Apple Pencil Proに対応した新しいiPad mini(筆者撮影)

新型「iPad mini」は、アップデートの内容を見ると、マイナーチェンジにすぎない。3年ぶりなのだから、CPUやGPUが強化されるのは当然だと思う人も多いだろう。しかし、搭載されたA17 Proチップは最新ではなく、一世代前のiPhoneに採用されている。

価格は少し高くなったが…

ペンを握り込むことでツールを表示させる「スクイーズ」やペンを回転させることで新しいアクションを加える「バレルロール」といったApple Pencil Pro特有の機能に対応し、クリエイティブツールとしての完成度を高めたが、その分価格も高く、より安価な第2世代Apple Pencilが利用できないといった制約もある。

7万8800円(税込)〜という価格設定も、コンパクトかつ軽量、カジュアルに使いこなせるミニタブレットのイメージを遠のけてしまった。

しかし、視点を変えると新しいiPad miniはミニタブレットの既成概念を覆す新しい価値を提供するツールとして評価できる。内蔵ストレージは2倍になり、iPad miniとしては初めて512GBのバージョンが追加されたことも位置づけの変化を強調している。


新しいiPad miniの価格はWi-Fiモデルが7万8800円(税込)〜、Wi-Fi + Cellularモデルが10万4800円(税込)〜(写真:アップル)

加えてUSB接続の速度が10Gbpsへと大幅に向上したことで、大容量のメディア、データの受け渡しが容易になった。使い方次第では、その投資対効果は十分に魅力的だ。

iPhoneと共に進化したmini

iPad Pro、iPad Air、iPad(無印)と選択肢がある中で、iPad miniを選ぶユーザーは、300グラムを切る軽量ボディと8.3インチという画面サイズを自らの用途において最適なバランスだと感じているからだろう。

これは、デスクワークを主体とする従来のワークスタイルから、よりアジャイルで機動的なワークスタイルを好むユーザーにマッチするはずだ。

ディスプレイの品質は、2層の有機ELパネルを備えたタンデムOLEDのiPad Proとは比較はできないものの、iPad Airと同等の高い品質だ。画素密度はiPad miniのほうが高く、トータルで見た場合の画質がどちらが良いかは意見が分かれるところ。ただ、iPadシリーズに共通する色再現域が広くトーンカーブやカラーのマッチングについてよく調整されたディスプレイであることは変わらない。

一方で、iPad miniならではサイズ上の制約もあった。iPad ProやiPad Airが高速なインターフェースを搭載するApple Mプロセッサーを採用できたのに対して、iPad miniはiPhoneのチップを使わなければ成立しない。

そのiPhoneがiPhone 15 Proの世代でUSB-Cを採用したことで、チップ内に10GbpsのUSB3.1インターフェースが搭載されるようになり、従来の5Gbpsから帯域が倍増している。高画素デジタルカメラの多くが対応しているため、写真のRAWファイルを転送したり動画を転送する際のストレスを大きく削減できる。


USB-Cは転送速度10GbpsのUSB3.1になり、大容量メディアファイルのやり取りがより高速になった(筆者撮影)

さらに搭載されるメモリ(チップが直接アクセスするメモリで、ストレージ容量のことではない)が、従来の4GBから8GBに増加している。これによりiPad Proをターゲットにした、より高度なアプリケーションが快適に動くことが期待できる。

今までは軽さやコンパクトなサイズ感に魅力を感じながらも、スペックの力不足でiPad miniを敬遠してきた層にとっては、こうした細かな部分で上位モデルとの違いが減っていることが評価のポイントとなるはずだ。

もちろん、Apple自身が訴求しているように、Apple Intelligenceに対応する点も見逃すことはできないが、それよりもシステム全体がiPad Pro、iPad Airに近い構成になったことで、用途が広がることのほうが「どのiPadを選ぶのか」という視点では重要だ。

ワークフローの見直しに

iPad Proからホームボタンが消え、全面ディスプレイとなった際にUSB-C端子が備わり、カメラとのケーブル接続による連携やApple Pencilでの現像処理・レタッチが可能になり、やれることが大幅に増えた。あの感動が2018年。2024年現在、iPad miniでもまったく同じことが、さらに高いパフォーマンスで可能になったのだ。

iPad Proをカメラ機材と一緒に持ち歩くことを考えれば、ほぼ同じワークフローを293グラムという軽量ボディでこなせるメリットは大きい。特に512GBモデルの追加は、USBの高速化と共にフィールドカメラマンにとっての魅力的だろう。

8.3インチのLiquid Retinaディスプレイは、クリエイティブツールの標準とも言えるDisplay-P3対応の広色域表示となっている。最大輝度は500nitだが、色の信頼度は高く、デジタルカメラのパートナーとして最適だ。

