森保一監督と遠藤航選手

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 FIFAワールドカップ2026(北中米サッカーW杯)で、日本代表は大きな関門だった初戦のオランダ戦を2−2で引き分けた。2度引き離されて、2度とも追いつく「底力」をみせつけた90分だった。日本がW杯の大舞台で「2度のビハインド(リードを許す展開)」から追いついて勝ち点を獲得したのは、2018年ロシア大会のセネガル戦(2−2)以来の史上2度目。W杯準優勝3度の強豪相手の“ポジティブドロー”と言えるが、この背景には、キャプテン・遠藤の故障という大会前に起きた“想定外”を見事にマネージメントした森保一監督の手腕があった。

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楽観論とゆるみ

 準優勝3回のオランダにとってW杯で2度引き離した上で追いつかれたことは過去一度もなかった。それでも日本代表・森保一監督は試合後に「勝ちたかった」という本音を何度も口にした。

森保一監督と遠藤航選手

 オランダ戦にむけてチーム内には「楽観論」もあったという。国内メディアには連日、「史上最強チーム」の見出しが躍り、実際、昨年末からブラジル、イングランドとW杯優勝経験国を相次いで破ってきた。「俺たちは勝てる」「優勝も夢ではないかも」――主力だった三笘薫や南野拓実を怪我で欠きながらも、そんな雰囲気がチームの一部に広がり、リラックス、言い方を変えればヘラヘラした振る舞いを感じさせる選手も出てきていたという。その「ゆるさ」を見て、期待されながらグループリーグで散った2006年ドイツ大会や2014年ブラジル大会の際のチームとなぞらえ、警鐘を鳴らす関係者もいた。

 チーム内にも、危機感を抱いていた選手がいた。オランダ戦でゲーム主将に任命された堂安律である。

 現地合宿では、練習後のミックスゾーンで選手への自由取材が行われるが、

「堂安はオランダ戦への質問は一切応じませんでした」(現地で取材するサッカーライター)と、緊張感を漂わせていた。遡る3月、今大会優勝候補のひとつイングランドとのアウェーでの親善試合直前も堂安は「今のままで勝てない」と、守備体系について、森保監督を含めたスタッフに意見したほど。結果、1−0で強豪を破っている。

 もう一人、危機感を持っていたのは久保建英だ。事前合宿で地元メディアにスペイン語で「(今の日本には)本当の強度(インテンシティ)がない」と指摘していた。

涙ながらの“謝罪”

 そんな中、迎えたオランダ戦3日前。キャプテン・遠藤がチームを離脱した。

「遠藤が2月に負傷したのは左足甲でした。親指とひとさし指の骨をつなぐ『リスフラン靭帯』の損傷。W杯出場にむけてあえて手術をしていた」(同)。

 今回の離脱は他の箇所の負傷という説も浮上する中で、最終的に「チーム離脱」を本人に通告したのは森保監督だった。試合前の公式会見で「本当にひどいことを伝えているな、と。(遠藤の)態度としては冷静に聞いてくれて…」と涙ながらに“謝罪”した一幕もあった。この言葉からは「離脱」の指示は、相当な厳格さをもって行われたのだろうとの推測が成り立つ。

岡田とジーコの過去

 過去7大会出場してきたW杯の本番では、監督によるチームマネジメントが大きく勝敗を左右してきた。思い出すのは、2010年南アフリカ大会。直前に惨敗続きと、チーム状態が悪化。岡田武史監督は、チーム主将を中澤佑二から26歳の長谷部誠に緊急交代する決断をした。また、当時の戦術の柱だった中村俊輔やGK楢崎正剛も主力から外す荒療治に、「そんなことをしたら大事なW杯前にチームが崩壊する」という異議を唱えた選手もいた。しかし岡田は「俺が決めたこと」と突っぱねた。オランダ、カメルーン、デンマークと同組だった日本代表はグループリーグを突破し、決勝トーナメントではパラグアイにPK戦で惜しくも敗れたものの、ベスト16に進出した。ちなみに、この時の「当事者」であった長谷部と中村は、森保の下で代表コーチを務め、今大会に帯同している。

 対照的なのは、2006年ドイツ大会の「ジーコジャパン」である。中田英寿、中村俊輔、小野伸二、稲本潤一らの「黄金世代」を擁し、「歴代最強」との呼び声も高かったチームだ。しかし大会直前、DFの主力だった田中誠が左太もも裏肉離れの負傷を起こす。この際、ジーコ監督は「残ってもいいし、帰ってもいい」と曖昧な通告をした。怪我の具合は大会期間中に復帰の可能性もあったが、田中は「帰ります」と即答。一方、この時のチーム主将だった宮本恒靖は「残ってほしい!」と懇願したが、それを振り切って帰国。チームに大きな動揺を与えたのだ。チームはグループリーグでブラジル、オーストラリア、クロアチアに2敗1分けの惨敗を喫し、決勝トーナメントに進めなかった。

板倉の涙

 今回森保監督は遠藤に「離脱してほしい」と通告した。遠藤はチームへの挨拶をあえて拒否してアメリカを去っている。この経緯について、森保監督はチームミーティングで説明。

「日本代表の日常を発信しているYouTubeチャンネル『Team Cam』でもその模様をあえて配信していました。新主将に指名された板倉(滉)が涙ながらに挨拶する場面はインパクト充分でした」(前出・ライター)。

 このショッキングな出来事で、選手たちの目は覚め、チームに蔓延した「ゆるさ」「楽観論」はあっという間に消え去った。今大会が最後のW杯であったであろうキャプテン、昨日まで共に練習していた主将が志半ばでグラウンドを去り、代表引退も表明した。そのあまりに厳しい現実を目の当たりにし、堂安らが感じていたゆるさはいつしか緊張感に代わってオランダ戦を迎えていた。

価値ある引き分け

 過去7回出場したW杯で1次リーグの開幕戦をドロー以上でスタートした大会はベスト16入りしている。W杯初出場から28年。監督が初めて「W杯優勝」を目標にかかげる森保ジャパンにとってはこのドローは勝ち点1以上の価値あるものになった。

 おそらく今、森保監督が危惧しているのは、オランダ戦を引き分けで終えられたことの「気のゆるみ」、次戦がスウェーデンに1−5と大敗し、監督が更迭されたチュニジアであることから生じる「心の隙」を、どうマネージメントするか――であろう。名将の手綱さばきに要注目である。

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小田義天(おだ・ぎてん) スポーツライター

デイリー新潮編集部