4CS1100が最初に登場したのは、1932年のことで、シャシーナンバー1114を持つこの車は当初4CTRと呼ばれ、1台だけが作られた。Cはシリンダー、後ろ二つのTRはTesta Riportataの頭文字で、取り外し可能なヘッドを意味するという。

4CS1100は1100ccの4気筒スポーツカーを意味し、この名称を持つ車は合計5台が作られた。その後4CS1500が作られたのだが、1100の時代から多くのモデルが1500ccエンジンに乗せ換えられていて、ロッソビアンコに収蔵されていたモデルも、実際には4CS1100として生を受けたモデルである。

シャシーナンバーは1124。最初の二桁が11であることが、1100ccとして生を受けた証拠である。したがって正確な名を記せば、4CS1100が正しい。この車は1935年に製造された3台のうちの1台で、発注したのはスクーデリア・スバルピナであった。そしてこの3台のうち1台は、この年のミレミリアに出場し、総合7位、クラス優勝を遂げている。ドライバーの一人は、後にマセラティの名テストドライバーとなる、グェリーノ・ベルトッキであった。スクーデリア・スバルピナもこのレースに参戦していたが、残念ながら目立った成績を収めてはいない。その後、この車は改造されて新たなボディと1.5リッターエンジンを得ることになった。

大戦中の行方は不明だが、1969年に売却され、海を渡りアメリカに行った。新たなオーナーは、博物館を持ち、ル・マンにも何度も挑戦したブリックス・カニンガム氏。彼の元に行き、コスタメサのカニンガム博物館に収蔵された。この時、さらなるボディ改造と、フロントサスペンションの独立化などが施されている。

カニンガム氏の死後、再びヨーロッパに戻り、ピーター・カウスが新たなオーナーとなった。そして2006年に博物館が閉鎖された後、ボナムスのオークションにかけられ、64万3000ユーロで落札されている。そして、新オーナーの元でボディは再びオリジナルに近いものへとレストアされ、フィアットベースのフロント独立懸架のサスペンションは、これも再びオリジナルのビームアクスルに戻されているという。

文:中村孝仁 写真:T. Etoh