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米国では式の準備と並行して進められることがよくあるのが「Prenuptial Agreement(婚前契約書)」です。婚前契約書は、離婚や死別が起きた場合に備え、財産や相続、事業の扱いなどを事前に取り決める制度です。かつては富裕層や有名人のための制度と考えられていましたが、近年は一般の若い世代にも急速に広がっています。本稿では、『トランプ劇場と超富裕層課税 増税か、減税か--税制が映し出すアメリカの真実』を刊行した奥村眞吾税理士が米国の婚前契約の事情について考察します。

テイラー・スウィフトとトラヴィス・ケルシーに浮上した結婚

世界的人気歌手のテイラー・スウィフトさんとNFLのスター選手であるトラヴィス・ケルシーさんに、この夏にも結婚するのではないかとの噂が広がっています。

メディアの報道によれば、二人はできるだけ目立たない形で挙式を行うことを希望しており、親族や友人に正式な招待状を送るのではなく、個別に電話で出席の意思を確認しているとも伝えられています。

こうしたなか、米経済誌『Forbes』は「もし二人が本当に結婚するのであれば、今ごろはPrenuptial Agreement(婚前契約書、通称Prenup)の準備で忙しいかもしれない」と報じていました。

日本ではあまり知られていない制度ですが、アメリカでは婚前契約書が特別なものではなくなりつつあります。

富裕層だけではない…若い世代にも広がる「Prenup」

婚前契約書とは、将来離婚や死別が発生した場合に備え、財産や負債、収入、事業、相続権、配偶者への経済的支援などをどのように取り扱うかを結婚前に定める契約です。

かつては資産家や有名人が利用する制度という印象がありました。しかし近年は一般の人々にも急速に広がっています。

『Forbes』が紹介した、米国の大手調査会社であるHarris Pollの調査によると、Z世代(おおむね14〜29歳)の40%、ミレニアル世代(30〜45歳)の52%が婚前契約書を締結する意向を示しています。

特に両親が離婚を経験している人ほど婚前契約書に前向きな傾向がみられます。離婚時の財産分与や相続を巡る争いを身近で見てきた経験が影響しているのでしょう。

婚前契約書で最も重要な「財産開示」

婚前契約書を作成するうえで最も重要なのが、双方による財産開示です。

何を所有しているのか、どのような負債を抱えているのか、将来どのような相続財産を受け取る可能性があるのか――こうした情報を正確に開示しなければ、公平な契約は成立しません。

逆にいえば、何を持っているのか分からないままでは、離婚時に何を受け取り、何を放棄するのかについて合理的な合意を形成することは不可能です。

そのため、婚前契約書の作成は結婚式直前ではなく、かなり前の段階から弁護士や会計士を交えて進められるのが一般的です。

財産を混ぜると個人資産ではなくなる

米国では夫婦が共同名義の銀行口座を持つことは珍しくありません。また、税務上は夫婦合算申告を行うケースも一般的です。

しかし、個人資産と夫婦共有財産が混在すると問題が生じます。たとえば、親から相続した資産や結婚前から保有していた財産であっても、夫婦共有口座に移したり、生活費と混在させたりすると、その資産の出所を証明できなくなる場合があります。

それにより本来は個人財産であったものが共有財産と判断される可能性もあります。このため、資産家ほど財産を分けて管理し、記録を残すことを重視しています。

テイラー・スウィフトの音楽資産はどう扱われるのか

テイラー・スウィフトさんの場合、最大の資産の一つが自身の音楽作品です。特に楽曲のマスター権は象徴的な存在です。一度は他者に売却されましたが、2025年に買い戻したことを公表しています。

また、テイラー・スウィフトさんは過去の恋愛経験を楽曲の題材としてきたことでも知られています。元交際相手とされるジェイク・ギレンホールさんやハリー・スタイルズさん、ジョー・ジョナスさんとの関係が楽曲に反映されているとファンの間では広く語られてきました。

そのため、仮に婚前契約書を作成するのであれば、資産だけでなく、プライバシーや結婚生活に関する情報公開についても何らかの取り決めが行われる可能性があります。

ファミリービジネスを守るための重要な役割

婚前契約書は企業経営者や資産家にとっても重要です。特にファミリービジネスでは、離婚によって会社の持分が意図しない相手へ移転するリスクがあります。

また、結婚期間中に会社の価値がどれだけ増加したのかという評価を巡って争いになることもあります。事業承継が課題となる企業ほど、婚前契約書は経営リスク管理の一部として活用されています。

共有財産制の州でも万能ではない

米国にはCommunity Property(共有財産制)を採用する州があります。こうした州では、婚姻期間中に形成された財産は原則として夫婦共有財産とされます。

それでも婚前契約書によって、どこまでを個人財産として扱うのかを明確にすることは可能です。

ただし、配偶者への扶養義務や生活支援については州法による制約があり、婚前契約書だけで完全に排除できるわけではありません。

さらに、夫婦合算申告によって発生した税金については連帯責任となるため、婚前契約書によって責任を免れることもできません。

離婚の準備」ではなく「結婚の準備」

婚前契約書というと、「離婚を前提に結婚するのか」という否定的な見方もあります。

しかし米国では、むしろ逆の考え方が広がっています。結婚前にお互いの財産状況や負債、将来設計について率直に話し合うことで、結婚後のトラブルを未然に防ぐことができるという考え方です。

お金の問題は夫婦間のトラブルの大きな原因の一つです。そのため、結婚前にあえて難しい話を済ませておくことが、結果として関係の安定につながると考えられています。

日本でも広がる可能性はあるのか

日本でも離婚時の財産分与や相続を巡る争いは増加しています。高齢化によって相続財産が拡大し、共働き世帯の増加によって夫婦それぞれが資産を形成する時代になりました。

そうした環境の変化を考えると、婚前契約書は決して一部の富裕層だけの問題ではありません。もしテイラー・スウィフトさんとトラヴィス・ケルシーさんが本当にこの夏結婚するのであれば、その裏では弁護士や専門家を交えた綿密な婚前契約書の準備も進んでいることでしょう。

そして、その姿は将来のリスク管理として婚前契約書を活用するアメリカ社会の価値観を象徴しているのかもしれません。日本でも今後、「結婚前に財産のルールを決める」という考え方が広がっていく可能性があります。

奥村 眞吾
税理士法人奥村会計事務所
代表