1食数万円のレストランの話が、次々と出てくる本だ。しかし、庶民の私がひがむ間もなく引き込まれてしまうのは、なぜだろう。

 著者の主張はこうだ。レストランでの食事は美術館で作品を観(み)る、コンサートで音楽を聴くのと同じ芸術体験である。考え抜いた料理を作り、気持ち良いサービスをしようと研鑽(けんさん)するレストランこそ、行く価値がある。しかし本書は単なるグルメレポートではなく、レストランについてのジャーナリズムであり、文化論を語る批評である。

 食材および食への考察、社会への関心を、平易な言葉で伝える技術が幅広い読者層へ訴えかける。例えば、スペイン料理は食材の風味を凝縮させる。日本の唐辛子は風味が薄いから、一味や七味が生まれたのではないか。韓国は国家戦略として食に力を入れており、今後はさらにレストランシーンが充実するだろう……。

 2018年ごろ、国際人として活躍したいエリート会社員の間で、現代アートが流行したことがあった。本書が売れるのは、食も空腹を満たす、健康に良いだけではいけない、と考える人が増えたからなのか。食文化に関心を持つ層が厚くなれば、食に携わる人たちの視野も広がり、文化としての質も高まっていくかもしれない。

 以前、資料に基づいて外食史の本を書いた際、書いた有名シェフたちから「挨拶(あいさつ)もない」と気を悪くされた。日本では一部を除きシェフの仲良しが書くグルメガイドや、知ったかぶりの素人批判が目立つ傾向がある。そんな国でも本気で美食と向き合う人がここにいた。「おわりに」を読むと、美食の世界を向上させようと闘い早くに亡くなった辻調理師専門学校の創立者、辻静雄を思いだしてしまう。どうか体調管理に気をつけ、美食情報を発信してほしい、と心から願う。

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 ダイヤモンド社・1980円。6月刊。4刷2万部。担当者によると、レストランが多い都心の書店での売れ行きがよく、「外食が好きな人に加え、シェフや料理人、飲食業界からの反響も大きい」という。=朝日新聞2024年10月19日掲載