉緒さんの姿を覚えています」

■「生まれ変わっても勝の妻になりたい」

勝プロダクションの倒産や、勝さんが薬物所持で逮捕されるなどのトラブルがあっても、夫を支え続けた玉緒さんは生前、「生まれ変わっても勝の妻になりたい」と語っていた。

「勝叔父ちゃんは、無償の愛を持っている人でした。玉緒さんを愛に包んでくれていたんだと思います。やっていることはめちゃくちゃだったけど(苦笑)」(佳代子さん)

最愛の夫を見送り、月日が流れ、晩年を迎えた玉緒さん。あるときから子供たちとの関係に行き違いが生じる苦難もあった。

「独り立ちを願い、あえて距離を置いていた鴈龍さんが、’19年に急性心不全のため亡くなっているところを、名古屋市内のアパートで発見されました。死後、時間がたっていたため、“孤独死”と報じられました。

玉緒さんは鴈龍さんの逝去に際して、コメントを出していません。懊悩したことでしょう。

この影響か、玉緒さんの個人事務所の社長を務め、マネージャーとして行動を共にしていた眞粧美さんとも、不和が生じたそうです。’21年にはそれまで眞粧美さんと一緒に暮らしていたマンションを出て、82歳で一人暮らしを始めました」(玉緒さんの知人)

眞粧美さんは距離を取りながらも母親のことを気にかけていた。

玉緒さんは、’23年2月に名古屋で転倒し、救急搬送。その後介護施設で生活を送ることに。そんな玉緒さんのもとに、松平が昨年夏に面会に駆け付けていたことを本誌は報じている。

「松平さんはアポなしで突然訪れたため、玉緒さんと会うことができたそうです。松平さんのほかにも眞粧美さんのもとにはさんまさんら多くの芸能人からお見舞いの連絡が来ていました。

しかし、眞粧美さんは、“今の姿を見せるのは忍びない”と、玉緒さんのことを考え、申し出のほとんどを断っていたと聞いています」(前出・玉緒さんの知人)

玉緒さんには“最後の願い”があったようだと前出の玉緒さんの知人が明かす。

「玉緒さんの遺骨は奥村家のお墓に入ることになります。東京都港区にある蓮乗寺には勝さんのほか、兄の若山富三郎さんや鴈龍さんたち奥村家の人々が眠っています」

玉緒さんは、22歳のときに嫁いだ奥村家に深い愛情を感じていた。

「前に、玉緒さんが言っていたことがあるんです。“奥村家はあったかい”と。玉緒さんは名門の出身じゃないですか。あとごきょうだいで女性が1人だったのもあったと思います。ご実家とはまた違った人間味を感じていたのではないでしょうか」(佳代子さん)

無償の愛をくれた夫と、突然の死別を迎えた長男、“あたたかい奥村家”の墓で家族と再会できたことに、玉緒さんも喜んでいることだろうーー。