もっとも、これは筆者が写真撮影を趣味としているから最初に思いついただけで、ご存知のようにさまざまな現場でiPadは使われている。単純な操作端末としてiPadが使われている現場も多いが、iPad Proがよりクリエイティブなアプリケーションを開拓したため、それらをiPad miniのサイズで活用できる。

例えば、建築デザイナーなどが使う「Morpholio」というアプリでは、内蔵カメラとiPad OSのAR機能を活用し、建物を実寸で計測して3Dモデリングを行い、その場でスケッチを加えたりできる。また、提案書と共に整えたデザインモデルを顧客に見せながら、iPadの画面でテクスチャの割り当てを変更しながら、仕上がりを検討するといったこともできる。

ほかにも例を挙げればキリがないが、iPad Proが開拓してきた各種業務をサポートするアプリケーションが、iPad miniのサイズで本格的にパフォーマンスの不足なく扱えるようになることは、素直に評価すべきところだ。

なお、ベンチマークテストをしてみたところ、放熱面ではiPhoneよりもはるかに優位と考えられるが、CPUのマルチコアではiPhone 15 Proを大幅に下回った。シングルコアのスコアはほぼ同等であることから、マルチコアを同時に動かしたとき、発熱の問題によるパフォーマンス低下が現れている可能性がある。 GPUスコアに関しても若干ではあるが同様の傾向を示しており、意外にも熱設計はiPhoneよりも厳しいのかもしれない。


Geekbench 6によるベンチマークスコア

Apple Pencil Pro対応の功罪は?

今年の春に発売されたM4搭載の新しいiPad Proから導入されたApple Pencil Proは、デザインやイラストレーションなど、iPad上でクリエイティブな作業をしているアーティストにはとても好評だ。

その一方で、第2世代Apple Pencilが使えなくなったことに関して、不満の声も上がっている。しかし、トータルで見ると、やはりApple Pencil Proに対応したことはプラスのポイントとして挙げておきたい。

前述したApple Pencilの回転を察知して入力に使えるバレルロール機能は、建築スケッチやデザイン画の作成において、従来のデジタルツールでは実現できなかった繊細な表現を可能にする。それだけでなく、3Dオブジェクトを操ってコンピューターアニメーションを制作するツールなどでは、オブジェクトを回転させながらアニメーションの軌跡を指定するなど、従来は手間がかかっていた作業を感覚的に行える。

スクイーズ機能によるツール、パレットの呼び出しや、触覚フィードバックなどは好評ではあるものの、もっとカジュアルにApple Pencilを使っていたユーザにとっては従来の(安価な)Apple Pencilが使えなくなったことに不安を感じているかもしれない。

とはいえ、USB-C対応Apple Pencilはもちろんそのまま利用可能だし、サードパーティー製のApple Pencil互換製品もペアリングさえ可能なモデルであれば問題なく動作する。筆者の手元には4000円ほどの低価格なApple Pencil互換製品があるが、新型iPad miniで問題なく動作した。

競合のないプレミアムなジャンル

実は筆者がアップルの取材をアメリカで行うようになったのはiPad miniの初代モデル発表時が最初だ。2012年10月23日のことだが、当時のiPad miniは7.9インチ1024×768画素で、搭載プロセッサーはA5チップ。

軽量なコンテンツビューアーとして、KindleやAndroid搭載7インチタブレットと競合していたほか、電子書籍リーダーとしての用途を意識したコンテンツ消費デバイスだった。翌年には、解像度が縦横2倍になったものの、基本的な位置づけは変わらなかった。

iPad miniの役割が変化し始めたのは、Apple Pencilに対応し始めた頃で、その流れは第6世代での全画面ディスプレイ化によって決定づけられたと言える。しかし、今回はUSBの速度が強化され、内蔵プロセッサーのパフォーマンスもGPUを含めて大きく向上。上位モデルと同等のアプリケーションを同じようにこなせるプレミアムなミニタブレットというジャンルを確立した。

本来ならば、競合する製品との切磋琢磨を期待したいところだが、残念ながら競合は見当たらない。iPad miniシリーズは、iPadシリーズ全体における構成比としては少ないと見積もられているため、今後も新しいモデルへの更新間隔は従来通り”長め”になるだろう。

そうした意味では、今後のiPadOSの進化やApple Intelligence対応など、今後の発展性に長期間、じっくりと対応していくことに期待できる。iPad miniは、とにかく高性能を持ち歩きたい人が、末長く使えるモデルとして安心して購入できる1台と言える。


カラーはブルーとパープルが加わった(写真:アップル)

(本田 雅一 : ITジャーナリスト)