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高齢化の進展とともに増えている認知症患者。在宅での介護が難しくなったら、施設への入居も選択肢のひとつ。ただ老人ホームを選ぶ際には、重視したいポイントがあります。

亡くなった夫を思い…朝4時起きで弁当を作り出す、認知症の母

高齢化、長寿化の進展とともに「親が認知症を発症」というケースが増えています。日本における65歳以上の認知症患者は2025年には650万〜700万人程度、実に高齢者の5人に1人の水準になるといわれています(出典「日本における認知症の高齢者人口の将来推計に関する研究」2015年3月二宮利治)。

認知症にはいくつかの種類があり、そのなかでも最も多いのが「アルツハイマー型認知症」。脳神経が変性して脳の一部が萎縮していく過程でおきる認知症です。

続いて多いのが、「血管性認知症」。脳梗塞や脳出血などの脳血管障害による認知症で、障害の起きた脳の部位によって症状は異なり、一部の認知機能は保たれているのが特徴です。ほかにもパーキンソン症状やレビー小体型認知症、前頭側頭型認知症などがあります。

これらの認知症には、根本的な治療が困難なものと治療可能なものがあります。アルツハイマー型認知症は前者。できるだけ症状を軽くし、進行の速度を遅らせることが現状の治療目標となります。

ただ認知症の症状を発症したとしても、すぐに日常生活が困難になることは稀。進行度合いによりますが、初期であれば、ホームヘルパーをお願いしながら、自宅で暮らすケースが多いようです。

しかし認知症の症状が進むと、家族の大きな負担です。このまま在宅介護を続けるか、それもと施設に預けるか……選択に迫られることもあるでしょう。

2年目に認知症と診断された中元昭子さん(仮名・84歳)。長女の裕子さん(仮名・59歳)が中心となり、昭子さんの生活をサポートしてきましたが、最近は長男の直樹さん(仮名・55歳)に、亡くなった夫・勝さん(享年80歳)の姿を重ね、「お父さん、お父さん」と話しかけることもしばしば。

――お父さんにお弁当を作らないと

などといって、朝4時に起きてお弁当を作り出すこともしばしば。また1人でフラッと家から出てしまい、近所の人や警察に保護されることも。自宅での生活に危険を感じるようになり、子どもたちで老人ホームに入居させることに決めたといいます。

老人ホーム入居の母が行方不明に…必死に捜す家族だったが

昭子さんの入居が決まったのは、特別養護老人ホーム。いわゆる「特養」です。公的な介護施設のため、比較的費用が安いのがポイント。一般的に入居費用はゼロ。月額費用は10万〜15万円程度というのが一般的。月の年金額が14万円だという昭子さんにとっても、それほど負担なく入居を検討できる施設だといえるでしょう。

要介護3以上であることが入居条件ですが、特例で要介護1〜2の人でも入居が認められることも。たとえば認知症であれば、日常生活に支障を来すような症状や行動が頻繁にみられたり、意思疎通が困難だったり。このような場合は、要介護1〜2でも入居が認められることがあります。

ただ地域によりますが、費用が安い特養は人気で、入所まで数ヵ月、ということも珍しくありません。厚生労働省『特別養護老人ホームの入所申込者の状況(令和4年度)』によると、要介護3以上で待機者は25.3万人。そのうち在宅で待っているのは10.6万人です。一方、要介護1〜2で待機しているのは全体で2.2万人。そのうち在宅で待っているのは1.1万人です。

昭子さんの場合、要介護2であったものの、「たまたま運よく」スムーズに入所することができたとか。それまでいつ「お母さんが戻ってきません」と電話がかかってくるか心配で仕方がなかったという、長女の裕子さんと長男の直樹さん。これでゆっくり寝ることができる……安心していましたが、世の中、絶対ということはありません。

入所から3ヵ月経ったとき、事件が起きます。ある日、裕子さんの携帯電話に1本の電話。それは「お母さんが1人で外に出てしまったようで見つからない」という施設からのものでした。

ちょうど同じような時期に、老人ホームから行方知れずになった高齢女性が1ヵ月後に遺体となって発見されたというニュースがありました。そのため、気が気でない裕子さん。直樹さんとともに施設に駆けつけ、心当たりを探します。徒歩で行けるだろう施設の周辺をいろいろと探してみたものの、昭子さんは見つかりません。電話を受けて、すでに6時間ほど経ち、周囲は暗くなってきています。

――お母さん、お願い、生きていて

一度、昭子さんの居室に戻ってきた裕子さん。そこであることに気がつき、「もしかしてお母さん……」と心当たりが浮かんだといいます。裕子さんらが向かったのは、施設から8キロ、自宅からは5キロほどのところにある海辺の公園。「まさか、こんな遠くまで歩いて来られるか?」と直樹さんは訝しく思っていると、確かに裕子さんが予想した、海岸を望むベンチに昭子さんらしい人が座っています。しかし、どうも様子、というよりも格好が変です。デザインの古くさいワンピース。しかもサイズが違うのか、パッツンパツンです。

――なんつー格好をしているんだ、母さん

――あれ、お父さんに買ってもらった服よ。50年くらい前とか、それくらい

――なんで?

裕子さんが昭子さんの居室で気がついたのは、カレンダーのマル印。ちょうど、この日に大きなマル印がつけられていました。それは昭子さんと亡くなった父親との結婚記念日だといいます。裕子さん曰く、両親は若いとき、結婚記念日にこの公園でデートをするのがお決まりで、今昭子さんが着ている服は、父からのプレゼントなのだとか。「女物なんてわからね」と、決して母や姉の買い物にはついていくことのなかった父の意外なエピソード。ただし、プレゼントらしいプレゼントはその1着くらいだったと、昭子さんはなぜか嬉しそうに話していたことを裕子さんは覚えていました。

――昔に戻って、お父さんを待っているんじゃない。結婚記念日だし

気配を感じたのか、振り返り、裕子さんたちを見つけた昭子さん。

――あなた、遅いじゃない

父だと思い込んでいる長男・直樹さんの姿を見つけて、嬉しそうな昭子さん。

高齢者が利用する老人ホームで問題になりやすい事故のひとつに、施設からの脱走があります。交通事故や行方不明、最悪の場合も考えられます。施設を選ぶ際には、入居者の脱走に対して、どのような対策をしているのか、予防策についてチェックすることも重要です。

[参考資料]

厚生労働省『認知症施策』

厚生労働省『特別養護老人ホームの入所申込者の状況(令和4年度)』