60代になると人生の締めくくり方について考えることが増えてきます。暮らしや生き方のヒントをYouTube「60歳からの幸せライフ」で発信しているライフさんは、すっきりした暮らしを意識する理由のひとつに、子どもたちに苦労させたくないことを挙げています。子どもたちが巣立ち、夫と2人で暮らすライフさんが目指す、すっきり暮らしの極意について詳しく聞いてみました。

私が「すっきり暮らしたい」と思う理由

部屋を片付けていて、手放すかどうか迷うものがあると、必ず自分に聞くんです。

「私が死んだとき、これを見た子どもたちに『お母さん、なんでこんなものとっておいたの?』って言われない?」

首回りが伸び伸びになったセーター、友人からの手紙、ずっとつけていた日記帳…。この自分への問いかけのおかげで手放せたものが、どれだけあるかわかりません。この言葉は、口にすればどんな迷いも断ちきれる、まさに魔法の呪文といったところでしょうか。

子どもたちの存在は、私がすっきり暮らしたいと思う理由のひとつでもあります。数年前の義実家の実家じまいが本当に大変で、「同じ苦労を子どもたちには絶対に味あわせたくない」と考えてからは、片付けに拍車がかかるように。

片付けの最中、とくに頭に浮かぶのは娘の顔と声です。

娘とは仲がよく、お互い言いたいことを言い合える間柄だからか、「これ、どうしようかな…」と迷った瞬間、脳内に娘のあきれ顔と、「も~お母さん、なにこれ!?」という容赦のない声が自動再生。ものを手放す際のジャッジを、脳内の娘がサポートしてくれている感じなんです。

私の理想の人生の最期は、この世から旅立ったあと、子どもたちに「お母さんってすっきり暮らしていたんだね」と言ってもらえること。それを目指していると、いらないものがラクに手放せ、暮らしのサイズダウンも順調に進みます。身の回りを見回すと、もうちょっとスリムに暮らせそうな気もしていて。

理想の暮らしに到達するには、まだもう少し時間が必要みたいです。

「どうにかなる」の大ざっぱさで乗りきる

「あんたは心配ごとがなくていいわねぇ」というのは、母の口ぐせ。

繊細で心配性な母の言葉は、自身の繊細さをアピールしていたのか、それとも大ざっぱな性格の私をうらやましく感じていたのか。真相はやぶの中ですが、私はこの性格がお気に入り。大ざっぱでラッキーだったなと思っているんです。

困ったことや悩みごとがあったとき、「どうにかなるさ!」とのん気に構えていられたのも、「人は人、自分は自分」と他人の考えに流されずにこられたのも、細かいことにこだわらない大ざっぱな性格だからこそ。

そうでなければ子どもたちが小さい頃、のびのび育てたいという自分の思いとは裏腹に、「みんなが通わせているから」と、塾通いを強制してしまったかもしれません。

私がもし細かい性格だったら、動画に寄せられるコメントや動画上の誤字脱字が気になって、YouTubeを続けるどころか始めることさえできなかっただろうなぁ。そう考えると、やっぱり大ざっぱな性格さまさまです。

年を重ねるごとに体力や気力が低下して、できないことが増えていきます。そんなときでも、「どうにかなるさ!」の精神で。できない自分を責めることなく、今を楽しみながら生きていけたらいいですね。