水木しげる作品の「悲しみ」と「うんち」――佐野史郎さんと読む『河童の三平』【別冊NHK100分de名著】
『別冊NHK100分de名著 「わが道」の達人 水木しげる』では、釈徹宗さん、中条省平さん、ヤマザキマリさん、佐野史郎さんの4人の論者が、水木しげる作品の核心に迫ります。
今回は俳優の佐野史郎さんが『悪魔くん』『河童の三平』を読み解く本書第4章「『自分の物語』を生きる」より、水木作品の悲しみ、そしてうんちやおしっこについての解説をご紹介。
※2026年1月~3月にNHK出版ECサイトで開催の「2時間で学べるシリーズ」キャンペーンを記念して、本記事を再公開いたします。
水のように透明な悲しみ
三平のお父さんは行方不明で、おじいさんからは詐欺師と聞かされていたのですが、病気になってひょっこり帰ってきました。実はお父さんは大学を出てから研究の旅を続け、ノーベル賞級の重大な発見をしていたのです。大きなトランクの中には、驚くべきことに十人の小人たちが入っていました。でもその発見を学会で発表すれば、絶滅寸前の弱い小人たちが脅えて死んでしまうと考え、世間に公表せずに世話をしていたのです。つまり、お父さんはロクでもない人だと思っていたら、本当は偉い人だった。やがてお父さんは死んでしまいますが、三平は貴重な小人たちの面倒をみることになります。
また、東京へ行ったきり行方不明だったお母さんも、三平を大学へやる学費を稼ごうとパチンコ屋で働いていると知ります。国体で上京した機会に、三平は探して会いに行きます。お母さんは貧しい暮らしの中で病気になっていましたが、無事再会を果たすことができました。作中にはそんなサブ・ストーリーもあります。
こうした設定は、水木さん本人を想起させます。もちろん水木さん自身のご両親とはだいぶ違いますが、お父さんが大阪で事業に失敗して帰ってきたり、境港で急に映画館の経営を始めたりしたことと、ちょっと重なる部分があるような気がします。三平の父や母に対する思いも、限りなくご本人と近い印象です。
境港の水木さんの実家は、境水道に面した弓ヶ浜半島の突端にあって、対岸が島根半島、すなわち出雲です。水道路を挟んで山や森がある。そこで海水浴をして対岸の出雲まで泳いで行こうとしたら、途中で間引きされた赤ん坊の死体にぶち当たったことがあったと言います。また、浜に打ち上げられた死体をよく見に行ったそうです。
そのくらい水とあの世が結びついて、日常の中にあったのです。「死」は『河童の三平』の大きなテーマです。水木さんが五歳の頃に、「人は死ぬときどうなるのか」と考えて三歳の弟を海で溺らせようとした話も凄い。一歩間違えば、かなり危ない少年ですね。
死神はおじいさんを連れていくだけでなく、三平を何度も地獄へ連れ去ろうとします。三平は抵抗しますが、最後にあっけなく崖から転落死してしまう。ひと目お母さんに会おうと一度家に帰るときには、死んだ三平の体は透明になっている。友達のたぬきや河童との別れは切ないけれど、その悲しみもあくまで水のように透明なのです。
うんちは大事だ!
たぬきの強がり(貸本版『河童の三平』)
ほかに印象的なのは、やっぱりおならと、うんち、おしっこ。屁力によってみんなの注目を浴びるというのは、子供の頃から自由自在におならを出せる特殊能力を持った水木さん自身に、限りなく近いでしょう。サンデー版『河童の三平』には「屁道」というナンセンスな挿話まであって、「屁リンピック」が開かれたりもします。
畑仕事をする三平をたぬきが手伝うシーンでは、三平の肥柄杓から垂れた糞がたぬきの顔にかかり、たぬきが「なあに少し位顔にくそがついたからってへこたれないよ」「僕生れつきくそに強いもの」と強がります。三平が「たのもしいなあ」と言うと、たぬきは「僕赤ちゃんの時こえだめで行水したことあるもの」「少々くそがヒタイについたからって別に心臓はとまらないよ」……もうこれ、大好き。
肥溜めに落ちるシーンも何度かあって、僕自身も子供の頃、松江の田んぼで友達と遊んでいたときに、実際に体験しています。それから三平が腹いせに、眠っている死神の口の中におしっこをする場面も凄い。『河童の三平』には、等身大の水木さんの体験として、おならやうんちやおしっこが出てくる。そんな印象が特に強いです。
ところで、僕は昨年大病を患って数ヶ月間入院していました。そのときに実感したのは、うんちやおしっこやおならがいかに大事か、ということです。
お医者さんや看護師さんは、「今日はお通じありましたか?」「おしっこはどれだけ出ましたか?」「ガスは出ましたか?」と必ず聞いてきます。すくなくとも病院では、人間にとって一番大事なものは、思想や哲学ではなくうんちなのです。病気の身でありながら、そんなことに感動してしまいました。それから血に対する想いが深くなりました。体の状態を知るためには採血をして、血から色んなことを調べて診断をする。ですから血には人間の本質があって、水木さんはそれらを三平や悪魔くんや鬼太郎や、たびたび作品に登場させる吸血鬼などに投影していたのだと思います。
余談ですが僕は血液の病気で、だから「吸血鬼が好きすぎてばちが当たったかな」などと思って自分自身でウケている。本当は深刻で洒落にならない病気なのですが、つい笑ってしまいながら、暗くならずにむしろ生き生きと治療に取り組めているのも、水木さんの感覚を学んだおかげかなと思っています。
『別冊NHK100分de名著 「わが道」の達人 水木しげる』では、釈徹宗さん、中条省平さん、ヤマザキマリさん、佐野史郎さんの4人の論者が、
第1章 見えないものへと心を延ばす 釈 徹宗
──『のんのんばあ』『のんのんばあとオレ』
第2章 墓場のニヒリズム 中条省平
──『墓場鬼太郎』『ゲゲゲの鬼太郎』
第3章 「教訓」を超えた人間の本質を描く ヤマザキマリ
──『ラバウル戦記』『総員玉砕せよ!』
第4章 「自分の物語」を生きる 佐野史郎
──『悪魔くん』『河童の三平』
という構成で、水木しげる作品の核心に迫ります。
佐野史郎
俳優。出演作に、映画『毎日が夏休み』、テレビドラマ「世にも奇妙な物語」シリーズ(フジテレビ系列)など。郷里の作家・小泉八雲を筆頭とする日本怪談や、H.P.ラヴクラフトらの海外幻想文学を愛好する。2021年に多発性骨髄腫であることを公表、入院・抗癌剤治療・造血幹細胞自家移植を経て仕事復帰を果たした。
※刊行時の情報です
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※本書は、2022年8月27日にNHK Eテレで放送された「100分de水木しげる」の内容をもとに、新規図版・取材などを加えて構成したものです。本書における水木しげる作品の図像は、水木しげるの著作権および版権を管理する水木プロダクションの許諾・協力のもと掲載しています。

